44 侯爵夫人の記憶
「今回はリリアンヌのドレスを母に見てもらう、という事でパーティー前にワーグナー侯爵家に寄る訳だけど、到着して少し話をしたらすぐに出発となる。…大丈夫かな?」
無理を言ってパーティーが始まる前にマーガレット様に会わせていただくのだ。文句などあるはずがないわ。
「はい。ご無理を通していただいて申し訳ございません。マーガレット様にお選びいただいたドレス姿を見ていただいて、御礼とご挨拶を……させていただければ満足です」
マティアス様は、少し困ったお顔をされた。
「やっぱり、母が仕立てた物だとバレていたんだね」
それは、そうでしょう。
もうすぐ婚約破棄する間柄で、『私の色を着て欲しい!』と言わんばかりの色のドレスを贈られるハズがないですものね。
「それは、まあ分かりますわよね」
とさらっと答えておいた。
マティアス様は少し苦笑される。
「そして……、申し訳ないが、王宮に行く時の馬車には父も同乗させて欲しいんだ」
? ワーグナー侯爵様と一緒に?
「勿論、私は構いませんけれど……。どうなさいましたの?」
そういえば、ワーグナー侯爵様とパーティーの話はした事がなかったわね……。マティアス様から侯爵様にだけは全てお話ししてある、とは聞いているけれど。
「実は、父が君と直接話がしたいと言っていてね。今まで母抜きで君と話をする機会が無くて……。
今回ダニエルは別の馬車を使って例の子爵令嬢とパーティーへ行くし、母もノエルも別件で馬車を使うので、自分は仕事で王宮へ行くのに息子とその婚約者と同じ馬車に乗る、という名目にしたんだ」
ナルホド……。
それならば、マーガレット様も不審には思われないわね。
「分かりました。どうぞよろしくお願いいたします」
そんな話をしている内に、マティアス様と私を乗せた馬車は侯爵家の玄関ポーチ前に到着した。
私は彼にエスコートされて馬車から降りる。
すると、待ちかねていたかのようにそこにはワーグナー侯爵家の皆様が待ってくださっていた。侯爵夫妻、ダニエル様、ノエル様。勢揃いしてくださったのね。
私はそこで皆様にカーテシーをする。
「よく来たね、リリアンヌ。今日はそのドレスを見せに来てくれたのだね。よく似合っている。
やはり、娘というのはいいものだね」
笑顔でそう言って褒めてくださったのは、ハロルド ワーグナー侯爵。少し癖のある金髪に青い瞳、マティアス様が年齢を重ねたらこんな風になられるのかしらね……。
「リリアンヌ。…素敵よ。とても美しいわ!
あぁ、やっぱり娘っていいわね……! パーティー前に来てくださってありがとう。
うふふ、やっぱり卒業パーティーのドレスといえば、婚約者の瞳の色の、『エメラルドグリーン』ですわね!
絶対にこの色のこのデザインが似合うと思っていたの」
それはそうなんだろう。
このドレスはマティアス様の瞳の色であるだけで無く、デザインもほぼゲームでヒロインが着ていたドレスと一緒なのだ。今回はそれにとても驚いた。
…多分マーガレット様は無意識でゲームのアレコレを覚えておられるのだわ。
マーガレット様は喜びを隠せないという風に仰った。うん、アレは絶対心情的には『萌え〜ッ』てなってるわね……。
「マーガレット様。…この度は素敵なドレスをいただき、ありがとうございました。…とても、嬉しかったです。
他にも……。色々なお心遣い、本当に、…ありがとうございました……」
あぁ、どうしよう。少し涙が出てきそうになっている。
「あら? うふふ……。私ったら、卒業は来年で今ではありませんのに、なぜか気持ちが昂ってしまって……」
私がなんとか涙を抑えていると、マーガレット様が慌ててハンカチをくださった。
「そうだね。やはりこの卒業パーティー前というのは、皆そういうものなんだよ。特に昨日の卒業式の後だろう?
来年はいよいよ自分達の番だし、涙もろくなるもんだよ」
マティアス様がフォローに入ってくださる。
「あぁ、思い出すねぇ。私も学生時代、この時期はダメだったね。特に女子生徒の泣いている所をよく見かけたなぁ」
ワーグナー侯爵もフォローしてくださった。…が。
「…貴方の周りで女子生徒が泣いていたのは、貴方と卒業で離れる事が悲しいのか、振られてしまって泣いていたかなのだから、リリアンヌの気持ちとは全く違うと思いますけれどね」
すかさずマーガレット様のツッコミが入ってしまった。
気不味そうに苦笑いされている侯爵……。やはりお若い頃からおモテになったのですね。うん、知ってました。
「自分は昨日卒業だったけど、そんな悲しくないけどなぁ……。それより、これからは軍一筋でやっていけるぞって張り切ってるよ」
ダニエル様がポソリそう仰ると、侯爵夫妻は苦笑いされた。…きっと今日以降に例の子爵令嬢の話をされるのよね……。
こちらもなかなか大変そうだわね。
「リリアンヌ。今日のパーティーには俺も勿論行くから、何かあったら頼ってくれよな。…まあ、今日は兄上もいるから大丈夫だろうけど」
ダニエル様がこちらに声をかけてくださった。
「頼もしいですわ。気にかけていただいてありがとうございます。ダニエル様」
「ダニエル、ありがとう。私もリリアンヌをずっと見ていられないかもしれない。その時は頼むよ」
マティアス様もダニエル様の成長振りにとても嬉しそうだわ。侯爵夫妻も笑顔で見ている。
「リリアンヌお姉様。とってもお綺麗です! 僕も屋敷ではお姉様をお守りします。そして大きくなったら外でもお守りしますから!」
うふふ。御歳11歳のノエル様。可愛いのよねぇ。
「ありがとうございます、ノエル様。
頼りにしておりますね」
そう言うと、ノエル様は少し赤くなられた。うーん!本当にカワイイ!
そして、侯爵御一家と一通り歓談し終わり、いよいよもう出発、となった。
「皆様、わざわざお集まりいただき、ありがとうございました。…本当に、感謝しております。
…皆様、お元気で……」
最後は小声で言った。
「リリアンヌ、楽しんでいらっしゃい。…余り食べ過ぎてはダメよ。ドレスが苦しくなってしまいますからね。
マティアス! リリアンヌをくれぐれも頼みますよ」
マーガレット様は少し心配そうに仰った。
「承知いたしました、母上。
…さぁ、行こうか。リリアンヌ」
マティアス様が私を促す。
「はい。
…マーガレット様。…ありがとう……『真奈』」
最後は、マーガレット様にだけ、小声で囁いて私は馬車に乗り込んだ。
その後、マティアス様とワーグナー侯爵が馬車に乗り込む。
馬車の小窓から見えたマーガレット様は、少し呆然とされている様にも見えた。
そして3人を乗せた馬車は、王宮に向かって走り出したのだった。
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