41 侯爵夫人の前世
マティアス様と話すべきことは話し終え、私は少しウズウズしていた。
「マティアス様? あの……今日はマーガレット様はご在宅ではありませんの?」
そう、いつもならマティアス様とのお話がちょうど終わる頃、マーガレット様がお部屋に訪ねて来てくださるのだ。
「あぁ、母なら今日はお茶会に行っているよ。ワーグナーシステムの講演もあるから外せない会なんだ。
君が来る事は分かっていたから、初め今日のお茶会は行かないって駄々(だだ)をこねていたけどね」
駄々(だだ)って、マティアス様もその言い方は……。まあ親子ってそんなものなのかしらね。
でも、そうなんだ……。今日は、お会い出来ないのね……。
卒業パーティーまであと1週間。
次、マーガレット様にお会いする時にはもうマティアス様の婚約者ではなくなってるわ……。
そうしたら、もう今のような関係でいる事は出来なくなるかもしれない。
「マティアス様……。これを、マーガレット様に渡していただけますか?」
私は持ってきたバスケット中から、私特製のジンジャークッキーを出した。
そう、このクッキーは……。
それを見たマティアス様は、ニコリと笑った。
「良く母の好きな物を知っているね。…そうか、前に持ってきてくれたのもリリアンヌなんだね?
あの時も、とても嬉しそうに食べていたよ。ありがとう」
あぁ、以前持ってきたクッキーもちゃんと食べてくださったのね。喜んでいただけて良かったわ。
だって、あれは……。
「…ジンジャークッキーは、とてもお好きだったんです。
マーガレット様の、『前世』の時から」
一瞬、マティアス様は『何を言っているんだ?』という怪訝なお顔をしてから、ハッと思いついたようだった。
「前世……? 母の、前世……⁉︎ リリアンヌ、君は母の前世を知っているのかい⁉︎ 」
どうやら、『前世』自体を否定されている訳ではなさそうだわ……。ノーマン公爵もだったけれど、お2人とも、私の言葉を信じてくださってるのね……。
私は、普通信じられないようなこんな話を、信じてくださる人達に出会えて本当に幸せだわ。
「マティアス様は、マーガレット様が『前世持ち』である事を……、知っておられたのですか?」
マティアス様は真剣なお顔で答えた。
「…君の『前世』の話を聞いてから、ノーマン公爵より君が今この国の人間には持ち得ない『知識』をもって流行病の時活躍した、という話を聞いたんだ。
そしてノーマン公爵は君が『前世』の話をした時、その『知識』を持つ訳を納得したと言われていた。
…その時、思ったんだ。母も、常人では持ち得ない『知識』を持っている、と。そしてもしかしたら……、と……」
そうなんだ……。
ノーマン公爵は私があの流行病の時に披露してしまった、前世では当たり前だった感染病予防対策を知って、私の『前世』を信じてくれたのね。
そしてあの時、もっと深い知識を持って対策したマーガレット様の非常識? な程の知識を不思議に思い、マティアス様も私の話もあり、『前世』という可能性を思い付かれたのね。
「…その通り、だと思います。…恐らく彼女は、『前世』で私の大切な友人でした。
彼女は前世でも非常に優秀で、国の主要な機関で働いていたんです。仕事の内容が今彼女がしているようなことだったのですわ」
マティアス様はまだ驚きから抜けきれないようだわ。
「前に私が『前世』の話で失恋した事もお話ししたでしょう? その時慰めてくれたのも、彼女ですわ。
『あんなクソ男、別れて正解よ!』なーんて、言って……」
少しクスッと笑ってしまった。
マティアス様を見たら、同じように笑ってらした。
「ふふ……。『クソ男』って……。なんだか母らしい気がするよ。
そうか、前に母が、『リリアンヌはワーグナーシステムの事を一度説明しただけで、すぐに理解したのよ!』…って言ってたのは……」
あら。
「それも、『前世』で似たような仕事をしていた彼女の話を聞いて知っていたからですわね。
…今のワーグナーシステムに近いものは、私達のいた国では当たり前のように整備されていたのです」
「あの、システムが当たり前の国、か……」
マティアス様は絶句されてしまった。
「マティアス様。私……ご本人が思い出されない限り、前世の事は周りが言うべきではないと思うのです……。ですから、マーガレット様には……このまま話さないでくださいませんか?」
マティアス様は少し考えられた後、ゆっくりと頷いた。
「…でも、君はそれでいいのかい? 思い出して欲しいから、母が前世から好きだったというクッキーを何度も持ってきてくれたのではないのかい?」
私は少し、涙を堪えて笑顔をつくる。
「…本当は、思い出して欲しいです。いっぱい、前世から今までの話もしたいです。でも……。
皆『今』を生きているんです。前世の記憶を持っていて辛い場合もあると思います。
私は幸いにもそんな事はありませんでしたけど、皆がそうとは限りません。
…ですから、本人が自然に思い出す時が来るまでは……」
「リリアンヌ」
マティアス様から、ハンカチを渡された。
嫌だわ。また『花粉症』かしらね……。
私はハンカチをお借りして、少し、泣いた。
そして、それならドレス姿を見ていただくという名目で、パーティー前に侯爵家に立ち寄る事にしよう、とマティアス様が提案してくださった。…私はそれに甘える事にした。
もう1度、『マティアス様の婚約者』として、マーガレット様に会える事になったのだった。
パーティーはもうすぐ、だわ。
お読みいただきありがとうございます。
マーガレットとリリアンヌは前世では同じ有名私立大学で出会いました。体調不良で国立がダメになりトップクラスでその私大に入ったマーガレットとギリギリ引っかかった位のリリアンヌ。出会い、なぜかすごく気が合ってその後も付き合いは続きました。




