49 髪飾りとノーマン公爵
馬車は王宮の門で門番と御者が少し話をしてから入り、暫く走って王宮の入口付近で止まった。
「それでは、リリアンヌ嬢。くれぐれもお気を付けて」
扉が開く前にワーグナー侯爵が心配そうに私に仰った。
「侯爵様も、お気を付けてくださいね」
私もすかさず言う。先程の好戦的な目を見たら、ちょっと心配になってしまったわ……。
「お気遣い、光栄にございます」
そう、嬉しそうに仰ってくださったのだけれど、それ、いつまで続けられますの……。侯爵に敬語を使われるなんて、心臓に悪くて仕方ないのですが……。
そしてマティアス様に手を取られ馬車から降りる。
少し早かった様で、パーティーに来てる人もまだまばらだわね。では偵察もしなければね! …この位早ければ、スイーツを食べる時間もあるかしら……?
3人で歩き出し、ではここで、とワーグナー侯爵と別れようとした時、前から立派な方々が歩いて来られるのが見えた。
あら? あの方は……。
そう思っていたら、あちらも此方に気付いたらしく、手を挙げて近付いて来られた。
「ワーグナー侯爵。昨日はダニエルの学園の卒業おめでとう」
来られたのは、ノーマン公爵、御一行様だった。
王宮でお会いするノーマン公爵は、黒に金の刺繍の入った軍服を着用されていた。こういう服って素敵な方が着られると更に格好良さが倍増するのね!
うん、後ろの方に例のお芝居従者もいるわ。他にも、お見かけした事のないお方がたくさん……。きっと向こうもそう思ってらっしゃるのね。凄く視線を感じるもの……。
「ノーマン公爵閣下。ダニエルの卒業には過分な祝いをいただきまして、誠にありがとうございました。これを励みに、これからの軍での仕事にも力が入る事でしょう」
ノーマン公爵とワーグナー侯爵家は家族ぐるみのお付き合いですものね。きちんと贈り物などされていらっしゃるのね……。そして、うん、とても視線が痛い……。まだ凄く見られています……。
「マティアスとリリアンヌ嬢は今日は卒業パーティーだったね。楽しんでおいで。
…リリアンヌ嬢、とても美しいよ。…良く、似合っている」
ノーマン公爵は、こちらを見つめていた。
えっ! ちょっ……。
そんな、いきなり直球で褒めてくださるとは思わなかったから、不意打ち過ぎて顔が赤くなったのが自分でも分かった。
「はい……。あの、コレを、いただきまして……。とても素敵で嬉しかったです。ありがとうございました」
顔の熱が下がらないまま、私はお礼を言った。
横でワーグナー侯爵とマティアス様が、おや? という顔をされている。しまったわ、馬車でこの『髪飾り』の事をお話しておけば良かったわ……。
「その色合いが、君の柔らかな金の髪に良く似合いそうだと思ったんだ。うん、思った通りだったよ」
そう言って、ノーマン公爵はとても優しく微笑まれた。
私はそのお顔を見てまた更に赤くなる。
暫く(とはいってもほんの数秒かしら?)ほんわかした空気が流れた。
そしてその空気に耐えかねたのか、ワーグナー侯爵がコホンッと咳払いをされた。
「ノーマン公爵閣下。それでは私は仕事がありますのでそろそろ失礼いたします。閣下は卒業パーティーには出席のご予定ですか? 今年は第2王子殿下のご卒業。王族の方々は全員出席されるとお聞きしておりますが…」
「そうだね。今のところ全員出席と聞いているよ。パーティーが始まる頃、陛下より皆の前でご挨拶がある。…今年は特に盛大なパーティーとなるだろう」
「…それは、楽しみな事です。私も時間が合えば是非参加させていただきます」
「あぁ、存分に楽しむがいい」
私が大人達の会話をサラッと聞いていると、ノーマン公爵の斜め後ろに控える人物と目が合った。
茶髪に青い鋭い瞳の、ちょっとイケメンなのにその雰囲気が近寄り難い空気を醸し出すような方だった。
やっぱりノーマン公爵の様な立派な方には、あんな出来る参謀ってタイプの方が付いていらっしゃるのね。
「…それでは、失礼いたします。マティアス、リリアンヌ、楽しんで来なさい」
ワーグナー侯爵が仰ったので、 マティアス様と合わせてお辞儀をする。
侯爵が去られた後、ノーマン公爵とマティアス様が少しお話をされかけたので横で控えていると、さっき目の合った茶髪のイケメンがこちらにいらした。
「お初にお目にかかります。私、ノーマン公爵の元で副官を務めております、フィリップ ウォード伯爵でございます。
以後お見知りおきを」
すごく丁寧にご挨拶いただいた。私も丁寧に返す。
「カールトン伯爵が娘、リリアンヌでございます。こちらこそ、宜しくお願いいたします。
…ウォード伯爵領と言いますと、柑橘類の産地でいらっしゃいますわよね。今の時期は何がとれるのですか?」
ウォード伯爵が少し驚かれたように目を見開かれたけれど、すぐに笑顔になってお答えくださった。
「…良く我が領地の特産物をご存知で。ええ、今の時期はオレンジですね。この時期のオレンジはどちらかと言うと絞って飲むのに向いているようでして……。今我が屋敷にも領地よりオレンジと絞って加工した物が届いております」
そうそう! この間授業で出ていたのよね! いいなー、オレンジ食べた〜いって思って見てたから覚えてたのよ、ウォード領の特産だって!
「まあ! そうなのですね。と、いう事は違う時期のものは食べる方に向いている、という事ですかしら?」
「そうなのですが、勿論今の時期の物も食べても美味しいですよ。本日のパーティーでのデザートにも出されているはずです」
本日のデザート! それは良い情報をいただきましたわ!
「それは楽しみです! やはり王宮の……」
「リリアンヌ。ウォード伯爵が困ってしまわれるからその辺りで」
あら、マティアス様から『待て』が入りました……。食い付き過ぎたのかしら……。
「…リリアンヌ。良ければ今度我が公爵領に遊びに来るがいい。今我が領地でも林檎などの果物がたくさんとれているからね」
またノーマン公爵にも気を使わせてしまいました……。
ノーマン公爵の横で、マティアス様の目配せを見たウォード伯爵が「なるほど……」と呟やかれている。やはり何か粗相をしてしまったかしら?
「申し訳ございません。私ったら、出過ぎてしまいましたのね……」
私が詫びると、ウォード伯爵が仰った。
「いいえ。私が出過ぎたまねをいたしました。今度、ノーマン公爵邸に我が家の特産品をお持ちしておきますので、どうぞ公爵邸にてご賞味いただければと思います」
? どうして公爵邸に?
「あぁ、そうするがいい。色んな特産物を我が家でも揃えておくから、いつでも来てくれて構わない」
え? イヤイヤ……。
ノーマン公爵も、私がもうすぐマティアス様と婚約破棄して、公爵とほぼ無関係になるって分かってらっしゃるわよね? どこかでお会いしたらご挨拶位はするけれど、遊びに行くような関係ではなくなると思うのだけれど……。
これも、私に心を砕いてくださっての事なのかしら? 『侯爵家に婚約破棄された傷物令嬢』を公爵家は保護しているよ、だからきちんと扱ってあげてね、みたいな? 他貴族へのアピールをしてくださっているのかしら?
私は戸惑いながらもお礼を言った。
「ありがとうございます。ノーマン公爵様……。あの、楽しみにしております……」
その言葉を聞いて、ノーマン公爵はとても良い笑顔を返してくださった。とても素敵で、私も思わず笑顔になった。
そして、その様子を見ていたウォード伯爵。
『やはり、ブレットの話していた事は誠だった! あの! 堅物のアルフレッド様が、女性に贈り物等という事も信じ難かったが、なんだ? あの笑顔は!! そして、この私にまで『ヤキモチ』とやらを妬かれるとは!!』
そして、チラとマティアスを見ると頷かれた。
『そうか、コレでもう、我らのすべき事は決まった。何がなんでも、リリアンヌ嬢には我らがアルフレッド様と一緒になっていただく!』
ウォード伯爵は固く誓うのであった……。
お読みいただきありがとうございます!
リリアンヌが話を楽しそうにしているのを見て、少し妬いてしまったノーマン公爵でした…。
リリアンヌはオレンジに食いついてしまっただけでしたが、フィリップは出来る子と勘違いしてしまったようです。




