ある老人の目的
私は都心の地下街を急ぎ足で歩いていた。
「ヤバイ、取られる・・・」
いったい何が取られるのかというと、馴染みのコーヒーショップの指定席だ。
指定席といっても私が自分で勝手にそう思っているだけなんで、
お店にとっては誠に迷惑な話なのであるが、
とにかく私はそう思っていた。
私は60歳である。
そう、もう老人である、頭も禿げていた。
私は毎朝、同じ電車で都心に通っていた。
でも仕事ではない、もう退職していて無職なのである。
無職の私がなぜ毎朝電車で都心に通うのかというと、
理由がある。
どんな理由かというと・・・
そのとき、急ぐ私の向こう側から、一人のオッサンが歩いて来ていた。
中肉中背グレーの鞄、頭髪は薄くバーコードになっていたが、私よりは10は若いだろう。
「アイツだ!」
私は苦々しく呟き、足を早めた。
目的地は同じなのだ。
先方もこっちに気づいたのか、歩く速度を早めてきた。
「負けてたまるか、クソー、あの野郎~」
私はほとんど小走りになって目的地のコーヒーショップにたどり着き、
カウンターには目もくれず、フロアの奥の角席に鞄を置いた。
《ザマー見ろ》
私は心の中でそう叫び、カウンターにモーニングを買いにいった。
私より少し遅れて、先程のバーコードのオッサンが店に入ってきた。
バーコードのオッサンは私の並びに席を取った。
二人は同じ列の1つ空席を挟んで並んで座る形となった。
テーブルにはモーニングセットが置かれていた。
二人はいつものように鞄からノートパソコンを取り出すと、
何やら仕事をするふりをする。
15分ほど経った
私が毎朝ここに座りたい理由がそろそろ現れる頃だ。
私は女性を待っていた。
といっても知り合いではない。
いつも八時半頃、ここに一人の綺麗な女性がモーニングを食べに来るのだ。
年の頃は二十代後半、
スーツ姿の男性の多いこの駅の地下街で、
彼女の姿はひときわ映えた。
スーツスカートからすらりと伸びる脚は、
とても健康的で誰もが振り向く美しさだ。
そう私も、そしてバーコードのオッサンも、彼女の隠れファンだったのだ。
彼女はいつも向かい側の一段高くなっている窓際の席に座るのだ。
実はここからは彼女の姿がよく見える。
一段低くなってるこの並びの席は特等席で、
彼女の綺麗な脚が低い位置からよく見えるのだ。
ウッシッシ(笑)
あのバーコード野郎も、いつもこの席に狙ってやがる。
きっと奴は今頃悔しくてしかたないに違いない《スケベ野郎!》と彼は心のなかで呟いた。
もうそろそろ入ってくる頃だ。
オッサン二人は揃ってパソコン画面に夢中なふりをした。
自動ドアが開いた。
あの女性が入ってきた。
ガーン、
ショックが二人を襲った。
ズボンではないか!
私とバーコードは苦々しくコーヒーを同時にすすった。




