エピローグ⑦
◇
――厄災竜との戦いから一年後。
王都アークライトにあるこじんまりとした飲食店のテラスにて、アノレスは一人の記者から取材を受けていた。
「なるほど……では、あなたの発言はすべて真実だとおっしゃるので?」
「ええもちろん。とはいえ、私の理解できる範疇での話ですが」
記者の男は、かの厄災竜を滅したと言われている『サガミ家』に関しての噂について調査するため、アノレスのもとへと訪れていた。なぜアノレスが取材対象に選ばれたかというと、対厄災竜戦の唯一の目撃者であるからだ。
「いやしかしですねぇ……僕はいまだに信じられないんですよ。だって、あの厄災竜ですよ? おとぎ話なんかじゃない、遥か昔よりきちんと伝承されてきた、本物の厄災だ。それを滅ぼした……なんて言われてもねぇ」
アノレスよりも少々若いぐらいだろうか。白髪交じりの頭髪をオールバックに整えた頭をぽりぽりと掻きながら、記者の男は訝しげにそう告げた。
「確かに、厄災竜は百年周期で現れる存在ですからね。前回現れたのが一年前だから、次に現れるのを確認できるとしたらおおよそ百年後になる。本当に厄災竜を倒したのかを確認するには、それこそ気の遠くなる時間が必要になるでしょう」
「そうでしょう? 確認のしようがないんですよ。つまり証拠がない。いやね、僕の推測では、厄災竜はたまたま人里を通らずに、被害が出ないまま深い眠りについたのではないのかと考えてるんですよ。たまたま運よくやり過ごせたことを、『サガミ家』の連中が、自分が倒したと虚勢を張ってるだけじゃないか、とね」
記者のその言葉に、アノレスは深くため息を吐く。この記者が帝国から来たとはいえ、対岸の火事のような言い分と、英雄の戦いを虚仮にしたような発言に呆れてしまったからだ。
そんな彼の考えを正すために、アノレスは語気を強めながら、こう言った。
「それは違う。私はしっかりとこの目で見た。厄災竜を討ち滅ぼすその瞬間を。その勇姿を。それだけは間違いないない。誓ってもいい、厄災竜は二度と現れない。あなたのように勘違いする人間を減らすために、私はこの取材を承諾したのだ」
「……そ、そうですか。失礼しました」
語気の強まったアノレスの言葉に、記者の男は気押されてしまう。一国の将軍たる男がここまで言いきるのだ、彼にとっては信じがたいことだが、サガミ家の話について信憑性が増してきたと認めざるを得ない状況になってきた。
だが、心の底から信じきれていない記者は、新たな質問を投げ掛ける。
「――しかし、その厄災竜を滅ぼした張本人である『サガミ家』の戦闘記録はそう多くないですよね? それは何故でしょうか?」
記者がアノレスの話を信じきれないのには理由がある。それは、サガミ家の人間が人前に現れることが極端に少ないのだ。
どの国にも属さないにも関わらず、一国に匹敵する戦力を保有しているとさえ言われているサガミ家だが、その力を目の当たりにした者は少ない。
公式に残っている戦闘記録は、闘技場で格上相手に二度勝利を収めたこと。そして、プラセリアで開催された選考会を最終戦まで勝ち抜いたこと。記者の調べた限りでは、それぐらいのものだった。
確かに素晴らしい戦績ではあるが、だからといって、あの厄災竜を倒せるのかと問われれば疑問が残ってしまう。
「……そうですね。まあ、あの力は人に向けるものではない、そういうことですよ」
「と、いいますと?」
「彼らの戦いは次元が違う。少なくとも、我が国の戦力では相手にもならないでしょう。故に、その力を振るえる場所は限られている。だから情報が少ないのでしょう」
一旦落ち着き、口調を戻したアノレスが、厄災竜との戦いを思い出しながら言った。
「ほう。では、サガミ家の戦力は一国に相当するというのは真実であるということですか」
「ええ、少なくとも魔動人形の性能においては、この世界で並ぶものはないでしょう」
「そう……ですか」
手帳に殴り書きをしながら、記者の男はため息混じりに呟いた。
堅物で知られるアノレスにこうも断言されては、信じざるを得ない。先程話していたように、記者はサガミ家に対して懐疑的であった。だが、アノレスの言う通り、厄災竜を滅するほどの力を持っているのならば、記者が調べている、『例の噂』が本当だという裏付けにもなる。
「――ほら、見てください。彼らはあそこで戦っているのかもしれません」
アノレスがふと空を指差したので、記者の男は太陽の眩しさに目を細めながら、空を見上げる。
「……? なにか、光っている?」
ごく僅かに見える程度だが、記者の目には、なにかがチカチカと明滅しているのが見えた。
遠く遠く、遥か彼方で、爆発のようなものが連続して起きている。そう思わせるような光だ。
「あんなのは自然現象ではありえない……では、やはり……」
記者が調べていた噂とは、『空の彼方より謎の生物が降ってきた』『突如巨大な船が現れ、天へと飛び去った』など、とても信じられないような噂だ。
その噂の影には、サガミ家が絡んでいる。そう睨んだ記者の勘は、アノレスの証言により裏付けられた。
「そうですね。おそらくは、空の彼方から来る脅威に対して、あの方たちは空飛ぶ船に乗って戦ってくれているのでしょう。人知れず、我々を守ってくれているのです」
アノレスの言葉はただの憶測にすぎなかったが、彼の胸中には根拠のない自信があった。
あの日、あの時、アノレスが目撃したように、あの空の彼方で、どこか緊張感に欠けた雰囲気で戦っているのだろう。
――この世界の、守護者として。