戸惑い
「皇女殿下様が、聖女の生まれ変わり…」
カルガーの戸惑いの声が、この静寂の空間に響き渡る。誰もが言葉が出なかった。
息を呑み、ルティシアは一歩ルークへ近づいた。そんなルティシアに寄り添うように、ルークは頭を寄せ、擦り寄る。
______隠しててごめんね。でも僕は聖女の生まれ変わりなんて関係なく、ルティーのことが大好きだから。これからも、一緒にいていい?
ルティシアの瞳が揺れる。戸惑いと、言葉にならない気持ちはあるものの、ルークのことは大切だ。いつでも傍にいてくれた、大切な友人。
ルティーが小さく頷けば、ルークは嬉しそうにしっぽを振った。
「……聖獣様。」
皇帝も貴族も、聖獣の前では等しく一人の人間。アスレイは恐る恐ると伺う。
「貴方様が仰ることが本当であれば、ルティー…ルティシアには、過去の聖女様達のような使命を負うことになるのでしょうか。」
アスレイの言葉に、空気は一変した。聖女の使命。それはつまり、聖女の力を駆使し、世界を平和にすること。それはなんて偉大で、素晴らしくて、そして……
「認めません。」
エドリックの凛とした声が伝わる。ルティシアはそんな兄に驚いた。
「ルティシアは私たちの大事な妹です。聖女の使命…それがどれだけ素晴らしい偉業であり、そして短命であること、父上もご存知ですよね?」
そう。聖女の偉業は偉大で、素晴らしく__
___そして、その尊い命を縮むものでもあるのだ。
「や、やだよ…ルティーを聖女にしないで…っ」
「セヌアお兄様…」
絶対にダメ!とセヌアはルティシアの元へ走ると強く抱き締めた。絶対に渡さない、と強い意志を宿る目でルティシアの後ろにいるルークを睨む。
「セヌア!」
「ルティーは聖女にならない!そんな使命僕が背負わせない!」
聖獣相手に敵意を向ける我が息子に慌てながらも、その言葉には大いに賛同の気持ちしかない皇帝夫妻。
そんなセヌアをじっと見つめるルークは、目を閉じればセヌアの頬をペロッと舐めた。
「わっ」
_____ルティー。君は聖女になる必要はない、そう皆に伝えて。
「え、」
ルークの声はルティシアにしか聞こえない。ルークが何かをルティシアに伝えたんだと察する皆。
「ルティー、聖獣様はなんて…」
ダイアナが不安そうに聞くと、ルティシアはゆっくり口を開いた。
「…私が、聖女になる必要はないと…仰ってます。」
その瞬間、空気がようやく緩くなり、安堵のため息が聞こえた。
セヌアがほんの少しルティシアを抱きしめる力を弱めた。その隙に、ルティシアは少しセヌアから離れれば、お揃いの青い瞳を優しく見つめる。
「聖女を悪用する時代を、僕は何度も見た。」
脳内に届くルークの言葉を重複するように、ルティシアが話す。
「いつだって、清らかな魂を穢すことなく、それでも傷つけられ、ボロボロになっていく彼女達を、何度も救った。」
「僕がルティーの前に現れたのは、もう二度とその魂が傷つけられないように守りたいから。これは、他の聖獣達の意志でもある。」
「ただ、ルティーが幸せな人生を歩むのを、傍で見守りたい。聖女の生まれ変わりとか関係なく、僕はルティーが大好きだから。」
ルークの言葉を繰り返していくうちに、その言葉たちはルティシアの胸にじんと響いた。思わず涙腺が緩みそうになるのを堪える。
「ルティーが大事にするこの国を、僕も大事にしたい。僕を、ここに置いてほしい。」
ルティシアがぱっと振り向けば、ルークはかつてない真剣な目をしていた。
聖獣がここに居たい。彼の居場所として希望されたこの国。それはつまり、この国は聖獣の祝福と恵みを授かるということ。
アスレイを筆頭に、ルティシアを除く全ての人が深く頭を下げた。
「この上なき、光栄でございます。聖獣様。」
僅かに、アスレイの頭上にある王の証が光った。ルークは満足そうに尻尾を振ると、ルティシアもようやく一息つけた。
ずっと隠されていた大事な友達の存在が、ようやく家族に認められた。もう、彼のことを隠さなくていいんだと、堂々と友人…いや、大事な家族として傍に置いていいんだと。
「ルーク…」
_____ルティー、これからも一緒だねぇ〜!!
いつものおちゃらけた口調に戻ったルークに、ルティシアは思わず笑みを零した。
「うんっ、ずっと一緒だよ!」
やったー!!とはしゃぐルークはテンション爆上がりに周りを走り回る見た目は真っ黒な狼。
だが今この瞬間、帝国に聖獣の祝福が授かったのは間違いない。戯れるルークとルティシア。その光景は、まさに帝国がこれから安泰であるという証。
しかし、聖獣に愛されし皇女。悪の手は必ず伸びてくる。アスレイ含め、その場にいる全員が心の中で誓った。
彼女を、この幸せな光景を守り抜くと。
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