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たまずさ  作者: 歩野
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20  多情多恨の瀑布

   第六章


 高校生になってからの僕はよろめく思考の新陳代謝が目まぐるしく、急激に自我が芽生え、それでいて確立できずに複雑難解だった。

 平和的な心と暴力的な心が共存し、ファッション雑誌を興味深く読みながら乞食に憧れ、性欲を満たしたい欲求に駆られながらセックスを否定した。

 冷然と打算は常に対極にあり、絶え間なく、知識欲、好奇心、内省、絶望等が、かわるがわるどこからともなくさかんに噴出しており、小心と大胆、かび臭い思想と前衛思想、みなぎる活力と自殺願望が混迷として自分を持て余した。

 また、野蛮なふてぶてしさと鋭敏な感性が急転する面妖さもあった。

 なりをひそめる鬱は膨張と縮小を繰り返し、僕を織りなす多様な人格は心棒が不安定なこまのように、ときに思考の重心をどちらか一方に傾斜させ、後悔を生んだ。

 理想に完全でありたいと希求していた僕は、当然の不可能を分からずに心を煩わせていた節もある。

 自己分析では僕は生きる価値のないクズでもあり、周囲が一目置くべき卓越した人物でもあった。

 旺盛な探究心でまがりなりに、茫洋たる社会や未知なる人間性をつらつら洞察するようにもなっており、理の当然として矛盾だらけの社会に抵抗を感じるようにもなっていた。

 毎日アフリカで餓死者がでる現実と、大金持ちが贅沢三昧の暮らしを送る現実が噛み合わなかったし、一機数十億円もする戦闘機が群れをなす現実も理解ができなかった。

 お決まりのコースを辿っていかれた社会に馴染むのが恐かったし、僕から見える世界だけが(ひず)んで見えるのだろうかと、頭を抱える事もあった

 消化不良を起こした思索は独特の薬味で攪拌(かくはん)され混濁していた。そしてそれは現実という分析材が増すほどに混迷の度合いを深めるのだった。

 加えて、どうしてそうなのか分からないが、僕には昔から夢がなく、『豊かな人生』『幸福な暮らし』そういった(たぐ)いの観念が希薄(きはく)で、泥や油にまみれた最低の生活だとか、野垂れ死にするのが自分の行くべき道だと感じていた。

 不安定な精神状態で育った人間は、不安定な生活に安堵を覚える、と何かで読んだ事があるが、そういったものが作用していたのかどうかは分からない。

 かと思えば、ややもすると日がな一日、空を飛びまわる空想に心を奪われる夢見がちな一面もあった。

 (くすぶ)った情熱で羽根をばたつかせるだけの僕は、飛べない鳥であり、泳げない魚だと感じていたが、森羅万象を心が投影するのを一考するに、僕は高く飛びすぎたが為に薄れた酸素に息苦しむ鳥であり、深く潜りすぎたが故に水圧に悶え苦しむ魚であった。

 若者特有の強い欲求に、愛、自由、真実などがあるが、僕は真実と自由を求める気持ちが人一倍強かった。その反面、愛は縁遠いものに思えた。少なくとも僕は愛される資格のない人間だと感じていた。

 学校生活は、徒党は組まなかったものの、仲のいい友達もいて、相応の楽しさもあり、なまじ居心地が良くなっていた。

 それが土壌だった。

 僕は理想の一つだった求道者になるべく、真理を求めて旅に出る事にした。

 表面ではそう思っていたが、僕を動かした本質は次のものだったと思う。断言できないのは、当時の僕が非常に複雑なため、分析作業が困難を極めるし、その頃を思い出すのが大変な精神的苦痛で、深く踏み込めないからだ。()りくむ地下水脈の思慮を集水した多情多恨の瀑布(ばくふ)は、崩壊寸前の自我にあって、当人をもってしても明確にできない。

 僕には抱えきれないほどの雑然とした種々の思いがあり、その飽和した思考と感情は、孤独と虚無を伴って入り乱れ、分裂し、融合を試みると耐え難い耳障りな不協和音をがなりたてた。

 累々ともつれ氾濫したそれら一切合切から逃れ、しがらみのない世界にいきたかった。そうしたら僕を苦しめる呪縛から解放されると抱懐した。さもなければいっそのこと死んでしまいたかった。

 自分が変わらない限りどこに行っても一緒だというのに。


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