8 片想い
中学二年の夏休みは、はじけるような爽快さだった。午前に三年生が引退した錘のない部活で、ふざけ半分に汗を流し、昼すぎに帰宅すると、作り置きのごはんを食べて海水浴に行くのが日課で、珊瑚礁や熱帯魚と遊び疲れて家に帰ると、水浴びをして、心地良い疲労感に朝顔を尻目にまどろんだ。
学校で気心の知れた仲間とお喋りを楽しみ、家で一人の時間をゆっくり過ごせた日々は黄金のように輝いていた。
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永遠に思えた夏休みが終わり、迎えた始業式。放課後に志保が、東京に行ったおみやげと言って、ディズニーランドで買ったというドナルドダックの小さなぬいぐるみをプレゼントしてくれた。
青い服に青い帽子のドナルドダック。
悠次兄とどこか似てるから、と言って渡してくれたけど、どこが似ているのかさっぱり分からず、似ているか、と聞くと、うん、愛嬌のある顔が似ている、と、志保はにっこりした。
似ているかについては釈然としなかったけども、志保からのプレゼントは特別な嬉しさで僕のもとに届いた。
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快活な志保はいつもさえざえとして、日なたの匂いがよく似合った。精気のつまった華奢な体には、山中の湧水がさらさら流れる清らかさがあり、それと共に、まっすぐな笑顔にも、フルートがうまくふけないと悩む顔にも、何を思ってか行方のしれない視線を空中に遊ばせている時にも、夏の木陰に吹く一陣の風の爽やかさがきらめいていた。僕はその快さについつい引き込まれ、話し込むのだった。
なにぶん当時の志保ときたら、生来の朗らかさに加え、箸が転んでもおかしい年頃である。僕に限らず周囲の者がみな清友の感を抱いていた。
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よしみを通ずるほどに、僕は志保の健全な明るさと純粋さに、心の中で何かが大きくなっていくのを覚えた。
奇妙な感覚。仲の良い女子にも、きれいな女子先輩にも感じなかった不思議な感覚。心を歓喜で満たす感情。心を乱す感情。孤独とは質の違う淋しい感情。
それが恋だと気付くのに、さして時間はかからなかった。
十四の齢に、連綿とした愛恋の海鳴りは、ぼんやりと、しかし確かな霊妙で胸に押し迫った。
恋心を自覚してからはのべつ幕無しの苦心である。生まれて初めての恋情であるから戸惑いはひとしおだった。
至極当然、僕は心のありかを隠蔽し、志保と変わりなく接し続けた。そうしている限り、人に増して懇意にしていられたのだから。
志保は僕の好きな女子が誰なのかを無性に知りたがったが、聞かれるたびに、そのうち教えるよと、おくびにも出さずにいた。




