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「う、う……うう」
鼻をすする。涙を拭う。そして、時間をかけて、深呼吸する。
ボクは、感動したのだ。
真剣に向き合ってくれた二人に。
笑みを浮かべてくれた二人に。
そして、やるときはやる二人に。
「局長。そんなに、泣かないで下さいよ」
「だ、だって……ボク……すごく、嬉しくて……うう」
慈悲深い声でボクを憂慮してくれる滉輝の優しさが、益々ボクを嗚咽させる。
だが、
「あぁ。鼻はかまないで下さいね。うるさいんで」
「む、ムードが台無しだよ!」
その滉輝の一言で、一気に興ざめしてしまった。
事実、ボクの声は無線機を通して、彼らの耳元に響いてるのだから……まぁ、うるさいのだろうが。
……よし、そろそろ切り替えるか。
「……んで、局長」
「何だい?」
「気になったんですけど……ヒロインとかを攻略したかどうかって、どうやって判断するんですか?」
中々良い質問だ。
そして、それに対する回答は、ズバリ、これだ。
「ぁあ、それね。ボクも気になる」
「……え?」
「実は、攻略されたかどうかなんて……ボクにも、分からないんだよ……」
「ま、マジすか……」
「――まぁ。詰まるところ、ある『一定期間』というのが実際に訪れてみないと分からない、ということですね」
「……う、うん。まぁ、そういうことだね」
ボクはそう言いながら、思わず奈々を瞠目してしまった。
少し前から思っていたのだが、彼女の理解力及び推察能力は、恐ろしいほどに、高い。
人智を超えている、とまでは行かないが、今の推察には流石に鳥肌が立った。
「……結構な無理ゲーですね」
「うん。でも、君達なら……!」
「俺達なら……何なんです?」
「君達なら、きっと……できるよ!」
「いやいや、局長。俺達の顔、ちゃんと見ました?」
と、滉輝。
「……え?」
「正直、どちらもぱっとしないでしょう?」
と、奈々。
「いや! そんなこと……!」
「イケメンではないでしょう。美少女ではないでしょう」
「ま、まぁ」
「クラスに絶対一人は、いるような顔ですよね?」
畳み掛けるかのような口振りで自虐する二人。
ボクは、そんな二人に改めて目を向けた。
整えられた黒髪に、少し焼けた肌。茶色い瞳に、長めのまつ毛。
痩せているわけでも、太っているわけでもない身体には、紺色のブレザーが印象的な、上向学園の制服が着せられている。
そんな滉輝の総身。
薄茶色のミディアムストレートに、真っ白な肌。黒い瞳は、太陽が眩しいせいなのか、うっすらと開かれており、長いスカートは膝を隠していた。
そんな奈々の総身。
……うん。この二人。
確かにブスじゃないけど、決して整った顔立ちではない。
もし、「この世界で一番平均的な顔立ちをした奴をここに連れてこい」と、宇宙人に命令されたら、ボクは真っ先にこの二人を連れてゆく。
そんな感じの平均顔だ。
「ハーレムアニメとか、逆ハーレムアニメの主人公の容姿って、大体普通ですよね? しょうがないんです。基本的には、視聴者が自己投影しやすいように作られてますから」
視線を落とし、そう言う滉輝。
そしてそんな滉輝の見解に、奈々は、こう付け足す。
「そして残念ながら、主人公でなくなってしまった私達にとって、本来、手懐げるはずだったイケメンや美少女達など、もう高嶺の花……」
全くその通りだ。
主人公ではなくなった二人など、もはや一般人。何の需要もない。
そんな一般人に、美少女やイケメンが振り向いてくれるはずもなく――
「――――ボクは、そう思はない!」
「……あ?」
「な、何を根拠に? そんなこと?」
「君達ならできる。根拠はないけど……君達なら……!」
ああ。そうだ。根拠はない。
がしかし、ボクには何となく分かるのだ。
滉輝と奈々。この二人なら、何かできそうな気がする。
大きな壁にぶつかっても、この二人なら、それをも飛び越えれるような、そんな気がするのだ。
「――鬼川君は、面白いし、知識が豊富。……で、南君は、何と言っても頭が良い。鬼に金棒じゃないか」
声を張り上げて、ボクは更に続ける。
「確かに、ヒロインを絶対的に攻略できる保証はないし、『君達ならできる』というボクの言葉自体にも、やっぱり根拠なんかないよ……だけど! それでも! これは、君達にしかできないと思う!」
「…………」
「…………」
全てをぶちまけるかのように言い放った後、しばしの沈黙が続いた。
アスファルトに、壁に、住宅に、空に、太陽に。
じわじわと広がるそれは、この空間一体を抱擁していった。
「――――――――」
……やはり、彼らには無理なんだろうか?できないのだろうか?
可能か不可能かを決定するのは彼らだ。ボクに決定権はない。
静寂が続けば続くほど、増殖する懸念が、胸の中を徘徊する。
結局――ボクは、ボクは何もできないままに……。
「なぁ? 局長」
「……何?」
「誰が、やらないなんて言いました?」
「……え?」
「勝手にそんな、悲観するのは止めて頂きたいのですが……?」
「ど、どゆこと?」
「だから……俺ら、やらないなんて一言も言ってませんよ?」
「分かりましたか?」
奈々に、そう念押しされて、悟った。どうやらボクは、思い違いをしていたようだ。
……とてつもなく、恥ずかしい。
羞恥に身悶える余裕などないくらいの、恥ずかしさだった。
故にボクは、その恥ずかしさを必死に誤魔化そうとする。
「あの! えっとこれは! ……ボクなりの声援? というか、応援? というか……まぁ、全然気にしなくて――」
が、
「――――局長。ありがとうございます」
「……へっ? なんで?」
「いやいや、だって俺、他人からこんなに頼られたことなかったし……おい、お前もそうだろ?」
「あんたなんかと同じに――」
「そうなんだろ?」
「局長。ありがとうございます」
「切り替え早いな!!」
ボクがそう突っ込むと、二人は声も出さずに、にやりと笑みを作った。
「――――」
本来ならば、ボクが感謝しなければならない。
信じられないような話を聞いてくれた彼らに。
理不尽な現状を理解してくれた彼らに。
そしてボクの要求に、笑顔で答えてくれた彼らに。
だからボクは、
「――二人共、どうもありがとう。」
改めてそう言い、判然としない眼前の景色――二人の顔を瞳に映したのであった。
――――さぁ、これから、前代未聞の攻略劇が、始まってゆく。
とりあえずここで、一区切り。
勉強の方が忙しくなるので、また別の話を、ぼちぼち書かせてもらうことにします。
今まで本作、『ハーレムアニメの主人公と逆ハーレムアニメの主人公が、一つの世界に入ってしまったみたいなんです。』を読んで下さった方々、本当にありがとうございます。また、高校卒業後、機会と時間があれば書かせて頂きます。




