エピローグ
夜になって、いよいよお祭り本番です。
ぽうさん横丁に太鼓の音が響き渡ります。ドンッ、ドンドドン。その音を合図にしたようにあちこちの家から浴衣姿の人たちが出てきました。
片山家の双子は公園の入り口にある綿菓子の屋台に早くも並んでいます。そこに同級生の優奈ちゃんがやって来ました。
「フミちゃーん。」
「優奈ちゃん。その浴衣、可愛いねー。去年と違うみたい買ったの?」
「うん。ちょっと大人っぽい柄にしたの。」
「気取ってるー。まだ小学生のくせに。」
「なによっ大樹。自分が子どもだからって、他人にまで強制しないでくれるっ。」
どうやら大樹君は優奈ちゃんが気になっているようです。でも正直に可愛いと言えないみたいですね。
砂場の所には町内会のジュースの屋台が出ています。明るい電灯に照らされて大きな盥にたくさん入った氷がキラキラ光っています。ここでは一平君とケンマチャットさんが法被を着て売り子をしているようですよ。
「はいよっ、百円ね。ありがとっ。ケンマチャット、ソーダをもう少し冷やしといて。」
「ソーダネ、ワカタ。」
ケンマチャットさんがダンボールの箱からソーダの缶を氷の間に詰めていきます。
「ツメタイッ。」
あまりの冷たさに手が滑ってソーダの缶がポチャンと水の中に落ちてしまいました。氷がカランと涼やかな音を立てます。
康介さんがアパートから出てきました。甚平さんを着ているようです。濃紺の絣模様は康介さんによく似合っています。康介さんは道を渡って真っすぐ日村さんの家へ行きました。すると玄関の引き戸が開いて悦子先生が出てきました。悦子さんは濃紺の地に鮮やかな紙風船が描かれた浴衣姿です。長い髪をあげて、赤い鼻緒の下駄を履いた姿は、色白の悦子さんを可愛らしく少し幼く見せています。
二人ともニッコリ笑って挨拶をしました。
「こんばんは。浴衣、素敵ですね。」
「ありがとうございます。難波さんもそういう格好をされていると、違う人みたいです。」
「実家には浴衣もあるんですが、着方がわからなくて・・・。」
「そうなんですか。お教えしましょうか?」
「えっ・・ええ。よかったら教えてください。・・そのう、浴衣が着れるようになったら一緒に大賀の花火大会に行きませんか?」
康介さんは勇気を振り絞って悦子さんを誘いました。悦子さんも真っ赤になって「ええ。」と小さい声で返事をしたようです。
その様子を見ていたキクエさんと立花さんはニヤニヤと笑いながら声をかけました。
「ついでに私の写真展にも来てくれるかい? 駅前のデパートの五階催し場でやってるから。」
立花さんが康介さんに写真展の入場券を渡します。
「あ、ありがとうございます。行かせて頂きます。ねっ、悦子さん。」
「・・はい。」
「二人とも、ちょっとそこに立ってぇ。右京さん、写真を撮ってあげてよ。」
キクエさんが、康介さんを悦子さんの方に押して二人をくっつけて立たせます。悦子さんはキクエさんにしかめっ面をしましたが、キクエさんは笑って相手にしていません。
「ほらぁ、悦ちゃん笑顔っ。」
「難波さん、少し顎を引いて。悦子さんは身体を斜めにして難波さんの方を見てくれる?」
シャッターを切る音が連続して響きました。
「いい絵が撮れた。」
「えっ、もう撮ったんですか?!」
「ああ。後で二人に進呈するよ。」
4人で一緒に隣の公園へ入って行きます。
そこではもう盆踊りが始まっていました。太鼓と笛の音に合わせて木内さんの奥さんが緩やかな民謡を歌っています。
キクエさんと立花さんはすぐに踊りの輪の中へ入って行きました。
康介さんと悦子さんは皆が踊っているのを二人並んで眺めています。
「初めて聞く唄だな。」
「これはぽうさん音頭よ。古くからこの町内に伝わってるの。」
「へぇ~。」
調子のいい太鼓のリズムが賑やかな夏の宵の気分を盛り上げます。
康介さんの胸もドキドキと高鳴っているようです。
康介さんは悦子さんの手をそっと握りました。悦子さんはびっくりして康介さんの顔を見上げます。
そんな二人の様子をぽうさん横丁の皆が笑顔で見守っていたのでした。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。