第112話 びっくりどっきりおもちゃ箱
リンの想像するものは、常識にとらわれないものが多い。実戦向きなものは少ないが、そのぶん奇抜であり、予想が難しく、かつ見た目からじゃ判断できない。
ガオウとて、初見の、かつ意外な攻撃はそう簡単に対処できないだろう。
そんなびっくり箱のような戦法はリンにしかできない。頭の固そうなガオウ相手なら尚更有効なんじゃなかろうか。
しかし、操縦するのはリン本人じゃない。リンが作ったものの使い方を瞬時に判断できなければ意味がない。俺だって、事前の説明がなければ使いこなせる自信はないしな。
――ただ、ひとりだけ例外の人物がいる。なんの説明もなく、リンの考えを理解できそうな人物がひとり。何年もすぐそばで、リンの想像するものを見てきた家族なら可能なはずだ。
「カティア、リンになんか作らせてみる! 使いこなせよ!」
「――へっ! 任せときなっ!」
カティアは自信満々にそう答えた。迷いのない背中が頼もしく見える。
グレイウルフは回避のために魔力を消費し続けたので、正直残量は心許ない。しかし相手もあれだけの攻撃を続けていたんだ、相応に魔力は減っているはず。攻撃の手を止めたのだって、そのためだろう。
ならば厳しい状況なのはお互い様ってとこだ。少しでも冷静さを欠かせるために、今は回復に努めるよりも攻めるべきだ。ピンチはチャンス……ってやつだな。
「いっくよー!」
リンの手が俺の手に重なる。イマジナリークラフターを使うときはリンがいないと起動しなかったが、今回は逆だ。
俺のスマホが媒介となって発動している機能なので、多分俺にしか使えない。だが、こうやって手を重ねることで、キャッツシーカーにあったイマジナリークラフターがそうであったように、俺を介してリンのイメージがスマホに伝わるだろう。
その推論は正しかった。グレイウルフが敵に向かって動き出した次の瞬間には、その手に謎の物体が出現していた。
あれは四角い……板か?
そこそこの厚みのある板状の物体を手に、こいつをどうするのかとワクワクしていたのだが、カティアはそれを使って攻撃するのでもなく、投げるでもなく、座布団のごとくただ地面に置いた。
「うえっ!? カ、カティア!? いらないからって捨てるのはちょっと……!」
てっきりブーメランとか手裏剣みたいに使うのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。しかし使えないからってすぐ捨てるのはどうかと思うよ、カティアさん。
「これでいいいんだよ。 リン、次はアレを頼む!」
「はーい!」
いいの!?
いやいや、よくないでしょ。ほら見ろ、エクスドミネーターがなんか心なしか不思議そうな顔してるだろ。金属だから表情変わるわけないけど!
いやアニメでは表情筋が備わったロボもいたけども!
……などと、味方の俺がここまで心を乱されてるんだ。敵であるガオウのほうが、多分不可解な思いをしてるんじゃないだろうか。
「えーと、こうしてこうやって……こう!」
俺の困惑をよそに、戦闘は続いている。
次に出現したのは、なんか見覚えがあるものだった。あっ……これはあれだ。前に俺がコンペティションで使ったやつ。それが両肩へと装着されている。
形状は箱形のミサイルポッドそのまんま。でも中身はミサイルじゃない。そう、あれは……。
「「つぶねばでーる君!!」」
偶然にも俺とリンの声が重なった。
そう、あれは言ってみれば一回限りのトリモチ弾入りショットガンだ。
グレイウルフは、敵機の手前で思いきり地面を蹴り、スラスターを巧みに操って高く跳躍をした。
そのままムーンサルトじみた動きをしながら敵の頭上を飛び越え、跳躍が頂点に達した瞬間につぶねばでーる君を放つ。
だが、照準をミスったのか、散弾の大半は地面へと着弾する。エクスドミネーターに命中したのはほんの数発だ。
「……? なんだこれは」
ガオウは両腕を交差させることでガードしたが、想定していたであろう衝撃がなく、呆気にとられているようだった。
ガオウは機体に纏わりつく粘りっけのある物体を見て不思議そうにしている。
「こんなもので……こんなものでこのエクスドミネーターが止められると思うなよっ!」
自分の機体に纏わりついたものの正体を察したのだろう。からかっているとでも思われたのか、どうやらガオウの怒りを買ってしまったようだ。
……まあ、これを作り出した当人は、本当にからかってるつもりなのかもしれない。俺の膝の上できゃっきゃと楽しそうにしてるし。
しかしガオウはまだ冷静だ。トリモチ弾の効力を侮ってはいない。地面に着弾したトリモチ弾を極力踏まないように立ち回っている。
しかし……意外と効果があって驚きだ。トリモチ弾は、当たっても動きが多少阻害される程度でしかないが……実力が拮抗している場合、その『多少』ってのが大きな差になりかねないってところか。
ガオウもそれはわかっているのだろう。だから自ら罠を踏むような真似はしないんだ。
「リン!」
阿吽の呼吸とはこのことだろう。カティアが名を呼んだだけで、グレイウルフの手に新たな武装が出現する。
「っしゃあ! 仕上げといくぜっ!」
グレイウルフの両腕が、かなり大きめのナックルガードに覆われていた。カティアは迷わずに両腕を合わせ、ナックルガード同士を連結させる。
ふたつ合わさると、グレイウルフの半身を隠すほどの大きさであった。それをエクスドミネーターへと突き出し、数歩助走をつけると、ヘッドスライディングのごとく前へと飛ぶ。それはさながら、ヒーローが空を飛ぶときのポーズのようだった。
そんな姿勢をとって、なにが起こるのかと不安になっていたが、実際空を飛ぶことになるとは思ってなかった。というのも、ナックルガードには複数のバーニアが付属しており、機体を回転させつつ直進するよう、計算されて配置されているようだ。
グレイウルフ自身のスラスターも併せ、充分な速度を得て勢いよく飛び出した機体は、ひとつの弾丸が如く直進する。
魔動人形一体ぶんの質量だ、まともに受けようものなら、かなりのダメージを受けるだろう。いま敵はトリモチ弾の影響で行動に制約がかかっていはずだ。
よし、これなら当たる……!
「――フン」
タイミング、速度ともに申し分なかったが、ガオウは鼻を鳴らしながら余裕をもって、最小限の動きで回避されてしまった。
攻撃対象を失ったグレイウルフは、しばらく直進したのちに、やがて勢いを失いはじめる。
回転が止まり高度も保てなくなるが、なんとか体勢を持ち直し、地面を滑りながら着地する。
「あだだだだっ」
地面を滑ったときの揺れで脳が揺さぶられ、舌を噛みそうになったが、まばたきする間に揺れは収まってくれた。
「……くっ、虚をついた攻撃だと思ったんだけど、普通に躱されちゃったな。次はどうする? カティア――――っ!?」
敵の位置を確認しようと、背面カメラの映像を確認した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
エクスドミネーターが追走してきていたのだ。それも、こちらまであと数歩の位置まで。こっちは攻撃後の硬直ですぐには動けない、ガオウはこの技のあとは隙ができることを見抜いた上で、すぐさま追撃に走ったのだ。