第160話 鈍き光剣
「そんなことよりよ、アンタに会わせたい奴がいるんだ」
アウルバリが顎をしゃくると、宴のざわめきがわずかに静まり、視線が一斉にその先へと向いた。
シャンデリアの光が揺れる天井の下、酒の匂いと笑い声の混じる宴会場。
壁際では音楽隊が笛と弦を鳴らし、金の杯を掲げた兵たちの笑いが波のように広がっていた。
やがて、人垣を割って一人の男が現れた。
岩のように大きな体躯。
軍装の上からでもわかるほどの隆起した筋肉に、革鎧の縁が軋んでいる。
シャンデリアの光を受けたその肌には無数の傷跡が刻まれ、戦場を渡り歩いてきた年月を雄弁に物語っていた。
「ダリウス・ディナプェだ」
アウルバリが紹介する。
その声に応じて、巨漢は腕を組みながら低く唸るように笑った。
「光剣のメシュードラと言えばどれほどの豪傑かと思っていたが──ずいぶん優男じゃねぇか」
粗野な言葉ではあるが、そこに侮りの色はない。
むしろ、自分を打ち倒した相手への純粋な敬意と好奇心が滲んでいた。
メシュードラはその言葉を受けて微かに微笑む。
銀髪が揺れ、琥珀色の光を反射する。
「シュカリラの軍ではお前が一番手強かったな。オウガの傷はもう癒えたのか?」
「ああ、アンタが手加減してくれたおかげでな。三日で塞がったよ」
「それは何よりだ。お前のような強者が味方にいるとは、頼もしい限りだ」
互いの間に流れるのは敵意ではなく、戦場を共有した者だけが分かち合える静かな敬意。
その空気を心地よく感じながら、ダリウスは苦笑しつつ答えた。
「強者なんてよく言うぜ。俺はアンタに負けたんだぞ。もっとも、敵に大陸十三剣がいるなんて、アウルバリの旦那から聞かされちゃいなかったがな」
「俺も驚いたさ。まさか十三剣が二人も顔を揃えているなんてな。お前ほどの傭兵でも、あの状況じゃ分が悪かったろう」
「傭兵? ダリウスは正規軍じゃないのか?」
「ああ、このダリウスともう一人、キリア・リュッケって奴が助っ人だったのさ。ブローカーのムースが大陸十三剣級の傭兵だって売り込んできてな」
その名を聞いた瞬間、メシュードラの眉がわずかに寄る。
ムース──あの不穏な名前をまだ耳にすることになるとは。
金と戦を等価に扱う男。
戦場を飯の種にし、各国の火種を煽るような存在。
彼のような者が暗躍している限り、アイハルツに真の平和は訪れない。
「確かに腕は確かだった。だが、今回は新たに雇われたのか?」
「いや、俺もキリアも、姫様に誘われてシュカリラに仕えることにしたんだ。傭兵稼業なんざ風任せだからな。それに、待遇も悪くないしな」
「そうか。それなら──ヤマトに来るのはどうだ? 貴様ほどの戦士なら歓迎するぞ」
メシュードラの冗談めかした誘いに、アウルバリが目を剥く。
「おいおい、俺の前で堂々とスカウトすんなよ」
「ははっ、大丈夫だ旦那。俺はヤマトには行かねぇ」
「そうか? それは残念だ」
「ヤマトには大陸十三剣が四人もいるんだろ? そんな所に行ったら、俺の存在価値が霞んじまうぜ」
豪快に笑うダリウス。その声につられて、メシュードラとアウルバリも笑い声を上げた。
つい十日前まで敵として剣を交えていたというのに、今は同じ酒を酌み交わしている。
血の代わりに酒を流し、死線の記憶を笑い話に変える──それが武人の宴だった。
「そういえば、ウチの姫様がアンタを探していたぜ。よかったら、挨拶してやってくれ」
「シルフィーア姫が? わかった、伺おう」
メシュードラは杯を置き、軽く礼をして立ち上がった。
赤絨毯を踏みしめながら奥の方へと歩き出す。
その背中を見送りながら、アウルバリがぽつりと呟いた。
「優男、ねぇ……。ああ見えて、背中に剣を背負ってる男だぜ。あいつがいる限り、ヤマトはそう簡単に崩れねぇよ」
笑い声と楽の音が再び広間を満たし、夜の城に華やかな光が揺らめいた。
*
煌びやかなシャンデリアの光が、金杯に反射して小さな星のようにきらめいていた。音楽と笑い声が絶えぬ宴会場の一角──そこだけが、不意に静けさをまとった。
「マイア、久しぶりだな」
低く穏やかな声に、マイアはびくりと肩を揺らした。
「あっ、シュト……メシュードラ様。お久しぶりです」
メシュードラが声をかけたのは、シルフィーア姫の侍女にして護衛でもある女騎士マイアだった。戦場ではオウガを操り、平時は姫の身の回りと健康を支える。主従というより、姉妹に近い絆を持つ二人だ。
「姫様はお忙しそうだな」
「そんなことありませんよ。さっきからメシュードラ様のことを──ずっと探しておられました」
その一言で、マイアの唇がふっと悪戯っぽくゆがんだ。彼女は踊る人々の背を縫いながら、向こうにいる主へ声をかけた。
「姫様、メシュードラ様がご挨拶に見えました」
呼ばれたシルフィーアは、振り返る途中で動きを止めた。
目が合った瞬間、息が詰まったように顔をそむけ、白い頬から首筋まで朱に染まる。
「お久しぶりです、シルフィーア姫様。足の具合はいかがですか?」
メシュードラは心底心配するような声音で問いかけた。
その真摯な眼差しが、姫の心臓をさらに締めつける。
「も、もう大丈夫です。その節は……せ、世話になりましたね」
「ああ、それでしたら安心しました。今回は援軍までお出しいただき、感謝の言葉もありません」
シルフィーアはうつむいたまま、視線を彷徨わせている。
隣でマイアが小さく肩を震わせた。笑いを堪えるその様子に、姫はちらりと睨みを送るが、それすらも可愛らしい。
「や、約束でしたから。シュカリラは他国との誓いを違えません」
「立派なお言葉です。私もお約束を果たすべく、グリシャーロットの地理と文化を学びました。幸い、あの街に精通した者がいましたので、教えを請うたのです」
「そ、そうですか……」
「姫様をお連れしたい場所が、いくつもあります」
「た、楽しみにしています……」
ぎこちなく答える姫の声が、かすかに震えていた。
メシュードラはその様子に眉を寄せる。
「姫様、どこかお加減でも悪いのでは?」
「い、いえ……な、なんでもありません」
マイアがすかさず助け舟を出した。
「姫は少しお疲れなんです。長旅でしたから。そろそろお休みになった方が……ね、姫様?」
「……そうね。少し疲れたわ」
「そうですか。あまりご無理なさらずに。ゆっくりお休みください」
メシュードラは深く一礼し、二人を見送った。
去っていく背を見つめながら、ぽつりと呟く。
「大事なければ良いのだが……」
その声音に、憂いはあっても恋の色はない。
シルフィーアの頬を染めた熱が、恋慕の病によるものだとは、夢にも思っていなかった。
──宴の隅でその光景を見ていたツェットが、杯を口に運びながら肩を震わせていたことにも、もちろん気づかぬまま。
お読みくださり、ありがとうございました。
傭兵は、滅亡した国の兵士や、故国を捨てて流浪の身となった者がほとんどです。
生活も身分も安定しないため、仕官を望む傭兵は少なくありません。
中には、実力や功績によって爵位を得る者もおり、多くの傭兵がその道を目指しています。
もっとも、堅苦しい宮仕えを嫌い、自由気ままな傭兵暮らしを好む者もいます。
シュカリラのギャスパル王を支えた傭兵、トロイア・デュパンなどは、その代表的な人物です。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




