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第21話 フリルの過去

「フリルさんのことですか?」


優里の問いに、ホルヘは一度だけ周囲を見回した。


酒場の喧騒は相変わらず続いている。

だが念のため、といった様子だった。


「ああ。前に、あいつ自身が俺たちに話してくれたことだ」


ホルヘは声を少し落とす。


「ただし――」


優里をまっすぐ見据えた。


「今から話すことは、フリルには内緒だぞ」


「うん」


隣でアングリーも小さく頷く。


優里は静かに首を縦に振った。


「分かりました」


それを確認して、ホルヘはゆっくりと語り始めた。


「フリルは、南にあるフォレスト共和国――獣人族の国で生まれ育った」


遠い記憶を思い出すように言葉を選ぶ。


「深い森の奥にな、小さな村があった」


「そこには“守り人”って呼ばれる連中がいてな。村を守る戦士みたいな存在だ」


優里は黙って耳を傾けている。


「フリルの両親も、その守り人だった」


ホルヘの声が、ほんの少し柔らかくなった。


「強くて、誇り高くて……」


「フリルは、いつか自分もそうなりたいって思ってたらしい」


一瞬、言葉が途切れる。


そして、低く続けた。


「だが――盗賊団に目を付けられた」


酒場のざわめきの中で、その言葉だけが重く沈んだ。


「村は襲われた」


「大人たちはほとんど殺された……フリルの両親も、その時に」


ホルヘの拳が机の上でぎゅっと握られる。


「生き残った子供や大人は攫われた」


吐き捨てるように言った。


「亜人は高く売れるからな」


優里の胸に、わずかな痛みが走る。


「フリルも首輪を付けられて、奴隷商に並べられた」


優里の視線は自然と下へ落ちた。


「その後、フリルはナッシュ伯爵に買われた」


「闘技場の闘士としてな」


「……自由を得るために、ですか?」


優里の静かな問い。


「ああ」


ホルヘは頷く。


「勝てば報酬が出る。命を賭けて金を稼ぐ場所だ」


優里は少し考え、言いかけた。


「今の彼女なら、もう……」


言葉は途中で止まった。


だが、ホルヘはすぐに理解した。


「……実はな」


少しだけ沈黙してから言う。


「フリルはもう、自分の自由を買えるだけの金を稼いでる」


優里は目を見開いた。


「それなら、なぜ――」


「もう一人、いるんだ」


ホルヘは迷いなく答えた。


「サヤっていう、ダークエルフ族の子供だ」


アングリーが静かに拳を握る。


「同じ奴隷商に並べられて、フリルと年も近くてな」


ホルヘは続けた。


「姉妹みたいに仲が良かったらしい」


酒場の喧騒が、どこか遠く感じられる。


「だが、フリルが闘士として買われた後――」


「サヤは別の場所に回された」


ホルヘの声が少し低くなる。


「この街の《黒豚亭》って酒場だ」


その名前を聞いた瞬間――


優里の胸が、ぎゅっと締め付けられた。


荒れた部屋。


嘲る声。


逃げ場のない空間。


忘れようとしていた記憶が、脳裏に蘇る。


気が付けば、手に強く力が入っていた。


「……おい、大丈夫か?」


ホルヘが声をかける。


「え……あ、はい」


優里は小さく息を吐いた。


「少し、考え事をしていただけです」


「そうか」


ホルヘはそれ以上追及しなかった。


代わりに、ぽつりと呟く。


「理不尽ってのは、特に亜人に重くのしかかる」


「……フリルも、サヤもな」


しばらく沈黙が流れた。


やがてホルヘは椅子から立ち上がる。


「悪かったな。重い話をして」


硬貨を机の上に置いた。


「俺たちは先に戻る」


アングリーも静かに立ち上がる。


二人が酒場の出口へ向かう。


「あの……!」


優里が思わず呼び止めた。


ホルヘが振り返る。


「なぜ、この話を僕に?」


ホルヘは少しだけ考え――答えた。


「……目だ」


「目?」


優里は首を傾げる。


「嘘をつかねぇ目だ」


ホルヘは小さく笑った。


「見て見ぬふりをしない」


「そういう奴の目をしてる」


一拍置く。


「お前なら、きっと乗り越える」


肩を軽く叩いた。


「いい冒険者になれる」


そして背を向ける。


「……そう思っただけだ」


二人は酒場を後にした。


夜の街を歩きながら、ホルヘがぽつりと呟く。


「ノア、か……」


空を見上げる。


「……あいつなら」


小さく息を吐いた。


「フリルたちを救える気がする」


「うん」


アングリーの短い返事。


二人はそのまま、夜の闇の中へ消えていった。

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