31 嵐の後の伯爵家
「……という訳で、その後ノーマン公爵様は少し姉様とお話されてから、『今度は姉上と2人で公爵邸に遊びにおいで』と僕に言われて、お忙しいのかすぐに帰って行かれたんだ。
ノーマン公爵様の従者はまだ何か言いたそうにしていたけど、公爵様にひと睨みされてすごすご帰っていったよ」
得意そうに語るニコラス。
「なんと……! 私達の留守中にそんな事があったとは……!!
まさか、ノーマン公爵閣下に我が家にお越しいただける日が来るとは……!
あぁ、何故私は屋敷に居なかったのだ!!」
そう悔しがるお父様。
「でも、身体はもう大丈夫なの? リリアンヌ。
そこまでご心配をかけて連れて帰ってくださる程だったのでしょう?」
そう心配してくださるお母様。
「そうだな! お医者様には診てもらったのかい?」
「はい、一応先生には診ていただいて大丈夫だと――」
「大丈夫だよ、お父様! だって姉様は公爵に横抱きされて真っ赤になったのを熱があると勘違いされただけなんだから!」
「……ちょっと、なんて事言うの! ニコラス!!」
なんなのよ、今日のニコラスは!
「なっ……横抱き⁉︎ いや……、リリアンヌ、意識でも失う程体調不良だったのか?」
「まあ……。それでそのまま馬に?」
お父様もお母様も少しお顔を赤くされて焦ったように仰った。
「いえあの……。少し気分が悪くなったのは本当です。でも、ノーマン公爵様はとても心配してくださって……。
お父様、私に影で従者を付けてくれていたんでしょう? その方に馬車を用意出来るか? と聞いてくださったんですけど……。そんなすぐには用意出来ないですし、それなら、と馬で送ってくださったんです……」
私が説明すると、そうか、と言いながらも何か物言いたげな様子のお2人。
「とにかく、私は大丈夫ですわ。そして、公爵様は少し心配症のようですわね。
確かに……横抱きは、少し……いえすごく、恥ずかしかったですもの……。
あの、この屋敷中の人に、見られてしまいましたわよね……?」
恥ずかしいけど、ちょっと確認しておく。するとニコラスは少し面白そうに言った。
「それは勿論皆見てたけれど、ノーマン公爵様が『お忍びでの途中だったので、今日の事は皆忘れるように』と緘口令をしかれていったよ。一応、この屋敷の者は外に話してはいけないと分かっているよ。
……ただ、こんな面白い話、どこまで黙っていられるか分からないけど」
「ノーマン公爵閣下が出された緘口令なら、我が屋敷の者達は守るだろう。外で見かけた者は仕方ないがね」
お父様がそう仰るなら、まあ大丈夫なのかしら? と少しホッとする。外では公爵もカツラ? で髪の色を変えられていたし、私も町娘の格好をしていたから、私達とは分からないわね。
するとお母様が心配そうに仰った。
「それより……、リリアンヌ?
貴女の街への一人歩きはもう考え直した方が良さそうね。禁止してもスルッと出て行ってしまうから、敢えて行かせて従者を付ける、ということにしていたけれど……。
これからは、行くならばきちんと侍女と従者を連れて行きなさい」
うっ……。コレはとんだ藪蛇だわ……。
「以後気を付けます……。あの、私少し疲れましたので休ませていただきますね!」
逃げるに限るわ!
「あぁ、そうなさい。……以後、行動を慎むようにね。君には婚約者もいるのだし」
そう仰るお父様に、
「?? 分かりましたわ。お休みなさいませ、お父様、お母様」
何故、婚約者の話? と思いながらも私は部屋に戻ったのだった。
そして、あのゲームの事を考えようと思ったのだけれど――。
なんだか、そんなに深刻に考えても仕方ないかしら? と思えてきたわ。
私が悩んでどうにかなるものでもないしね。
コレは多分、ノーマン公爵のお姫様抱っこのお陰ね……。
とっても! 恥ずかしかったけれど、ある意味冷静にもなれたわ……。
ただ、この世界は私がしていた『薔薇の誓い〜5人の騎士達〜』とは似て非なる世界、だという事。
もしかして、同じになるかも知れなかったけれど、1人の王女によって運命の歯車は変わってしまっている。
そしてゲームの強制力? で、学園が始まる最初の時の人物などの初期設定だけは、ゲームと同じ、という事。
それはしっかり分かっておくべきね。
それからのイベントもほぼゲーム通りに起こるけれど、全く同じではない。
という事は、運命は私たち次第で変えられる、という事よね!
とにかく今まで以上に慎重に、行動して行かなければ!
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「ニコラス、お前は2人を見てどう思った?」
カールトン伯爵家の応接間では、まだ両親とニコラスの話は続いていた。
「……まるで、新婚夫婦のように、嬉し恥ずかしの雰囲気だったよ。ね、セバス?」
ニコラスが後ろに控えていた執事セバスに声をかける。
「……はい。まずは屋敷にいらっしゃった時からお嬢様を他の者に渡すなど出来ない、といったご様子でございました。
新婚夫婦……といいましょうか、お付き合いしたての初々しいカップル、といった感じでございましたね」
執事が少し考えながら答える。
「……それは、ノーマン公爵様が、とても面倒見の良い親切な方だから、ではないの?
公爵の評判はとてもよろしいもの」
母ジョセフィーヌはそう言ったが、
「いや……。ノーマン公爵閣下は『難攻不落の公爵』と有名だ。戦争は勿論の事、今までどんな美姫が迫っても落ちなかった、と言うからな……。そして浮いた話もない。だからこそ『評判が良い』のだからな。
恐らく今までに公爵の目の前で倒れ込んでみた女性もたくさんいただろうが、その様な対応をされたという話は聞いた事がない。周りの者に託して終わりだろう。
今回にしても、うちの従者に気付いていたのなら、託して去れば良いだけの話だったのだ。
それを、自ら……、だ……ッ、抱き上げ……ッ、馬で送り届けるだけでなく、部屋まで連れて行く、などという事は……。
それは……やはり、リリアンヌの事を……?」
4人は何とも言えない表情をして顔を見合わせた。
お読みいただきありがとうございます!
カールトン伯爵達や戦争を知る世代の人達には、ノーマン公爵は本当に英雄で憧れの存在のようです。
会えなかった事を本当に悔しがりました。
自分の娘に関心ありげな憧れの英雄…。婚約者もいるし、微妙な親心です。




