温室
ルカ様は、先程の緊張した姿はどこへ行ったのやら、初めて会った時落ち着いた雰囲気に戻りました。
エスコートされる手から温もりを感じ、私の歩幅に合わせて歩く横顔が、あまりにも美しく_
「あ、ここです。ルカ様。」
ガラス張りの温室は外の冬景色を眺めることもできます。初めてここへ来た時は、お母様とセヌアお兄様で来ました。色とりどりの花に思わず目を輝かせた私を抱っこしながら、お母様は丁寧にお花の説明をしてくださりました。
お花の妖精みたい、と褒めてくださったセヌアお兄様はそれから定期的に私にお花をくださいます。この温室でも、彼らからの愛情の思い出が沢山詰まっていて、幸せで暖かくて…ほんの少し、苦しくなります。
「素敵ですね……」
色とりどりの花景色、そしてその背景となる銀色の世界。冬の温室にくると、まるで世界から切り離されたような感覚になります。
「ルカ様は好きなお花ございますか?」
「好きな花…そうですね。母は茉莉花が好きで、その茶葉を使ったお茶も好んでいます。思い出があり、惹かれるのはそれですね。」
「茉莉花…素敵ですね。茉莉花を用いたお茶はまだ飲んだことがなくて」
「それでしたら、ぜひ一度公爵家にきていただけたら。母の入れるお茶は貴族界の中でも少し有名です。」
「それは素敵なおさそいですね…!ぜひお邪魔したいです。」
この頃は授業が増えてきましたが、きっと時間を合わせて公爵家へ訪問したいと考えていたら、ふとルカ様の手が伸びてきました。
反応が遅れ思わず固まると、私の耳の上に優しく手を添えました。
「失礼します。花びらがついていたのでつい…」
「ぇ、あ、ありがとうございます…っ」
鼓動が早くなっていくのを隠したくて、私はルカ様の手をぎゅっと握りました。
「こ、こちらにはお母様が特にお気に入りな花がございますので、ご案内します!」
「え、あ、」
有無言わせることなく、私より大きな手を引きました。少し先に咲き誇るは、薄紅色の花。東の国にある春のお花なのですが、ここの温室の環境に加え、優秀な庭師の手により、冬でも満開なその姿は見る度に感嘆の息を漏らさずにはいられません。
気づいたら手を繋いでいることも忘れ、私とルカ様は壮観な景色に圧倒されました。
「この木は…」
「桜でございます。東の国では春に開花します。」
「綺麗…桜の木、というのですね。」
前世では見たことがなかったこの景観。モノクロだったあのころの人生とは違い、今世では色とりどりの美しい世界を沢山見させてもらえています。
こうして、誰かに美しい景色を見せる立場になるなんて、過去の私はきっと想像もできなかったでしょう…
「皇女殿下は…--」
ルカ様が何かを聞いてきたと思えば、次の瞬間ガラスの割れた大きな音が響いた。
__パリーンッ!!!
「っ!!殿下!!」
私をを守るように小さな頭を覆い被さるようにし、瞬時に周りを警戒するルカ様。
外の雪で冷気が温室内に入り、心地よかった静寂な空間は今では少し不気味に感じます。
ただの事故?それとも侵入者?前回の誘拐の黒幕は未だに捕まっていません。アルゼン王国も関係している可能性が高いため、闇雲に動けないのが現状。
手がかりが中々掴めず、捜索が難航していたが、ここ暫くは何事もなく戻ってきた落ち着いた日常を堪能していた矢先のことです。
「ご無事ですか!皇女殿下、ルカージュ様!!?」
「怪我は無い!とりあえず皇女殿下の保護を最優先に!」
幸い近くに待機していた護衛騎士がいたため、侵入者が来たとしてもそう簡単に手出しはできない。
ルカ様にも何かあっては行けない。私だけを保護しようとするため、それだけは阻止したくルカ様の手を握りました。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、ルカ様は優しい微笑みを向けてくれました。
「必ずお守りいたします。」
ドクッと胸が高鳴った。悪い感情ではないそれに戸惑いを感じながら、ルカ様の腕の中から周りを警戒しました。
「気配が感じられません。」
「逃げた…?一体誰の襲撃…」
「もうすぐ副団長が来られ--」
「殿下!」
護衛がそう言うと、入口から早速副団長のウィリアムさんが数名の騎士を連れてきました。
数人が温室に散らばり敵を探し、ウィリアムさんともう数名は私たちの周りを守るように囲いました。
「殿下、ご無事でしょうか。」
「はい。私ふくめ怪我人はいません。」
「ご無事で何よりです。一先ず私と共にこの場を離れましょう。」
ウィリアムさんに結界を張ってもらい、私たちは慎重に温室を出ました。
温室は広く、敵襲だとしたらどこかに潜んでいる可能性も高い。入り口は護衛が立ち塞がっているため、皇宮に入っている可能性はほとんど0に等しいでしょう。
「ルティー!!!」
セドリックお兄様達が護衛とともに駆けつけてきて、私とルカ様は怪我なく保護されました。
誘拐に引き続き、今回の件も……狙いはやはり、ルカ様なのでしょうか…
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