観客
『悪りぃな、メトゥール。お前は捨て駒だ』
強襲組がそれぞれ竜から飛び降りて帝都に落ちて行く。その時、ふとハルトに呼び止められたメトゥールに呼びかけた言葉。
それを聞いて、初めて時間が止まったかのような衝撃を受けた。
『あ、いや別に悪い意味じゃなくてな。何と言うか……まぁなんだ、オレ含めて全員が捨て駒なんだよ。この作戦ってのはな』
何故、なぜ彼は己が死ぬと分かっていてもなお、あそこまで飄々としていられるのか、僕には分からない。
『まぁ何が言いてえかってかと言うと、死ぬ気でやれって事だよ』
あぁでも、君がそう言うのなら僕も……少しは頑張ろうかな。
出ては消え、出ては消えを繰り返す泡沫のように、舞い上がった埃がゆらゆらと光を惑わす。
気がつくと、自分の体は情け無く観客席に突っ込んでいて、周囲はもはや劇場と呼ぶには、無理がある現状であった。
「ーーどうやら、もう終わりみたいだね」
あぁ痛い。体がジクジクと痛み続ける。
「そう、でしたねぇ……【魔術師】相手に、魔術戦なんて、実に馬鹿らしい」
数多の魔術技師が、束になっても敵わない存在を畏怖と敬意を込めて【魔術師】と呼称しているが、コレは違う。
あまりにも傲慢な判断だった。何故、ハルト君が警戒を怠るなと忠告したのか。
人間では決して届かない、“高み”なんて優しい表現じゃなくて、文字通り次元が違う存在。
「完成度もその【領域】に付与していた能力も、僕が今まで見てきただの魔術よりも洗練され、美しい物だった。『剣聖』のままだったら、少しだけ苦戦したね」
まさに化け物と、そう呼ぶに相応しい存在。際限無く、“世界”を捻じ曲げる魔術を使う『剣聖』がいてたまるかと、心の中で毒づく。
「流石の僕も、空間を隔てられるとどうしようも無いしね。とても惜しいけど、君はここで殺させてもらうよ」
パキリと、フラベルが地面にあった木片を踏み折る。
砕けた木片がただの魔力になって、無慈悲にも崩れて行く。
「どうやら、ここまで……みたいですねぇ」
もう目の前には現実が、目を逸らしたくて逃げて来た現実が、僕の首をゆっくりと締め付ける。
「ハルト君。俺は時間を稼げましたかね?」
「どうかーー安らかに」
魔力が渦巻いて、術式となりその全容が顕になる。
僕の視界を埋め尽くすように、命を刈り取る凶器である魔術が迫って行く。
ーーあぁ、死にたく無いな。
でも、また貴女と出会えるなら、それもそれで、良いかもしれない。
「ーーまったく、何だその体たらくは」
爆風と熱が蔓延る劇場で、その人物は双剣を持って、全てを断ち切って現れた。
「君は……誰だい?」
「ふん。誰も何も俺は俺だ。まぁ良い、今は気分が良い……ゲミニ、今はそう名乗っておる」
手に持った『宝具』をくるくると手元で弄り、フラベルの話を話半分に聞いている。
「君の手にあるのが、報告にあった『宝具』でいいのかな?」
フラベルが気軽に話しかけるが、その相貌はゲミニ自身より、その手に握られている『宝具』に向いていた。
「あぁそうだとも。腹立たしい事に、『宝具』が無ければ俺はただの亜人の一人に成り下がる。実に、実に腹立たしいがな」
彼の手に握られていた『宝具』は、短剣というよりダガーのような見た目だったが、刀身が異常に細く常に淡く発光している。
だが、それよりもメトゥールが気になったのが。
「どうやって、僕の【領域】に?閉じた時に君は、いなかったはずだ」
「なに、元より『宝具』とは……封じ込めるという事に特化させて造られた“兵器”の名よ。その中に、『剣聖』もおる故に、『宝具』の中にはこの様な珍妙な効果を持つ物もおる」
ゲミニは手に持つ『宝具』を、何も無い空間に無造作に振り下ろした。
「なっ!?」
「それは……」
【領域】の外殻は空間を隔てる壁となる為、生半可な攻撃では決して壊れない様になっている。
【魔術師】ですら、【領域】の脱出に外殻の破壊を渋る程、それは硬い。
【領域】を術者の世界を模る外殻が、まるで紙を切るかの様に真っ二つに別れていた。
「この『宝具』の効果は確か……あぁそうだ、『受けた【魔力】に対する特効を持つ』だったな」
「魔力に対する、特効だと。それは……あまりに無法が過ぎるね」
「そうかっかするな『剣聖』よ。なに、お前専用の『宝具』という事よ。泣いて喜んでも良いぞ?」
「それはとても嬉しいけれど、帝国の『剣聖』としての任を果たさないといけないからね。『宝具』を破壊させてもらうよ」
殺気を上げる『剣聖』だが、それをゲミニは冷ややかな目で『剣聖』を一瞥し、『剣聖』に対して突如として背を向ける。
「そもそも、俺は戦いなんぞに興味はもう無い。それに……おるではないか、貴様にはまだ戦う相手が」
ゲミニは壊れてない観客席にゆっくりと腰を下ろし、舞台を観るが目線をメトゥールのほうに向ける。
「ほれ、いい加減立ち上がれ。ここは、貴殿の劇であろうに。主役がいつまでそこで寝ておる?幕が下りるには、ちと早かろう」




