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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
ヤドックラディ激突編

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158/180

第158話 シュカリラの来援

 二千三百四十機のオウガを擁するヤドックラディ軍が、沈黙の中でニスビーを静かに出陣したその前日──。

 ラバスの街は、まるでその静けさを打ち消すかのような熱狂に包まれていた。


 街路には人々が溢れ、城門の上では太鼓が打ち鳴らされる。旗の列が風を裂き、陽光に煌めく紋章が翻った。

 その先頭に姿を現したのは、シュカリラ王国の王女──シルフィーア・ウォーカー。

 青と白の軍装に金糸のマントを羽織り、紅の紋章を胸に輝かせたその姿は、戦場に咲く花のようであった。


「お待ちしておりました、シルフィーア姫様。此度のお力添え、誠に感謝申し上げます」


 城門前で出迎えたのは、ヤマトの軍師マルフレア・フォーセイン。

 凛とした声音と礼に宿る気品に、シルフィーアは思わず目を細めた。

 ──この方が、ヤマトの軍師……。

 自分とさほど年も違わぬ若い女性が、これほどまでに沈着な威をまとっているとは思わなかった。驚きと、わずかな憧れが胸を過ぎる。


「私どもシュカリラは、ヤマトのお陰で救われました。その恩を、少しでも返すために参じたのです」


 シルフィーアの言葉に、マルフレアの瞳がわずかに和らいだ。

 互いに微笑を交わす二人。その背後では、両軍の旗手たちが整然と並び、槍の穂先が朝の光を反射して輝いていた。


 やがて、マルフレアの案内でシルフィーアとシュカリラ軍の首脳部は、ゆるやかに開かれた宮殿の門をくぐる。

 陽光を背に、風がマントを揺らす。

 その奥──弾九郎が待つ謁見の間には、すでに次の戦の気配が静かに満ちていた。


 *


「よくぞお越し下された、シルフィーア姫。お若いながら武勇に優れたお方と、メシュードラから聞いておりました。なるほど──凜とした覇気が備わっておられる」


 謁見の間には、静謐と緊張が同居していた。

 磨き抜かれた黒大理石の床には燭台の炎が映り、壁を伝ってゆらめく光が天井の金装飾を柔らかく照らしている。

 その中心に立つのは、ヤマトの王、来栖弾九郎──。


 シルフィーアは、目の前の人物を見て息を呑んだ。

 まだ年端もいかぬ少年の姿。しかし、その姿に幼さという言葉は似つかわしくなかった。

 視線の動かし方、言葉の抑揚、空気を支配する気配。どれを取っても、歴戦の将すら一歩退くような圧がある。


(これが……異界人の王……)


 思わず心の中でそう呟く。

 耳だけを澄ませば、年齢の想像など到底つかぬ。声の奥には、幾多の戦場をくぐり抜けてきた者の静かな覇気があった。

 シルフィーアは胸の奥で、遠い日のミオネルの言葉を思い出していた。


(異界人は二度目の人生を歩んでいるの。だから私たちの物差しでは測れないわ──)


 まさしくその通りだった。

 弾九郎の立つ姿は、ただの王ではない。運命そのものを背負う者のそれだった。

 メシュードラほどの男が命を賭して仕える理由を、いまの一瞬で理解できた気がした。


「此度の戦い、大義はヤマトにあります。私どもシュカリラはそのお力となるべく、七百二十機のオウガを従え、参上いたしました」


 シルフィーアは緊張の色を微塵も見せずに言葉を紡いだ。

 だが、その胸の内では鼓動が一拍ごとに早まっていく。

 彼女の宣言に、広間の空気が一瞬揺らいだ。

 玉座の左右に控えていた武将たちが、ざわりと小さく息を漏らす。


 七百二十機──。

 それは常識では考えられぬ数だった。

 シュカリラ王国はアイハルツにおいて四番目の規模を誇る中堅国とはいえ、オウガの総保有数は一千を超える程度。しかも、つい十日前まで内戦をしていた国である。

 にもかかわらず、手持ちのほぼ七割を外征軍として送り込む──。


 驚嘆と畏敬が、王宮の空気を包み込んだ。

 常識を超えた献身。それは友誼の延長線を越えた、ほとんど信義の具現だった。

 弾九郎の口元に、静かに微笑が浮かんだ。

 その笑みには、深い感謝と、未来を見据える覚悟が滲んでいた。


 *


 歓迎の儀式が終わり、短い休憩を挟んで夜が更ける頃、宮殿の大広間には灯火が連なり、晩餐会が開かれた。

 とはいえ、戦端が開かれるまで幾日もない。煌びやかな宴というより、兵たちをねぎらう実戦前夜の集いである。

 皆、軍装のまま。長卓は脇へ寄せられ、料理は立食形式で並べられていた。


 香草の匂いと焼き肉の香りが混じり、銀の杯が触れ合う音が絶え間なく響く。

 戦場の気配を孕みながらも、どこか祝祭のような熱を帯びていた。

 その中心で最も人を惹きつけていたのは、もちろんヤマトにとっての救世主──シュカリラ王国の王女、シルフィーア・ウォーカーである。


「姫様、此度の参陣、誠に御礼申し上げます」


 声をかけてきたのは、ラバス城主カーツ・ゴーレイ。

 軍服の装飾ひとつにまで気品を宿す姿は、まさしくヤドックラディの貴公子と呼ぶにふさわしい。

 その礼節ある振る舞いに、シュカリラの随員たちが感嘆の息を漏らした。


「光栄です、カーツ殿。皆さまの御勇名は、我が国でも幾度となく耳にしております」


 シルフィーアが微笑みながら答えると、周囲の将兵が次々と盃を掲げ、彼女の周りには絶えず人垣ができた。

 華やかな光景。しかし、彼女の心はどこか上の空だった。


(……いない。やはりまだ来ていないのね)


 人々の笑い声や盃の音が遠く霞む。

 シルフィーアは杯を手にしたまま、広間の奥へと目をやった。

 燭台の炎が鎧の表面に反射して揺れ、行き交う兵の影が幾重にも重なる。

 その中に──あの銀色の髪と、真っ直ぐな眼差しを探していた。


(シュトルム……いいえ、メシュードラ。メシュードラ・レーヴェン)


 その名を胸の内で呼ぶと、心臓がひとつ跳ねた。

 かつて自国を救ってくれた英雄。

 そして、戦場で見た背中が忘れられぬ男。


 シルフィーアは、誰にも気づかれぬように息を吐いた。

 表情は貴族の姫として完璧に保ちながら、胸の奥には微かな期待と、抑えきれぬ緊張が渦巻いていた。


(もし今夜、彼と再び言葉を交わせたなら──)


 その思いだけが、ざわめく広間の中で、彼女を支えていた。

お読みくださり、ありがとうございました。


どの国でも、戦闘用のオウガとは別に、非戦闘員が使用するオウガを保有しています。

これらのオウガは通常、農耕や土木工事といった人々の生活を支える仕事に従事しています。

その数は、おおよそ戦闘用オウガの三割程度にあたります。

オウガの所有権は、ガントと乗り手との誓約によって個人に帰属しますが、国民である以上、国家の命令には従わなければなりません。

そのため、非戦闘員用のオウガであっても、国家の判断で自由に動員することが可能です。

言い換えれば、国家が国内に存在するすべてのオウガを実質的に支配しているとも言えるでしょう。

一方で、傭兵たちは自らの意思によってその国家の支配から離脱した存在です。

そのため、もし彼らが故国へ戻った場合、国家反逆や脱走の罪に問われ、罰せられる可能性もあります。


次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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