第22話 〈実食!!〉
意気揚々と七輪に炭を入れ準備を始めるミレーヌを、俺とアンナは冷めた目で見ていた。
でも、採れたてを食べる為だけに七輪を担いでくる根性は認めざるをえない。
「さ、準備は万端よ! アッシュ、火!」
「は?」
「は? じゃないわよ! 火よ、火! 早く魔法で火を付けなさいよ」
俺とアンナは膝の力がカクンと抜けた。
「ミレーヌちゃ〜ん……」
「俺は戦士だぞ? 魔法なんて使えないんだけど?」
「!!」
何をビックリしてやがる。
せっせせっせと七輪の準備をしてるから、どうやって炭に火を付けるんかと思って見てたのに、俺の魔法に頼ってくるなんて……。
まさか、火起こしの準備を一切してないわけないだろうな。
「おいミレーヌ。火起こしの魔道具なりなんなり、点火手段はあるんだろうな?」
「え……え〜と……」
「ミレーヌちゃん? ここまで準備しといて、何も無いわけないよね!?」
ミレーヌはさっきから、身体の至るところを忙しなく触っている……この落ち着きのなさ……図星か。
「さ、アンナ帰ろうか?」
俺は火がつかない七輪を眺めている趣味はない。
一刻も早く持ち帰って、冬マツキノコを食べたいのだ。
「ちょっと、ちょっと待って!」
「何だよ?」
「アンタ頭良いじゃない!? アンタの知識の中に、火起こしの方法は無いの!?」
コイツ……まさか原始的な方法で火を起こせって言っているんじゃないだろうなぁ?
「無いわけじゃないけど……」
「ならお願い! 私はどうしても採れたて冬マツキノコが食べたいの!!」
ミレーヌが懇願する様に脚にしがみつく。
「ミレーヌちゃん、持って帰って食べても採れたてですよ?」
そうだアンナ、このバカにもっと言ってやれ!
「夢なの!」
「は?」
「採れたての冬マツキノコをその場で焼いて食べるのが、子供の頃からの夢だったの!!」
ミレーヌは涙ながらに訴えている。
俺はその言葉に耳がピクリとした。
「でも火が付けられないんじゃ、しょうがないですよね〜」
「バカヤローー!!」
「え、ええ〜!?」
急に俺に怒鳴られて、アンナは展開についていけずに困惑している。
「子供の頃からの夢……この言葉を聞いちまった以上、手伝わないわけにはいかないだろうが!」
「アッシュ!!」
「はぁ……?」
手伝って貰えると聞き目を輝かせるミレーヌと、困惑するアンナ……二人の反応はまちまちだ。
「アンナ思い出せ。俺たちは子供の頃の憧れを……夢を叶えるために転職したんだろうが!!」
俺は真っ直ぐにアンナの目を見据えた。
「……私の転職の動機は違うんですけど……」
「ええい! うるさい、うるさい!」
俺はその場を無理矢理まとめて火起こしの準備に入った。
「今からやるのは弓ギリ式火起こしと呼ばれる方法だ。我々は幸運な事に松林にいる……必要な物も簡単に手に入るだろう」
二人の隊員は俺の指示を静かに待っている。
「アンナ隊員は松ぼっくりや、ファットウッドと呼ばれる松脂の塊を探してきてくれ。ミレーヌ隊員は……まあ乾いた小枝でも集めといてくれ」
「ラジャ」
「了解!」
本当は二人ともファットウッドを探して欲しいが、ミレーヌの運では到底無理だろう。
炭に火が付くまでの燃料となる小枝でも拾わせておけばいい。
「アッシュ隊長は何をするのでありますか?」
ノリのいいアンナ隊員からの質問だ。
部下の質問には真摯に答えなければならない。
「俺は木の板などを探して、弓ギリ式に必要な道具を作る。他に質問はないか?」
二人の隊員は静かに号令を待つ。
「ヨシ、各自命令を実行せよ! 解散!!」
二人の隊員が松林に消えたのを見届けてから、俺は道具作りに入る。
今回作るのは火きり臼と火きり杵だ。
火きり杵は直径1センチ程の真っ直ぐな木の枝でいい、これの先をナイフで削っておく。
火きり臼は、手ごろな木の板に三角の切れ込みをナイフで作り完成だ。
弓ギリ式なので弓も当然必要なのだが、これは適当に落ちている曲がった枝で代用する。
しばらくすると、二人の隊員が戻ってきた。
さすがアンナ隊員、大量の松ぼっくりとファットウッドを見つけてきていた。
ミレーヌ隊員も小枝を拾うくらいなら難なくこなせるようだな。
「ミレーヌ、お前のマントの結び紐を外せ」
「え? なんで?」
「火起こしに必要だからだよ。早くしろよ」
ミレーヌがブツクサ文句を言いながらも紐を渡してきた。
「こいつをこうして……と」
ミレーヌに貰った紐を、弓として使う曲がった枝に弓の弦を張るように結ぶ。
「さらにミレーヌよ、服のレースアップになっているとこの麻紐をよこせ」
「え!? 嫌よ」
「焼き冬マツキノコ食べたくないのか!? お前が火起こしの魔道具さえ持ってきてたら、こんな事になってないんだよ」
ミレーヌが渋々レースアップになっている胸元の麻紐を外した。
それを俺は受け取ると、すぐさまほぐして繊維状にする。
「ヨシ!」
準備は万端だ。
弓に結んだ紐を火きり杵に巻きつける。
その状態のまま火きり杵の先端を、火きり臼の三角の切れ込みに押し付け、弓を前後に動かしていく。
俺の知識によれば、これで火が付くはずなのだが……。
「はあっ……はあっ……」
おかしい。
俺のサバイバル知識のバイブル『今日から君もサバイバル』には、これで簡単に火が起こせると書いてあったのだが……。
「付かないじゃない」
「隊長〜」
「ちょっと代わりなさいよ」
ミレーヌに半ば無理やり弓をとられた。
はあ、はあ、やれるもんならやってみろや。
「アンナ! 煙出て来た! 木屑が焦げて火種が付いたら麻紐に火種を乗せて!」
「おお! さすがミレーヌちゃん! 回転スピードが全然違う!」
くそ……馬鹿力が。
「フーッ、フーッ……付いた! 火が付きました!」
「はあっ、はあっ、小枝やファットウッドを七輪に入れて火を強くしろ。はあっ、はあっ、強くなってきたら炭に火が付くまで枝を足せ」
しばらくすると、炭に無事に火を付ける事が出来た。
「さあ、炙っていくわよ」
「軽く切れ目入れときますね〜」
「先に塩を振っておくといいんだが……無いよな?」
ここまで火起こし以外で何の活躍も見せていないミレーヌがしたり顔だ。
「あるわよ?……塩」
「でかした! 再会してから初めてのでかしただ!」
「聞き捨てならない事言われた気がするけど、今日は許してあげるわ。さあ!この塩を振りなさい!」
俺はミレーヌから塩を受け取る。
塩を振ろうとすると、アンナとミレーヌが何かを期待しているような目で見てくる。
「ふぅ、仕方ないな。俺の塩振りはみんなの願い……さあ、お前に塩気をあたえよう!」
「キヤーーー! 久しぶりに聞きました〜!」
「アンタも本当にバカね。でも決まってたわよ!」
こうして塩を振られた冬マツキノコが少し汗をかいたら炙りはじめる。
数分炙って水分が程よく溢れてきたら焼き上がりだ。
焼けるにつれて、辺りを冬マツキノコの豊潤な香りが漂い始める。
「ふ、ふあぁぁぁ……いい香りすぎだろう」
「はわわわわわ……ヨダレが、ヨダレが垂れちゃいますよ〜」
「ほわぁぁ……アンタ達感謝なさい」
そう言ってミレーヌがスダチと呼ばれる柑橘類を取り出し絞りかける。
ジュウッと水分が蒸発する音がして、冬マツキノコの香りに柑橘の爽やかな香りが混ざる。
「さ、いただきましょう……アンナ」
「では……手を合わせてください」
「「合わせました」」
「いただきます」
「「いただきまーす!」」
俺はよく炙られた冬マツキノコを手に取る。
少々熱いが手袋越しなので気にしない。
かさの部分に入れられた切れ込みから、スッと半分に裂く。
そして水分の滴る冬マツキノコを口に運んだ。
ズッキューーン!!
俺のハートは見事に射抜かれた。
噛むたびにショキショキシャキシャキと歯を伝う食感と言う名の喜び、噛むほどに舌に広がる確かな旨み、そして感動のため息をつくと鼻から極上の香りが駆け抜けてゆく。
生きていて良かった。
まるで口の中でご機嫌カーテシーをしてしまっているようだ。
まさに至福のひと時。
「幸せ……私幸せです〜」
アンナも涙目になりながら味わっている。
そしてミレーヌはと言うと、
「うまいうまい。ハフハフ……うまいうまい!」
七輪の上の冬マツキノコを手当たり次第に口に入れている。
「オイ、コラ! 味わって食えよ! そんな勢いで食べる物じゃねーんだよ!」
「あーっ! 私のカゴのキノコにまで塩振ってあるー! これは納品用ですよ〜!!」
「ちょ、待てよ! オマエ本当に良い加減しろよ!? 一本しか見つけてないくせに!」
「ハッ……はへはほんはひよ!」
※(ハッ……食べたもん勝ちよ!)
「お前マジで……クエスト失敗になっちゃうだろうが!! 絶対後で採りに行かせるかな!!」
「私は手伝いませんからね〜!!」
こうして一回目に採った冬マツキノコはみんなで美味しくいただきました。




