表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

番外編 遠距離直前

――離れる前に、言っておきたいこと


 春の終わりは、少しだけ切なかった。


 校門前の桜はすでに葉桜になり、風が吹くたびに若い緑が揺れている。


 進学。


 その二文字が、二人の間に静かに影を落としていた。


 陽斗は、東京の大学へ。

 透花は、地元に残る。


 決まったとき、どちらもすぐには言葉を出せなかった。


 嬉しさと寂しさが、同じ場所に存在していたから。


 ◇


 放課後の図書室。


 いつも座っていた窓際の席。


 今日は、本を開いていても、文字が頭に入ってこなかった。


「……もうすぐ、ですね」


 透花がぽつりと言った。


「はい」


 陽斗は頷く。


「あと、二週間」


 カレンダーの数字が、急に重く感じられた。


「遠い、ですか?」


 透花の問いに、陽斗は少し考えてから答える。


「距離は……遠いです」


「心は?」


 その問いに、即答できなかった。


 だからこそ、正直に言った。


「……不安です」


 透花は、少し驚いたように目を瞬かせる。


「僕、強くなったつもりでしたけど……」


 言葉を探しながら続ける。


「離れるって思った瞬間、急に弱くなりました」


 透花は、静かに微笑んだ。


「それ、私もです」


 ◇


 帰り道。


 夕焼けが街を包む。


 並んで歩く距離が、いつもより近い。


「周りからは、“大丈夫だよ”って言われます」


 透花が言う。


「今は連絡も取れるし、会えないわけじゃないって」


「……はい」


「でも、問題はそこじゃないんですよね」


 陽斗は頷いた。


 会えるかどうかじゃない。

 同じ時間を生きられるかどうか。


「私ね」


 透花が足を止める。


「もし、気持ちが離れたらどうしようって、考えちゃうんです」


 風が、二人の間を通り抜ける。


「離れてる間に、変わってしまったら……」


 陽斗は、拳をぎゅっと握った。


「変わると思います」


 透花が驚いたように彼を見る。


「でも……変わっても、終わりじゃないって思いたいです」


 陽斗は、まっすぐ彼女を見た。


「変わった自分同士で、また選び直せばいい」


 その言葉に、透花の目が潤む。


「……そんなふうに考えられるようになったんですね」


「透花さんと一緒にいたからです」


 ◇


 別れの前日。


 二人は、川沿いのベンチに並んで座っていた。


 夜風が少し冷たい。


 街の灯りが、水面に揺れている。


「明日、ですね」


「はい」


 それ以上の言葉が続かない。


 沈黙が、やけに重い。


「……泣かないって決めてたんです」


 透花が小さく言う。


「でも、たぶん無理です」


 陽斗は、少し笑った。


「僕も……同じです」


 透花は、彼の袖をぎゅっと掴んだ。


「離れるの、怖いです」


「僕もです」


「でも……別れたいわけじゃない」


 その言葉に、陽斗ははっきり頷いた。


「絶対に、違います」


 ◇


 夜空を見上げる。


 星が、いくつか瞬いている。


「同じ空ですね」


 透花が言った。


「はい。東京でも……きっと同じです」


「見上げたら、思い出してください」


「毎日、思い出します」


 陽斗は、そっと彼女の手を握った。


「約束しましょう」


「何を?」


「離れても……一人で決めないこと」


 透花は、少し考えてから頷いた。


「はい。一緒に悩みましょう」


 それが、二人なりの“遠距離の約束”だった。


 ◇


 翌朝。


 駅のホーム。


 発車時刻が近づいている。


「……行ってきます」


 陽斗が言う。


「……行ってらっしゃい」


 透花の声は、少し震えていた。


 抱きしめたい衝動を、ぎりぎりで抑える。


 代わりに、そっと額を寄せた。


「離れてても……好きです」


 透花の瞳から、涙がこぼれる。


「……私も」


 電車のドアが閉まる。


 ゆっくりと、動き出す。


 窓越しに、手を振る。


 姿が小さくなっていく。


 それでも。


 空は、同じだった。


 あの日と同じように、広くて、優しかった。


 離れても、終わらない。


 これは、別れじゃない。


 “続いていくための距離”。


 そう信じて、二人はそれぞれの空の下を歩き出した。



遠距離直前編 完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ