第一話 感情
闇物語編 第一話 僅かな温もり
語り手 宿木 桔梗
━━━━━━━これは つまらない物語━━━━━━
未来歴18年4月
「朝…」
カーテン越しに差し込む日差しを手で遮りながらもう一度眠ろうとした 体は重い
憂鬱だ 気分だけは毎日重苦しい 体を起こして母親の部屋に向かう
「朝だよー」
年季の入った扉をゆっくりと開く
「起きてたんだ おはよう母さん」
返事は無い ぼんやりと窓の外を見ているのは私の母 宿木 結やどりぎ ゆい
そばに近寄り手を握る 母はゆっくりとこちらを振り向いた その瞳は虚空のように虚ろだ
母さんは感情が無い
「朝食持ってくるよ 待っててね」
私が成長するにつれて母親の容態は悪化した 小さかった頃はあんなに明るくて 優しくて 太陽のような人だったのに…
私は 宿木 桔梗やどりぎ ききょう 宿木 結の娘だ 父親は居ない 私が産まれる前に病気で亡くなったらしい
今は母親の介護をしながら隠れて違法なバイトをしている
「朝ごはんだよ 水も置いとくね」
「ありが…とう ごめん…ね」
最近はこんな事しか言わない 私の心が締め付けられると同時に苛立ちも募る
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日…
母親の介抱と違法なバイト 精神と身体の腐敗 もう死にたい ソファに腰を落とし深い溜息を吐く
「どうして私だけ…」
母親はスとても綺麗な人だ すらりとした体に綺麗な二重 桃色の髪 きっと世間から見れば魅力的な母親だったはずだ
「どうして…」
あの頃の面影は今 形だけ残った 秒針の音が次第に遠のいていく
「そうだ いっそ二人で死ねば…いや…いやいや…」
再び秒針の進む音が耳に入る 時計を見る もうバイトの時間だ
「バイト…行かなきゃ…」
ボスの支持を受けた複数の幹部 通称「親」 その親から指示を受け違法薬物を運ぶ配達人 通称「子」 これが私たちの仕事だ
組織にとって子はいつでも切り捨てられる存在 トカゲの尻尾だ
小さなバーに入る 席に座るとマスターが聞いてくる
「お客様 ご注文は?」
答えない これが隠れアジトに入る第1段階 次に注文を聞かれた時決められた合言葉を口にする
「何を注文されますか?」
「ブラッドハウンドを一つ」
「……こちらへどうぞ」
こうして 地下にあるアジトへ案内される 部屋に入ると 親がいた 名前も知らない 年齢も知らない
私にとっては ただの“大人の男”くらいの認識だ
「宿木 仕事だ」
「はい」
早速仕事に取り掛かる 指定された場所は結び之公園 ベンチの下に物を置く それだけ
私は目立つ髪を結い黒いパーカーを深く被った
「あそこか」
首位を確認しベンチの下に物を置いて立ち去ろうとしたその時
「あの〜すみません これ忘れてますよ」
振り返る 警察だ… さっき置いた物を手に持ちこちらへ差し出している 不味い…心臓が高鳴る 落ち着け…落ち着け…落ち着け…落ち着け!
「すみません ボーッとしてたみたいで…ありがとうございます」
「その前に中身 見せてもらいますね!」
その言葉を聞いた瞬間 私は全速力で逃げた
「なっ…!不審な人物を発見!現在逃走中 至急応援を要請する!待ちなさい!!」
なんで!?なんで私だけこうなるんだよ!!逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!!
その時 上空が影で覆われる
「え?」
見上げるとさっきの警察官がいた 大きな翼を広げて
「やば…」
次の瞬間地面に体を叩きつけられる
「容疑者を拘束中!場所は結び之公園から〜〜〜〜〜」
この世界では人は皆 生まれながらにして能力を持っている
「固有能力」と呼ばれる主能力 稀に「副能力」も併せ持つ者がいる
そして ある条件を満たした者だけが「覚醒能力」を手にするらしい
覚醒能力を得た者には世名が与えられる
少し中二病っぽいが要するに“覚醒者”としての称号のようなものだ(特に意味はないらしい)
とはいえ「世名を持つ者」=「覚醒能力者」――それだけで猛者であることの証明になる
そしてそんな世界でごく稀に“固有能力を持たない者”が生まれる
それが――私だ
能力を持たずに生まれた者の約四割が自殺する 本当に嫌な話だ
理由は単純 周囲と違う 拒まる笑われる軽蔑される…etc 死にたくなるには十分だ
現実に戻ろう
本来ならこういう時は能力で抵抗するのが普通だ だけど私に能力はない 為す術もなく 手と足に枷を付けられる
応援に駆けつけた複数の警察官がさらに上から私を押さえつけてくる
その時 私が感じた世界をありのまま話したい
警察官の体臭 耳を劈く怒鳴り声 地面に擦れる肌 どさくさに紛れて触られる胸と尻 湿度のある湿った空気 痛い 苦しい 泣きたい 辛い
死にたい
「やめ…ろよ」
震える声で絞り出す
「さわん…なよ…」
涙が溢れる それに比例するように怒りが込み上げる
その瞬間 私の中で何かがブツンと切れた音がした
過去から今に至るまで 積もり積もった負債が 溢れるように声量に現れた
「やめろっつってんだろッ!!」
ドロリ――と黒い闇が私の体から溢れ出す
周囲は一瞬で闇に包まれた
闇の中から聞こえてきたのは断末魔━━━━━━━━━━━━━━━
無機質な機械音が響く しかしそれは異質な音
【ピピピ…ジジ…ブゥーン…ジジジジジ…】
【File.No.001 宿主の急激な感情の振れ幅を感知 測定開始 】
【file.No.002 対象抹殺 宿主の記憶は断片的に保持】
【file.No.003 複数個体の異常音声反応を観測•保存】
【記録シーケンス : 引き続き稼働】
解像度の悪い悪夢 夢と現実の境にいる感覚の中 私は目を覚ました
「私は……何を…」
叫んだ記憶はある
てその後の記憶は曖昧だ なぜか気分は清々しいほど晴れやかだった そして私はこの感覚に不快感を覚えた
辺りを見回す 意識がはっきりとしてきた 警察の死体が傍に転がっていた 虚ろな目でこちらを見ている
「うわぁ!!」
何…これ…
「私が…私がやったの…?」
違う…
「違う違う違う違う!!うわぁぁぁあ!!!」
その場から逃げ出した 途中気分が悪くて道端に嘔吐した そしてまた走り出した
「何もしてない…私は何もしていない」
自らに何度も暗示をかける だが現実は現実 手と服に付着した返り血が夕日に照らされやけに輝く
家へ駆け込みパーカーを脱いで洗濯機に突っ込む だが洗濯物が溜まり上手く入らない
「クソッ…クソが!!」
思わず洗濯機を蹴りつける その痛みで少し冷静さを取り戻す 無理やりパーカーを押し込み洗濯機を回す よろめきながら鏡の前に立った
ふと顔を上げる
鏡には殺した警察官の顔が映っていた
「…!!!!!」
声にならない声を上げ鏡を殴りつける 拳から出血する 息は上がり呼吸が上手くできない 胸が苦しく締め付けられる
「き…きょう…?」
背後には母親がいた 虚ろな目だ 辞めろ その目を辞めろ!!!
飛びかかるように彼女の首を締め付ける
「ごめん母さん ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい」
自暴自棄 私が下した決断は母親を殺して自分も死ぬこと
本当に…どうしようもなく私は救いようが無い ごめん 母さん
能力が無いことで虐められた私は学校を辞めた 小学2年の時だ そこから12年間外の世界から逃げるように引きこもった
母さんの感情は私が10歳を迎える頃に徐々に衰退した 最初はボーッとしていたり問いかけに答えなかったり
歳を重ねるにつれて笑う事も 叱ってくれることも無くなって 今はもう組み込まれたプログラムのように"ありがとう""ごめんね"しか言わない
食事だけは辛うじてしてくれる たまに部屋の中をウロウロするくらいだ だが洗濯や掃除 トイレに歯磨きにetc…何もかも私がやらなければならなかった
介護と違法なバイトは少しずつ私を蝕んだ
虐めのトラウマから私は就職を視野に入れ無かった やがて母の貯蓄は底を尽いた だから違法なバイトに手を出した
けど…もういいや そもそも能力が無い時点で私の人生は終わってたんだから
本当につまらない人生だった 「死んだ方がマシ」って言葉 私の為にあったんだ
母さんの首を両手で締める ゆっくりと持ち上げる
母さんは苦しそうな顔をしている でももう止めることは出来なかった この地獄を止める為に 力を緩めることは無かった
「ごめ…ん…ね きー…ちゃん」
最後に母親が残した言葉は 私の愛称だった 腕がだらりと落ちピクリとも動かなくなった 母親を殺した この手で 母親を殺した この手で
母親を私が殺した
「私もすぐに行くよ 母さん」
母親の死体をゆっくりとベッドに運んだ 綺麗な寝顔だ 夕日の差し込む光が母親を優しく照らす
無機質な空間 その中で私は過去の思いに浸りそして泣いた ひたすら泣いた 声が枯れるまで 涙が止まるまで
そして残ったのはこの世界と自分に対する憎しみと怒りだった
「殺してやる」
誰に対して 何に対して…?それすらも分からなくなった頃には私はただ叫んでいた 現実から逃げるように 受け入れないよう拒絶反応を起こすように ただ叫んだ
無機質な機械音が響く しかしそれは異常な音
【ピピピ…ジジ…ブゥーン…ジジジジジ…】
【File.No.004 宿主の急激な感情の振れ幅を感知 測定開始 】
【file.No.005 制御不能 記録シーケンス継続不可 異□発生□常□□□□□□】
その日 夕陽が射し込む美しい世界
アース王国中心部にて 暗い暗い一閃の闇が空を穿つ
その異様な気配は街中に広がり人々の目を奪った
ある人はその光景をこのように例えた
世界の終焉が訪れた と
やがて消えた闇は再び美しい夕日の世界を取り戻した
この世界には五つの国が存在する
五大国の中心に位置する最大の規模を誇る国 朝も夜も人の気配が途絶えることのない【アース王国】
北西に位置する音楽都市【ステラ王国】
かつて実力主義を掲げた【ライム王国】と統一され古傷を癒すべく造られた南西に位置する新国家【ガーランド王国】
北東に位置する食と農の豊かな【ルナ王国】
そして南東に位置する魅力的な観光地が多く存在する煌びやかな国【ドロシー王国】
各国にはそれぞれ王が存在し 五つの国が互いに均衡を保っている
目が覚めた 辺りを見回す どうやら 気を失っていたらしい 母さんは ベッドにいなかった
「…」
感情はなかった 今更 驚きもしなかった 自分が冷たい人間だってことを改めて認識しただけだった
外へ出る 誰も 先ほどの出来事を気にしている様子はない というより気づいていない……?
もういい どうだっていい 死にたい 死のう 死ななきゃ
リビングへ向かいしまってあったナイフを取り出した 両手で強く握りしめる そして躊躇なく 首元へ突き立てた
――はずだった
「……え?」
動かない 力は目一杯込めている それなのに刃先は首に触れる寸前で止まっていた
手首に妙な違和感を覚える 視線を落とした
「なに…これ…」
それを何に例えればいいのか分からなかった 黒い不気味な“何か”が手首から生え生き物のように蠢いている
禍々しくこの世に存在するありとあらゆる不純物を混ぜ合わせたようなそんな気味の悪い何か
見た瞬間直感した これは出してはいけない
「なんだ……これ!?」
慌てて掴み 引き抜こうとする だが取れない
それどころか黒い何かは少しずつ縮み私の身体の中へ戻っていった
「なんだよこれ…なんなんだよ!?私の身体に何が起こってるんだよ!!」
私の中にいる さっき見たあの得体の知れない何かが
今まで身体から出たことなんてない 見たこともない 感じたことすらなかった
「私が……死のうとしたから……出てきたのか?」
床に落ちたナイフを拾う もう一度 今度は心臓へ向けて 突き刺す
確かに刺さった感触はあった でも痛くない
「……?」
胸元を見る 先ほどと同じ得体の知れない黒い何かが胸元で蠢いている 刃はそれによって止められていた
「死ぬことも…許されないの…?あはは…」
笑いが漏れた 笑うしかなかった
絶望した この地獄から解放されるために母さんを自分の手で殺した そして私も死のうと思った
それなのに私は死ぬことすらできない
「…………」
これからどうすればいい?生きたい理由なんてない 帰る場所もない
やりたいことも――
「……あ」
いやひとつだけあった ずっと昔からやってみたかったこと 旅だ
引きこもりが故 外の世界を知らなかった 想像や本でしか見なかった
「……旅しよう」
放浪しよう 荷物をまとめ身支度を整える どこまでも どこまでも ずっと旅をしよう そしていつか死のう
意味なんか見つけたくない 考えたくもない もうどうでもいい 何もかも全部 どうでもいい
――ということで
翌朝 母さんがいつもいた机の上に私のお守りを置いた
「…行ってきます」
まずは音楽都市【ステラ】へ行こうと思う 音楽は好きだ もしかしたら疲れきったこの心を癒やしてくれるかもしれない
全財産と 家に余っていた飲食物をリュックに詰め家を出た
私が乗ったのは 各国の主要地域に一度だけ停車する特急列車 一日で五カ国を巡り その長さはなんと五十両編成
五カ国が手を取り合い始めたことをきっかけに造られた 五カ国共用の列車だ
まさに人類が造り上げた偉大な移動手段の一つだと思う
その列車に揺られること 三時間
国境を越え ステラ王国中心部の街へ辿り着いた
「ここが……ステラ王国」
列車を降りてすぐに分かった 流石は音楽都市
街中が音で溢れかえっている けどそれは決して騒音じゃない 心地良い
まるで晴れ舞台を彩るような軽やかなメロディーだ
当然だが 音楽だけで成り立っている国ではない
ここステラ王国には 音楽を中心に様々なものが存在する
楽器を模した家に音符の形をしたコップ 音の神を祀る神社 街角では駆け出しの若きミュージシャンたちが路上ライブを開いている
街の至る所に音楽が溶け込んでいて 歩いているだけでも飽きることがない
そんな独特な街並みに惹かれ年々観光客も増え続けている ステラ王国は今日も多くの人と音で賑わう活気に満ちた国だ
「……いい場所だ」
鳥のさえずりさえ 誰かの歩く足音さえ 何から何まで この街では一つの音楽になっているような気がした
「えーっと 地図地図……どこにしまったっけ……あった」
リュックを漁り地図を取り出す 広げてステラ王国の全体を確認してみた
「北にはフウラ村 南にはラテン村……それで 中心地がステラか」
ステラ王国の北には【フウラ村】 南には【ラテン村】
二つの村はアース王国との国境に沿ってステラを囲うように位置している そしてその中央に音楽都市【ステラ】が存在する
「なるほどね……」
地図を片手に街を歩き回った そして感動した
ジャズやクラシックはもちろん ロックにメタル 他にも名前すら知らない音楽が至る所から聞こえてくる
同じ“音楽”なのにこんなにも違う 静かなものもあれば 激しいものもある 楽しげなものもあれば どこか寂しげなものもある
音楽ってこんなにも幅広くて 素晴らしいものだったのか
「…………」
少しだけ心が癒えている気がした
(ここで野宿は無理か…)
宿に泊まれるほど 金に余裕があるわけでもない
だから私は 南にあるラテン村の端まで行くことにした
ラテン村を選んだ理由 強いて言うなら一通り散策を終えて地図を確認した時 北より南の方が近かったから
日が落ち始める頃 私はステラを後にした まだ全部を回りきったわけじゃない それでも充分に楽しめた
「……また来よう」
自分でも少し驚いた“また”なんて言葉が自然と口から出たから 死ぬために始めた旅なのに
次のことを考えている
「……まあいいか いかにも私らしい」
自分自身に皮肉るような口調で呟いた
それから二時間ほど歩いた 凹凸の激しい山を超え 川を渡り 途中立ち入り禁止の看板をチラッと見たが確認すること無く通り過ぎた
何とかラテン村の端 アース王国との国境に近い東側へ辿り着いた(散策しているとステラから東南側に来ていたから)
人の気配はほとんどない 辺りは草木に覆われ聞こえてくるのは風に揺れる葉の音くらいだった
「ここでいいや…」
リュックを下ろし寝袋を取り出す 思っていた以上に疲れていたのかすぐに眠りに着いた
翌朝 目覚めると気分はかなり良かった 家にいた頃は眠っても心の疲れが取れなかった
だが今回は違う 疲れていたのは身体の方だった だからか久しぶりにぐっすり眠れた気がする
体を起こし寝袋をしまう 地図を頼りにラテン村の中心部に向け歩を進める
見渡す限りの大草原 空を見上げてぼんやりと考える
ふと心細くなった そんな自分に呆れる いつも衝動的なくせに 変なところで用心深くて
結局 自分のことなんか何もわかってない 本は当に自分が嫌いだ
(本当に…)
のんびりと空を見つめてたその時 草むらから「カサッ」と音がする
「なに?」
音は一つじゃあない 囲むように複数の音が聞こえる しかもどんどん近づいている!
「なになになになに!?やばいやばい!」
見えない何か 音だけ近付くこの感覚が酷く私に焦燥を与えた
息が詰まる 草の隙間から一瞬だけ見えた白黒の縞模様 豹のようにしなやかな体
図鑑で見たことがある……これは――
「狩りだ……あの模様 シマガラトラ!」
シマガラトラ 獰毛種どうもうしゅ
豹に似た身体と特徴的な縞模様 群れで獲物を狩り 肉も骨も食い尽くす害獣
主に家畜を襲うが 空腹時は手当たり次第に襲う獰猛性
私は全速力で走り出した
「あああぁぁっ!こっち来るなぁ!!」
必死に逃げる 何時ぶりか 全速力で走ったのは
横隔膜がせり上がり左脇腹が締め付けられる
「ハァッ…ハァ……ッッハァッ」
息が続かない 弱っている獲物ウサギを狩人ハンターは逃さない
「出ろ!出ろよ!」
あの時から私の体に住まう不純物が呼応しない どうして!?何故!?
(私が死ぬ寸前まで出てこないのか!?)
シマガラトラの群れがじわじわと距離を詰めてくる 逃げ道を潰すように囲いながら
横から一匹が襲いかかってきた なんとか体を捻り避ける しかしそのまま足を取られ転んでしまう
「うっ……くそっ ふざけんな……!」
体が限界を迎える 這いずりながら逃げようとするが体は言う事を聞かない
それでも必死に逃げた 逃げた 必死に
その時 目の前の草が揺れる 1匹のシマガラトラがヌッと正面から現れた 喉に絡むような唸り声を上げて
心臓がキュッと音を立てた気がした
(ああ……終わったな 案外呆気ないもんだ)
死にたいと思ってたはずなのに それなのに…最後の最後 押し殺し塞いでいた気持ちがこぼれた
「うぅぅ……死にたくない 死にたくない!!誰か助けてぇーーー!!恋も!キスも!手も繋いでない!エッチもしてないぃ!美味しいものも食べてないぃぃ!!@&#∀Д!!」
我ながら意味不明すぎて何言ってるか自分でもわからなかった
その時 空気が変わった
一発の銃声 弾丸が目の前にいたシマガラトラの眉間を撃ち抜く
「へ……?」
続いて二発 三発……合計十五発
すべてが正確に シマガラトラの眉間を貫いていく
呆然とする私の前に 一人の男が現れた
「おい……お前 こんなとこで何してる?」
これがホトユリ・イドラとの出会いだった
(なっ…怖イケメンだ…!!)
普段から人の顔色を伺ってたせいか 私は観察力だけはあった
まじまじと見つめ 分析していると――
「おい 聞いてるのか」
「あ…えっと…助けてくれてありがとう 私の名前は―――」
男は次の瞬間 私の背後に回り銃を頭に突きつける 背筋がゾワゾワした
「どこから入ってきた?」
「えっと…凸凹した山の方から…」
男は少し黙り銃を下ろす
「ただの馬鹿だったか」
少しイラッときた 一旦落ち着こう
「えっと…何かまずかったかな?」
「正式な正門がある 辺りの草原は立ち入り禁止だ よくそんな場所から来たなお前」
(あれか…!)
立ち入り禁止の看板!ちゃんと見ろよ私!
「ラテン村には正式な入村門がある そこで入村料も払う決まりだ つまりお前は不法侵入って事だ 分かるな?」
「えぇ…まじか…ちなみに処罰の対象になるんだよね」
「守衛所に来てもらう そこで入村料を払えば問題無い」
「なんだそんな事なら…そんな事…なら…」
冷や汗が止まらなかった どうやらさっき逃げている時ポッケに入れていた財布を落としたようだ
反対側のポッケ リュックの中 少し地面を探して再度ポッケを探す
「さっき…財布落としたみたい」
「なら大人しく処罰を受けろ 着いてこい 抵抗はするな お互いのためにな」
「ちょちょ…待ってお願い 少し辺りを探させて!見つかるかも」
「ふざけたことを言うな!そうやって逃げるつもりだろ」
そう言って怖イケメンは後ろの古いリュックからロープを取り出した 私を縛ろうと近付いてくる
「なんでいいじゃん!一緒に来てくれてもいいよ 少しだけだから!」
「いや ダメだ 大人しく縄につけ 命令だ」
「私がさっきのに狙われても無視でいいから!」
男は呆れた と言わんばかりに溜息を着く
「本当に馬鹿だな 自ら罰を重くするとはな」
私はキレた 下手に出てりゃ調子に乗りやがって
「いいだろ少しぐらい!!このクソ野郎が!お前なんか※自主規制※そのあと※自主規制※されちまえばいい!この※自主規制※野郎が!まじで…」
「うるさい!!」
銃の柄で殴られ 私はそのまま気絶した
「品の無い……騒がしい女だ」
ホトユリ・イドラ
主能力 武器人間
体を本人の把握する武器に変形する 変形した武器のステータスに応じて闘気を消費する
副能力 地雷虫
地面に這う型と空中型 どちらも複数出現可能 衝撃や自身のタイミングで小さな爆発を起こす
気絶してから数時間は経っただろうか目を覚ますと後頭部がズキズキと痛んだ
(漫画とかで 後ろから殴られて気絶とかあるけど……あれマジなんだ)
↑危険だから真似しないようにね↑
「イテテ……ここは?」
身体を起こし 辺りを見回す 窓が一つ その向こうでは草が風に靡いている
部屋は古びた木造で 私が横になっているベッドは今にも壊れそうなほどボロ
ふと自分の身体を見る
「……って 裸じゃん!?」
もう一度見る
「私 裸じゃん!?!?」
もしかして――見られた!?私の私!?ていうか包帯巻かれてるし!?
ってことは……ってことは――!?!?
一人でよからぬ妄想を膨らませていた
その時 扉が開きあの男が部屋へ入ってきた
「起き――」
「変態! えっち!!」
次の瞬間 男の腕が変形した その腕は銃へと姿を変え赤いレーザーが私の眉間を正確に捉える
「すみませんでした!! ご手当て 誠にありがとうございました!!」
即土下座 命あっての物種だ プライドもクソもない 漏れそうにはなったが
「痛ッ!!」
勢いよく頭を下げたせいで近くの物置に思いっきり頭をぶつけた その衝撃で置いてあった水が倒れる
水は見事にベッドへ零れた 男は深いため息を一つ吐いた
そして何事もなかったかのように自己紹介を始める
「俺は ホトユリ・イドラ」
銃になっていた腕はいつの間にか元へ戻っている
「ここ ラテン村の出身だ」
「お前は?」
「わ…私は…宿木 桔梗アース王国の中心部出身で……えっと……訳あって旅をしてるの」
分かりやすい あからさまに私のことを窺っている まぁ…怪しいよな 自分でもそう思う
(どうしたものか……)
話題を変えようとした その時 玄関の方から声が聞こえた
「お兄? 誰かいるのー?」
この部屋の扉は古びた木造の引き戸だ ただでさえボロボロで今にも壊れそうなのに声の主は問答無用で思いっきりぶち開けた
「兄!ただい…m……」
「帰ってきたのか ヴィタ 扉がまた壊れる いい加減学べ」
(だからボロボロなんかい!)
心の中で思いっきりツッコんだ 少女の名は ヴィタ まず目に飛び込んできたのは――
そのπ 美しい と思った というか
(露出しすぎでは……?)
そんな私の視線など気にも留めずヴィタは入口で固まっていた
何故だ?何故黙る?
私を見る イドラを見る 濡れたベッドを見る もう一度 私を見る
「…………あ」
ほぼ素っ裸でベッドに横たわっている私 その横にイドラ そして水で濡れたベッド
案の定
「キャーーーー!!」
ヴィタが顔を覆った
「お兄!! 私 何も見てないよ!! 見てなーい!!」
勢いそのままに引き戸を閉め壊した イドラは明らかに“面倒臭いのが増えた”という顔をしていた
「…………はぁ」
壊れた引き戸を後目に イドラはヴィタを追っていった
少し時間が経った━━━━━━━━━━━━
戻ってきたイドラの手には首根っこを掴まれ猫のように連行されてきたヴィタだった
「こいつはヴィタ 俺の妹だ」
「どうも!」
解放されたヴィタが何事もなかったかのように笑う
「さっきはごめんごめん! 勘違いしちった!」
「えっと……どうも 宿木 桔梗です よろしく」
「もー! そんな堅苦しくしないで!」
ヴィタは私のそばまで寄ってくる
「てか どんな経緯でうちに来たわけ?」
「あー……えっと……」
私はアース王国を出てからステラへ向かった経緯を話した ステラの街を歩いたこと ラテン村へ向かったこと 立入禁止区域だと知らずに草原へ入ったこと シマガラトラに襲われたこと
そしてイドラに助けられたこと
イドラは黙って最後まで話を聞いていた 対してヴィタは話の内容に合わせてコロコロと表情を変えた
(……本当に兄妹か?)
性格が違いすぎる 陰と陽 白と黒 みたいだ
「へぇ〜! それで兄に助けてもらったと!」
「うん……」
「本当に助かった ありがとう」
「それとこれとは別だ」
「兄……プッ…(笑)照れちゃってぇ〜!」
拳骨がヴィタの頭を穿った
「〜〜〜〜〜ッ!!」
ヴィタはその場にしゃがみ込み 頭を両手で押さえる 声にならない声を上げながら悶絶していた
(……やっぱり兄妹だ)
「てかウケる 周りは危険な獣ばっかりだから 普通 外から入ってくる人なんていないよ?」
「そうなんだ」
「にしても 色々あったんだね〜」
ようやく頭の痛みが引いたのか ヴィタは立ち上がり真っ直ぐ私を見つめた
その瞳は琥珀色 整った顔立ちに兄とよく似たツリ目 兄妹揃ってこの容姿 正直嫉妬した
「私はこれから 不法侵入で裁かれるの?」
「そうだな 俺達が長に報告すれば……な」
すれば……って それってつまり報告するかしないか お前の今後は俺達が握ってるぞ
……という意味にも聞こえる
だがそんな空気をぶち壊したのはヴィタだった
「報告はしない!だって私まで赴かなきゃいけないし めんどーだもん」
「おい それはお前が決めることじゃ――」
「その代わり!」
ヴィタがウィンクし私を指差す
「少しお手伝いしてもらう!それでいいね 桔梗!」
「う うん」
とりあえず頷いた イドラは隣で呆れた顔をしている
お転婆 わがまま 身勝手 ヴィタに対する第一印象はそんな感じだ だけど持ち前の明るさと積極性
それに悪い言い方をすればこの馴れ馴れしさ ヴィタには自然と人を惹きつける魅力がある
「そうと決まれば!」
ヴィタが勢いよく立ち上がる
「ラテンに染まってもらいます!」
「ラテンに染まる?」
「兄 外で待ってて」
「ちょ…どこに…」
「いいからいいから!」
そのまま更衣室へ連れていかれた ヴィタが用意してくれたのはラテン村で着られている衣装
着替えている間 彼女はこの村の習わしについて教えてくれた
ここはラテン村 この村では 生まれて間もない頃 習わしとして身体に紋章を刻む
紋章を刻むのは【ペイント】と呼ばれる専門家だ
「紋章は何でもいいの ただできるだけ見える位置に彫るのがルールって感じかな」
「へぇ〜 それはどうして?」
「ラテン出身だってすぐ判断できるように」
「なるほど」
「それと……」
ヴィタが一瞬 言葉を止めた
「……まぁ いいや!」
「え? 気になるなぁ」
この村では蛍海をすり潰し濾した液体を使って紋章を彫るらしい
そこへ染色液を混ぜることで様々な色を付けられる 蛍海によって刻まれた紋章は水を弾き熱にも強い
擦った程度では紋章が崩れることもない
「これが紋章です!」
ヴィタは服を少し持ち上げ 右脇腹を見せてくれた そこに刻まれていたのはラナンキュラスの紋章
そういえばイドラの首元にはヒイラギの紋章があった
「ヴィタ先生 勉強になります」
「えへへ〜」
ヴィタは少し照れくさそうに笑った 可愛いな
「ラテンの衣装! 私の貸したげる」
「ありがとう」
肌に優しい素材で編まれた衣装 着心地は充分いい ただ不満が一点
少し大きい 特に胸元 ヴィタにはπがあるからそこだけが不服だ 不平だ 許せない
「よし! それじゃ行こ 桔梗!」
「うん」
外で待っていたイドラと合流する ヴィタの後ろを歩きながらふと思った
初めて友達ができた そう思った 嬉しかった
「おお〜! ここがラテン村! 賑やかだねぇ」
「まぁ 隣がステラってのもあるけどね」
音楽の国のお膝元ということもありラテン村でも音楽は盛んだ ただ 音楽だけで生活しているわけではない
食べ物を売る人 物を作る人 家畜を育てる人 それぞれがそれぞれの生業を持ち生活している
「でも今日 何かあったみたい」
ヴィタが遠くを見る 数人のラテンの兵士達が慌ただしくステラの方角へ走っていくのが見えた
この時は特に気にも留めなかった だって歩くたびに美味しそうな匂いがあちこちから鼻をくすぐってくるから
「見て桔梗! これ ジューク!」
「ジューク?」
「サクサクしてて 少し塩っけのあるお菓子 食べてみて」
「いただきます」
美味しい
「ポテチみたいだ……どうしたのヴィタ?」
「ぷくく……」
ヴィタが口元を押さえて笑っている
「それ実は 羽衣飛蝗だよ」
「へぇ〜 揚げたらこんな美味しいんだね〜 知らなかった」
今度はヴィタが固まった どうやらもっと面白い反応を期待していたらしい 普通他所から来た人間なら違う土地の食文化に多少なりとも抵抗を覚えるものだ
「桔梗 変わってるね〜」
「そうかな〜?」
残っていたジュークを口に放り込む
「あ 奢ってくれてありがとう」
「どういたしまして!」
「おい 早く行くぞ」
イドラに急かされ私達は再び歩き出した ちょうど羽衣飛蝗を完食した頃
「着いたよ」
ヴィタが指差した先 そこには奥深くまで続く暗い洞窟があった
「明かりはあるの?」
「蛍海を使うよ」
ヴィタが空のランタンへ蛍海を入れるするとぼんやりと光が広がった
ランタンの中で光が反射し暗闇を照らしていく
「おぉ……」
その明かりを頼りに洞窟の奥へ進む
「ここは【礎の洞】 この奥でメタモル鉱石が採れるの」
「メタモル鉱石?」
今持っているランタン 机や椅子 装飾品 その他にも様々な用途で使われる鉱石らしい
ヴィタはこの鉱石を加工して装飾品を作りそれを売って生計を立てている
「動物の糞とか死骸とか 色んなものが雨で溶けて この洞窟の奥まで流れてくるの」
「そして?」
「長い時間をかけて雫として溜まって 結晶になる」
「へぇ……それがメタモル鉱石になるんだ」
「そういうこと!」
採掘にはイドラの能力を使うらしい そんな話をしながら歩いていると突然イドラが足を止めた
「おい……魔物だ」
私達も足を止める 暗闇の奥 何かが蠢いていた
魔獣 人を襲い家畜を殺す そういった人々に害をなす生物をこの世界ではそう呼ぶ
洞窟に棲みつく魔獣 毛蝙蝠 分類――咬飛種こうひしゅ
暗闇に特化した眼を持ち全身を覆う分厚い毛は攻撃を通しにくい そして鋭い牙で獲物に噛みつく
「何あれ……気持ち悪い」
「あれ 丸焼きにしたら美味しいんだよね〜」
「ほんとぉ〜!」
「おい!」
イドラが声を上げる
「油断するな 来るぞ!」
毛蝙蝠が鋭い牙を剥き出しにする 耳障りな鳴き声と共に一斉に襲いかかってきた
イドラの右腕が刀へ 左腕が盾へ変形する 一羽二羽 三羽 噛みつきを盾で防ぎそのまま刀で斬り伏せる 動きに無駄がない
一方のヴィタは――
「よっと!」
背中から翼を生やした さらに右腕を刀へ変える 毛蝙蝠にも劣らない速度で飛び回り次々と斬り落としていく
私?私は見物人 当然だ
(にしても……ヴィタって どんな能力なんだろう)
「お前も手伝え」
イドラが魔獣を斬りながらこちらを見る
「長に言いつけるぞ」
「いや〜……それが……」
苦笑いをして誤魔化す 能力が無いから戦うことは出来ない
「一旦 後で話していい?」
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毛蝙蝠を手早く始末した後 待ち受けていたのは容姿抜群兄妹による見下し尋問タイムだった 私は正座で俯く
「お前の能力はなんだ」
イドラに見下されると萎縮する 本人に自覚があるのかないのか知らないけど顔が怖い 睨まれたらパない
「ダチに隠し事は無し!」
反対側からヴィタが覗き込んでくる
「さぁ〜 教えてもらうかぁ〜」
ヴィタに見下されると見蕩れる 並ぶ二つの丘
美女に見下され罵倒されたいという方にはおすすめ 罵倒はしないけど
「実は私……」
私は自分の過去を話した
「えーーーーーーー!!!」
洞窟にヴィタの声が響き渡った 対してイドラは無言 能力を持たない人間にどう反応すればいいのか迷っているようにも見えた
「ごめん 隠してて」
「いやいや! いいよいいよ! びっくりした〜!」
イドラだけは私をじっと見ている
「お前 本当に能力がないのか?」
「残念ながら本当だよ」
少しムッとする
「何をそんなに疑ってるの」
「お前から 異質な気を感じた」
「…………え?」
「初めに出会った時からだ」
イドラの目つきが変わる
「お前を 俺はまだ信用していない」
私は目を見開いた でも彼が感じた違和感の正体には心当たりがある
母さんを殺したあの日 私の身体から現れたあの不気味な何か
禍々しくこの世のありとあらゆる不純物を混ぜ合わせたようなもの
「ヴィタ」
イドラの声で意識が現実へ戻る
「俺は 家族を護ることを最優先にしている」
彼の腕がゆっくりとライフルへ変形する 銃口が私へ向けられた
「ちょっ 兄! 少し話を――」
「ヴィタ!」
洞窟にイドラの声が響く
「もう家族は……お前だけなんだ」
その一言で彼がここまで過剰に反応する理由が少しだけ分かった気がした
あの家に両親はいなかった 恐らくもう――
彼の直感が 嗅覚が 私の中にある“何か”を危険だと判断している
「……殺すの?」
「あるんだな お前の中に 能力ではない 別の何かが」
ヴィタが不安そうにこちらを見つめている
「出せ」
「……え?」
「お前のその 能力ではない何かを」
「…………」
「出せ」
「でも これは……」
出してはいけない 初めて見た時本能でそう感じた だから――
「そうやって」
イドラが言った 私の核心を突くように
「お前はずっと 逃げ続けるのか」
ヒイラギの花言葉 用心深さ 保護 そして――先見の明
「うるさい……」
イドラはとっくに見透かしていた 私の過去を聞いた時から 私がどんな人間なのかを
「お前に……」
ずっと逃げてきた 小さい頃から 人から 現実から そして私自身から だから宛てもなく旅に出た
意味なんて見出したくない そう思っていた けど違う 意味を見出せなかったんじゃない
私が逃げたんだ 現実に向き合えば自分が壊れてしまうと思ったから そして今 そんなことすら逃げた事実に対する見苦しい言い訳だということも
分かっている
「お前に何が分かる!!」
全部分かっていた 分かっていた上でそれでも私は逃げた 母を殺してまで…
「お前に……何がっ……!」
暴れたい 今までの苦しみとか悲しみとか怒りとか嫉妬とか…全部…全部忘れるために
ただ――暴れたい!!
積もり積もった感情がそれへ力を与える その名は――“闇”
「お前に俺の何が分かるんだ?」
声が変わった まるで別人になったみたいに 明るかった瞳が深く黒く濁っていく
(口調が変わった……)
イドラが目を細める
(それに なんだ……あの黒紫の 禍々しいものは……)
桔梗の両腕から闇が溢れ出す 不規則に そして流動的に まるで意思を持つかのように蠢くそれは見ているだけで本能的な不快感を覚える
「さっきから……」
闇が桔梗の腕を這う 宿主に寄生するように いや既に寄生しているかのように
「偉そうに……」
「桔梗……?」
ヴィタの顔から笑顔が消える
「どうしたの!? ねぇ 兄!!」
「離れてろ ヴィタ 俺が止める」
桔梗がゆっくりと腕を上げた
「――闇剣 et 炎」
溢れ出した闇が剣の形を成す さらにその刀身を黒い炎が包み込んだ
「お前を殺せば…俺は心の底から 笑えるかな?」
「どうだろうな」
両者一歩前に出る
「それは お前次第だ」
イドラは見逃さなかった 桔梗の頬を伝った一粒の涙を 制御が効かない 決壊したダムが流れを止められないように
今まで押し殺してきた全てが溢れ出していた そうして二人の闘いが始まった
そして――その異様な気配を感じ取り二人の男女が礎の洞へ近づいていた
男の名はフルファイル 女の名は栞 那由多
こうして私のつまらない物語はようやく一ページ目を綴り始めた
ホトユリ・イドラ(18)
好きな物 脂身の少ない肉
嫌いな物 甘すぎるもの
特技 50m5秒




