97 ダンジョン攻略再び
《ママ!》
戻ってきたルーに飛びつくマリをルーは満面の笑みで抱き留めた。
《ただいま、マリ。良い子にしてたか?ダンジョン土産無くて悪いな。》
《えへへー、マリはねー、ママにこれあげる。》
そう言ってマリが差し出したのは、鳥居の欠片。それをカイがアイリの鏃で鳥の形に削った装飾品だった。
《カイしゃが作ってくれたの。マリとお揃い。》
そう言って、自分も少し小振りのそれを取り出した。
《これは・・・。ありがとう、吟遊詩人殿。》
マリの差し出した装飾品を目を細めてみつめて、ルーはカイに謝意を示しつつ、ラモンを見遣った。
「あー、それな。霊山麓の魔力を失って朽ちていた鳥居の欠片だ。そんなになってても魔力は込められるみたいでさ。まあ、何万年とかけてじっくり溶け込んだ世界の魔力とは比べ物にならないが、それでも、宝石の魔石並には魔力が込められる代物だ。ちなみに俺様もお揃いだ。」
そう言うとラモンも首元から、マリとルーの手の中にある物よりやや大きめな鳥の首飾りを取り出した。
「愛し子ちゃんの鏃と同じで何度でもどんな属性でも付与出来る優れ物だぜ。加工するには水属性を付与したその鏃じゃないと無理だったけどな。」
自分が作ったかのような自慢顔だった。
ちなみに結局、わらわらと集まってきたブラフの面々もこんなの作ってくれだの、俺もやりたいだの、でシモンの研究用に集めてきた鳥居の欠片は様々な形のものになって、作り手に引き取られていった。再度、全員で霊山にカケラを回収に行ったのは言うまでも無い。
ミルナス、シルキスも交え、ダンジョン攻略組から、詳しい報告を聞く。
五重塔ダンジョンの地図や罠、出てくるオーガの強さなど様々情報に加え、これまでに試みた方法も書き出していく。次回に向けて非常に有用なものになった。
「しかし、これだけやっても、ダンジョン主への扉が開かないなんて、本当に手詰まりだね。」
他に何ができるかなあ、とアイリは首を傾げた。
「一階のこの空間は何ですか?」
横で見ていたカイがダンジョン地図を指差した。「僕には舞台のように見えますが。」
「舞台?」
カイの指差す先、五重塔ダンジョン一階の中央に、一段高くなった部分が描かれている。
《このダンジョンは建物の外観が、五層の階層が積み重なった塔のように見えることから、“五重塔ダンジョン“と名付けられた。中央は最上階まで吹き抜けになっていて、確かに、この場所は何かありそうで、調べては見たんだが・・・。》
ルーが思い出すように考え込む横で、ミルナスが続けた。
「広さは、大体、20歩x20歩、白木の板張りの床で、紋様は無し。床に隠し扉のような細工も見当たリませんでした。・・・ただ、すごく音は響いたかな?」
「音?」
「後、不思議なんだけど、夜になってもそこだけは上の階から外の明かりが降り注いで、明るいんだー。周りの回廊は暗くて、明かりが必要なのに。」
「それって、夜にその場所で何かをするって事?」
「勿論俺たちだってそう思って、夜にも行って、色々やってみたんだよ。でもねー、ダメだった。」
シルキスが引き継ぐ。「まあ、夜に出るオーガは強くなってるから、修行にはもってこいなんだけどねー。」
俺ら大分強くなったよ。早くねーちゃんに見せたいなーと両拳を打ち付けるシルキスに、ミルナスが呆れた表情を見せた。
「音・・・。」
考え込むカイ。「ちょっと興味が出て来ました。僕もそのダンジョンに連れて行ってもらえませんか?」
「大歓迎!そうと決まれば、さっさと戻ろう。」
何か新しい発見が見つかるかもしれない、と今にも立ち上がりそうになるシルキスに、ルーは自分も戻りたい、とつい思ってしまった。
《待て、待て、シル。アタシ達は、さっき、帰って来たところだ。馬も休ませねはならないし、何より、ここに残って研究をするラモンを守る砂漠の部隊が来ていない。》
「えー、だって、インディーさん達が来るまでまだ大分あるでしょ。それなら、戻って、もう一回挑戦してみてもいいじゃん。」
「俺様もその五重塔ってーのを見てみたいな。」
それまで黙って聞いていたラモンが口を開いた。「ダンジョン、って言うのに興味がなかった訳じゃない。他に優先すべきことがあったから、後回しになっていただけで。とりあえず、鳥居の研究も一息ついたし、ヴィシュが苦労したダンジョンをサクッと攻略するのも面白そうだ。」
《出来る物ならな。》
ふん、と面白くなさそうにルーが言い、ケタケタとラモンが笑った。
《あー、もう、頭領も再挑戦したら良いじゃないですかー。このまま帰ったって、絶対、気になって、溜息ばかりになりますって。》
一緒にダンジョンに通ったブラフ海賊の面々が呆れたように言う。
《マリ様の事なら、私がみますよ。ダンジョンの前で待っています。》
シュミもそう言ってくれたので、ルーの心は大いに動いた。
《マリ、いいかな?》
恐る恐る尋ねたルーに娘は、仕方なさそうに小さく頷いた。
《ごめんな、ママ、我儘で。》《・・・抱っこ。》
ルーはぎゅっとマリを抱きしめた。
霊山探索隊とダンジョン組各六人が、ダンジョンに再挑戦となった。残りのダンジョン組三名が霊山に残って、インディー達砂漠組を待つ。霊山や鳥居の探索は行わず、単に拠点の確保が目的なので、三名で十分、とは残る者達のセリフだ。インディー達以外に、ヨシュアやシャナーン王太子達との連絡係も兼ねている。今の所、聖徒教会の動きは特にないらしい。
「この太極殿や霊山が、今まで見つからなかったのが奇跡みたいなもんだけどな。」
そう言うラモンの言葉に、
《南の大森林を越えるのが、これまでは並大抵な事じゃなかったんだろう。実際、魔物の強さと数は、そこいらとは別次元だ。しかし、越えてしまってからは、魔物に出会うことが殆ど無かった。霊山の影響なのか?聖徒教会に手を引かせたのは、ここまで人を入れない為だが、来たとしても、ダンジョン目的の傭兵か無法者だろう。その奥まで探索する者は少ないさ。》
丸二日の休養と引き継ぎを終えて、アイリ達は魔導車に分乗し、五重塔ダンジョンに向かった。
彼らの姿が消えるのをじっと見つめる影があった事に、留守組は誰も気付かなかった。




