82 合流
「「騙された。」」
落ち込む弟達を横目に、アイリはルーとの再会を喜んでいた。
《どうしたんだい、あの子ら?》
《んー、ちょっと修行上の悩み?》
《皆、無事で良かった・・・。子供達だけになったと聞いた時は、何もかも放って駆け付けたくなったぞ。》
《心配かけてごめんね。確かに大変な事もあったけど、三人でちゃんと協力して、多少の無理はしたけど、無茶はしてないよ。・・・それで、ルー、あちらのお二人は?》
家畜運搬の任務を終えてルーに合流したブラフ海賊のインディーは、しゃがみ込んでいるミルナスとシルキスに声をかけていた。アイリ達からも少し離れて、遠巻きに二組の再会を見守っているのは、一人の若い騎士とやや年上の神官。少し眉間に皺を寄せて、ルーが言うには、騎士の方はアルブレヒト王太子が連れてきた近衛第二の副隊長で、神官は聖徒教会南部地区の担当らしい。
《まあ、二人とも話を聞かない堅物だ。特に近衛の方は代々王家に仕えている由緒正しい家柄に誇りを持っていて、王太子夫妻にも噛み付くことがある。神官の方は、まあ、良くも悪くも神官だな。》
《今も、アタシらの見張りでくっついて来ただけで、絡まれることは無いと思うが、何か聞かれても、答えなくて良いからな。》
《お嬢ー、車、準備出来たっすよー。》
魔導車の前にインディーの乗ってきた馬を繋いで、御者席に彼とシルキスが乗る。アイリとミルナスは車内。神官も乗りたがったが、ルーが“機密“であるから、と突っぱねた。近衛騎士は、車内に不審者が潜んでいないか、危険物を積んでいないかを調べると強弁したが、アルブレヒト王太子の盟友であるブラフ海賊貴族当主本人が許可している以上、引かざるを得なかった。“後で王太子殿下の許可を取って必ず調べるからな“とぶつぶつ言っていたのは、勿論、全員の耳に届いていた。
「やあ、ブラフ伯爵、彼女達が貴女の“秘蔵っ子“だね。初めまして、私は、アルブレヒト・フィラ・シャナーン。シャナーン王国の王太子だが、今は勇者をやっている。こちらは、私の妻でダイアナ、大聖女で王太子妃で、今回の聖戦の主役だ。」
南の大森林の北の端、トウチ村の広場に魔導車を停め、ルーの案内で王太子夫妻が仮宿にしている村長宅に案内された。当然、魔導車には結界をはり、ブラフ海賊の見張りを立てている。久しぶりに会う海賊達もいて、一気に賑やかになった村内にラモンとマリの親子はいない。流石に魔人討伐の戦場に非戦闘員を連れて来るわけには行かないからだ。
「王太子殿下、王太子妃殿下、こちらが、私の妹分にあたる、アイリ。そして、その弟達、金髪がミルナス、赤髪がシルキスです。」
ルーの紹介にアイリ達は頭を下げた。
アルブレヒト王太子とダイアナ大聖女はソファーにゆったりと腰掛けているが、共に戦装束だ。後に、アルブレヒトの側近ハインリヒも軽武装で立っていた。窓と扉の側にも二人ずつの護衛が立っている。聖徒教会からは大聖女の付き人として、聖女と神官が一人ずつ。共にアイリには面識が無かった。元々、初代と二代目のアイリが聖徒教会にいた時の交友関係はとても狭かったから、彼・彼女らが過去のアイリと知り合いの可能性は低いが、ダイアナ聖女の取り巻きや神官長の腰巾着で無かったことにアイリはホッとした。
5年ぶりに会う王太子夫妻は、初代アイリが初めて出会った時と同じ年齢だった。しかし、印象は全く異なり、二人の関係が上手くいっていることを証明しているような仲睦まじさだ。自己紹介にすらそれが現れていた。大体、愛する女が魔人討伐に行こうと言うのに、“頑張れ“とだけ言って送り出す方がおかしいのだ。それだけで、初代アイリがアルブレヒトにとってどの程度の女だったのか、想像がついてしまう。今更ながら、アイリは悲しくなってしまった。何年も前に納得したはずなのに。未練がましい。
今世の、目の前のアルブレヒトは軽く小首を傾げ、何事かをダイアナに囁いた。彼女も目をパチパチさせている。そして、微笑んで頷いた。妻の同意を得て、王太子は言った。
「其方ら、ナザレクト伯爵の縁者であろう?特にその金髪の少年は、伯爵の血筋が濃く現れているな。先程、はじめましてと言ったが、昔、国王陛下の在位20周年記念式典のおり、其方らに会ったことがあったな。まだほんの幼女に負われていた金髪の赤子、後からやってきた父親、そして、我に馬を見せてくれた幼女。其方らであろう。」
覚えていた!?思わず、弾けるように頭を挙げてしまったアイリに、やはり、と言うように、アルブレヒトは笑いかけた。
「ああ、その驚いた表情はまさにあの時の幼女だ。しかし、其方・・・、」
まじまじと身を乗り出す王太子に、後からハインリヒが声をかけた。
「殿下、この者は5年前にイーウィニー人の使節団の中に紛れておりました。」
ギクリと肩が強張る。
「あの後、使節団の髄員の素性を調べましたが、たった一人、どうしても見つけられない者がおりました。それが、あの時、殿下がお声がけした少年です。」
《ほう、我らの素性を調べたのか?》
「当たり前だろう、仮にもシャナーン王国王太子殿下と友誼を結ぼうと言う相手を、調べもせぬ選択肢は無い。」
《それで、殿下。この者が、殿下に身分を偽っていたとして、いかがなさいます?》
底冷えするような声で、ルーが尋ねた。
「控えよ、ハインリヒ。申し訳ない、ブラフ伯爵。この者は忠義の心が時折暴走することがある。もちろん、ブラフ伯爵の秘蔵っ子でナザレクト伯爵の縁者ならば、諸事情から、素性を隠すこともあろう。」
「それに、彼女は、わたくしたちの恩人でもあります。」
それまで黙っていたダイアナ大聖女が口を開いた。
「10年前は世話になったわね。あの時、そなたが、殿下に声をかけてくれたおかげで、わたくしと殿下は素直に話が出来る様になったの。あの一時がなければ、少なくともわたくしは殿下に対して、甘えても良いとは思えなかったでしょう。」
「それは、我も同じ事。周りから、押し付けられる理想の王子に自分が食い散らかされてしまう感覚。両親すら疎ましく感じ始めていた頃に其方に会い、ダイアナが我を我として見てくれていることに気づけたのだ。改めて礼を言う。」
ポロリとアイリの目から涙が一つ溢れた。




