55 乱入
「お待ちください。…リリアンヌ様」
女官ナタリーが掴んだ腕を離し、私に向かって少し頭を下げつつ言った。
「ナタリー。貴女、どうして私の名を……? いえ、でも今はカタリーナ様にご助力しなければ……!」
「リリアンヌ様。…ノーマン公爵閣下より、ここは今少し耐えて欲しい、とのご伝言でございます」
……! ノーマン公爵……⁉︎
「…何かお考えがある、という事なのね?」
私は内心、カタリーナ様が心配で気持ちが焦りながらも、じっとナタリーを見た。
ナタリーはゆっくり頷く。
「…そうです。危険な事になれば必ずお助けくださいますので、今はどうか耐えてくださいませ」
私はナタリーの真剣な顔を見つめた。…うん、落ち着け私。大丈夫よ。
「…わかりました。もう少し、様子を見ます」
その時、カタリーナ様の声が聞こえた。
「…恐れながら、ルーカス様と側近の方以外での証人、もしくは証拠はございますの? いつも一緒にいらっしゃる皆様以外でないと、証拠とは言えませんわ。
…そして、色んな嫌がらせを私がしたと仰いましたけれど、それはいつ行われたのでしょうか?
私は、王家より付けていただいた護衛や侍女がおりますの。もし私がそのような愚かな事をしていたのなら、彼らから王家に報告があるはずですわ。
そして、ここに控えている彼女もそうですの。
…貴女、ルーカス様にご報告してくださるかしら?」
カタリーナ様の後方にいた侍女がお辞儀する。
「第2王子殿下、発言を許可していただけますでしょうか?」
第2王子は顔を顰める。
「何を言っている! 私はこの国の王子だぞ! 高貴な存在である王家の第2王子の私が証言しているのだ!! 身分の低い者の申す事など、ゴミと一緒だ! 証拠になどならぬわ! 証言などするまでもない!」
ザワッ………。
広間にどよめきが広がる。
「…いつも威張り散らしているとは思っていたが……」
「…そういうお考えでいらっしゃるという事か……」
「…アレではまるで、話に聞く『元王女』と同じではないか……」
王宮の広間に、不穏な空気が広がっていく。しかし、第2王子達は気付いていなかった。
「…彼女は、王家で認めた『影』の1人です。『影』の発言は裁判でも認められる正式なもの。たとえ王子であろうと蔑ろにする事は許されませんわ」
カタリーナ様は第2王子を諭すが、彼は全く聞き入れようとはしなかった。
「はッ……? 『影』だと? だから何だ!!
我ら王族に逆らえるものは何人たりともおりはせぬ! 王子である私の言う事は全て正しいのだ!! 私が『黒』と言えば白いものも黒になる! それだけ王家とは尊く、我らは至高の存在なのだ!」
冷静に指摘してくるカタリーナに苛立ったのか、第2王子は自論を捲し立てた。
先程まで騒ついていた広間が、一瞬、しん、となった。
「…それでは、私は何もしていなくとも、ルーカス様が黒と言えば罪人となる。…そういう事ですわね?」
カタリーナ様が静まり返った中で呟くように言った言葉は、意外にも広間中に響いた。
「そうだ!! やっと分かったか! 私がお前を罪人と言えば罪人! やったとかやってないかとかは関係ない! 私の発言が全てなのだ!! さあ、速やかに罪を認めたなら、お前は『国外追放』とする!!」
そこで、しんと静まり返っていた広間の雰囲気が変わったのが分かった。
「…何もしていなくても、王子が罪人といえば罪人……⁉︎」
「至高の存在⁉︎ あれだけ傍若無人に振る舞い、勉強も剣技も全くダメの、ロクデナシがか!!」
「王子が気に入らなければ、罪人にされるという事か⁉︎ 最高位の公爵令嬢に罪を被せるという事は、誰でも王子が気に入らなければ犯罪者にされてしまうという事ではないか!」
「それに、私はあのマリーとかいう女が自分で持ち物を壊しているのを見たぞ! カタリーナ様はしていない! 冤罪だ!」
「私も見た! そして自分から階段を落ちたフリもしていた! 何をしているのかと思って見ていたが……。まさか公爵令嬢に罪を被せるつもりでの演技だったとは!」
「王子はご自分のお気に入りのいう事だけを聞いて、他の貴族を気に入らなければ罪人にしていくつもりだ! コレは、『元王女』の話よりも酷い事だぞ!」
騒めきが、だんだん大きなどよめきに変わっていく。広間中に、不穏などよめきが広がり、流石に第2王子達もそれに気が付いたようだった。
「なんだ!! この無礼者どもが!! 私を誰だと思っているのだ! この国の王子だぞ! お前達など、全員処分出来るのだぞ!!」
第2王子が必死に叫べば、ピシュナー侯爵家次男も、
「お前達、無礼だぞ! この国の王子に向かって、不敬罪となるぞ!」
ドリス伯爵家嫡男も叫ぶ。
「お前達は王家に逆らうのか!! お前達の家共々取り潰しとなるぞ!!」
そして第2騎士団長嫡男も声を掠れさせながらも叫ぶ。
「お、お前達ィ! 不敬罪で全員、犯罪者だぁーッ!」
そしてマリー嬢は、
「あ、貴方達……! 何を言っているか分かっているの⁉︎ ルーカス様は、この国の王子様なのよ⁉︎ 無礼よ! ルーカス様、早くこんな奴らを捕まえてちょうだい!!」
「あ、あぁ、分かった!! 衛兵! カタリーナと無礼な物言いをする者達を捕らえよッ!!」
第2王子が叫ぶ。
…けれど、衛兵達は誰一人動かなかった。
動けるはず、ないわよね。そもそもこんな大人数を捕らえる事も無理だし、何よりこんな無茶な事を言う王子の命令を聞けるはずもない。
私は、第2王子達の余りの愚かさに、怒りに手が震えていた。
王家を自分で至高の存在と言い切る王子にも呆れたけれど、自分の思い通りにする為に人に罪をなすりつけたり、貴族の家を取り潰したりするのなら、そんな王家について行く貴族などいないだろう。
あくまで王家と貴族はある意味対等な関係だと思う。貴族が王家に忠誠を誓い、代わりに王家が貴族に保護と恩恵を与える。その関係が成り立たなければ、貴族達にとって王家は価値のない要らない存在だわ。
剣呑な雰囲気の中、一人の女性の声が響いた。
「お前達、何をしているのだ!!」
…それは、普段のパーティーでは王の隣で微笑み佇む事しか許されていない、この国の王妃イザベラだった。
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