チェンジ・ザ・ワールド
3 リパクパ
葬儀には多くの関係者が訪れた。
良子さん、美織のクラスメートや先生、親戚や旧友たち、大勢がすすり泣き、一人の残酷な死を嘆いていた。それは美織の人柄や人望を如実に表しているんだろうな、と俺は考えた。
そのとき他に何を考えていたのか、よく覚えていない。
覚えているのは、邦武父がただの一滴も涙を零さなかったことと、現実から隔離された遺影の中の美織が、幸せそうに微笑んでいたことだけだ。
自転車に乗って普通に学校に行き、全校集会で校長が事故について説明し、誰かが泣く。
八組の雰囲気は底の底まで沈み切った様子で、後ろの奴らが「これじゃアイツら、受験に影響きたすぞ……」と話しているのが耳に入る。
教室に戻ってからも皆はその話で持ち切りで、四方八方から悲哀の入り混じった雑音が聞こえてくる。
「邦武さんと私、一年で同じクラスだったんだけど――――」
「うわあ……あの子けっこう可愛かったのに――――」
「だいぶヒサンらしいぜ、トラックだからな――――」
「こら、不謹慎でしょ! アンタたち人の命をなんだと――――」
雑踏がいつもより明瞭に聞こえる。何故かは分からなかった。
けれど、いくらハッキリ耳にしていたからといって、唐突な振りが来ることは予測できなかった。
「真撫、お前大丈夫か?」
「…………?」
そう声をかけてきたのは北原という男子だったが、俺が彼の意図を察する前にクラス中の視線が一斉にこちらに向けられた。
「真撫くん、美織ちゃんと付き合ってたんでしょ!?」「そういやどうなんだよ、そこんとこ」「キツイのは分かるけど、何か吐き出した方がいいんじゃないの?」「バッカ、そっとしとけよ」「顔色悪いよ、保健室行ったら? 付いてくからさ」「どうなんだよ真撫」「なあ真撫くん」「一つだけ聞かせろよ、付き合ってるかどうか」「付き合ってたに決まってんじゃん」「一人にしとけば?」「ドラマみたいな展開ってやつ?」「オイ!」「でさあ……」
一人の言葉を皮切りに、クラス全員が雪崩のように殺到する。きっかけ一つで、空気みたいな存在に急にスポットが当てられる。それはとても可笑しくて、滑稽で、衆愚的だと……俺はずっと後になってから思った。
今まで気にも留めなかったクラスメートたち。なのに俺には彼らの輪郭がくっきりと視え、彼らの言葉が一音一音はっきりと捉えられる。何故かは分からなかった。
木村や吉川や寺本や矢木や末広や久保や上園や新田や東や田中や富沢や柿内らの質問が耳小骨を揺らし続け、高処理モードの脳がダウンしそうなので、俺は言った。
「うるさい」
その日の帰り、俺は寄り道をした。
目的地は公園でも《くにたけサイクル》でもなかった。映画館でも、花火大会のあった川でも、隣町のショッピングモールでもない。じゃあどこかというと、どこでもないのだった。
寄り道という言葉通り、俺は道だけを頼りに進んだ。何も考えず、日付と共に冷気を帯びていく風と共に自転車を漕ぐ。別に愛する人を失った悲しみを紛らわすためとか、今はただ風を感じたいとか、そんなことは考えなかった。じゃあ何を思って自転車に乗っているかというと、何も思っちゃいないのだ。
邦武父から貰って、一生大切にしようと誓った黄色のタイムトライアルバイクを漕いで、漕いで、漕いで、漕いで――ただ一心にひた走っていると、どうしてもあの追走劇が思い出される。
ただあの時と違う点は、自転車のスペックが段違いであることと、目標がどこにも存在しないことだった。
何も追うものが無い以上、何も慌てる必要はないわけで、俺は流れる景色をひたすら眺め続けた。
十一月初め。保育園の花壇には山茶花が咲き、柊の尖った葉の傍には小さな花が顔を覗かせる。
部活帰りの中学生の集団がゲラゲラと下ネタを言いながら歩き、ビニール袋片手にそれを聞いた爺さんが鼻で笑う。
電線の上にはスズメが十羽ほど。ひっきりなしに飛び立ち、電線に止まり、かと思うとピタリと動きを止める。
曇り空は陰りつつ、静かに町を見下ろす。
スピードは一定のまま自転車を漕ぎ続けていると、辺りはもう暗い。
帰ろう、と思った。
一度自転車を降り、百八十度転回させる。
目の前には、自分が進んできた道のり。
目には見えないけれど、確かにここを通ったという紛れもない事実。
「ああ、そっか」
俺は俺の目に見える世界を、はっきりと認識する。
「美織がいないから、か」




