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78 ミルナスの隠し事

生まれ育った村に帰るというソンジョとヨンヒに馬を貸して、アイリたちは森の奥へと足を進めた。魔導車で少し先まで移動し、手頃な洞窟に隠し、そこからは徒歩で移動だ。ルーに魔導具による定期連絡がしばらくは困難となる事を伝えると、酷く心配した声で無事を祈られた。“聖戦“の話はルー達も、噂に聞いており、ダイアナ大聖女から詳しく話を聞く手筈を整えている所だ、と言う。

《これからの連絡には少し時間はかかるが、眷属を使う。》

ルーはブラフ海賊貴族の当主を継いだ時に、歴代当主の使役していた眷属も引き継いでいた。それが、各地に張り巡らされた通信網の役目を果たしている魔鳩だ。拠点ごとに情報を取り次いでいくタイプと個人の魔力を目印に飛ぶタイプの2種類を用途に応じて使い分けている。その一羽にアイリの魔力を目標に飛ばすのだ。魔鳩は魔物なのでそこそこの荷物も運べるし、ラモンの追跡効果付きの魔導具を持っている者なら、普通の対象者より見つけやすいらしい。

《明日の朝には飛ばすから、2、3日内には着くだろう。》


その魔鳩が着いたのが、つい先程。ルーからシャナーン王国の状況と聖徒教会の動きが簡潔に書かれた手紙が魔鳩の首に付けられた筒に入っていた。お菓子と予備の源石も筒一杯に詰め込まれていた。手紙には、ダブリスの傭兵ギルドでの一件で、ルーに探りを入れてきた聖徒教会関係者もいたが、数年前からヴィエイラ共和国での聖徒教会の影響力は低下しており、噂程度の情報しか無い為、大した問題では無い、との事だった。

但し、ダイアナ大聖女やアルブレヒト王太子には、ルーの目から見た事実を伝えると、書いてあった。


届いたお菓子で休憩する事にし、魔鳩にも食事と水と魔力を与えて労う。変わりは無い、と返事を書きつつ、傭兵ギルド事件への対応を考える。

ルーがアイリに不利になる様な行動は取らない事は疑うべくも無い。しかし、対等な交易相手として、嘘や誤魔化しが望ましく無い事も明らかだ。カタリナ聖女を語って、ダブリス市長を納得させたのだから、ヨシュアに対しても、誠実であるべきだ。

アイリは手紙に、本来なら自分が直接話をすべきだが、それが無理な現状、ルーから、アルブレヒト王太子達に話をする事になっても構わない、と書いた。どこまで伝えるかは、ルーに一任する、と。

姑息な方法だとは思うが、距離的に離れている以上、仕方がないと思おう。


「だけど、本当にあなた達もソンジュ達と村に行った方が良かったんじゃない?」

アイリの何度目かの言葉に弟達は、またか、とため息をついた。

カイ達とダマルカント公国で別れてから、いや、ルー達とダブリスで別れてから、何度も繰り返された問答だ。

「ここまで来てまだ言うんだ。俺、そっちの方がびっくりだよ。」

シルキスの言葉にミルナスも頷く。

「そりゃあ、姉さんだけでも、大抵のことは問題なく行くかもだけど、僕たちがいて助かることもあったでしょ。そう邪魔者扱いしないでよ。」

「邪魔とは思ってないけど、」

「主は、御身らのことを心配しているのです。主の安全は我ら契約精霊がお守りできるが、御身らの精霊は御身らを守る程の力を持たぬ。咄嗟の時に、我らは主を優先する故。」

顕現し、今は荷物持ちをかって出てくれている半人半馬の火の精霊テセウスが、間に入ってくれる。その背には風の精霊半人半鳥のウィンディラが乗っていた。土と水はアイリの魔石の中だ。精霊4体はこの組み合わせで動くことが多い。元々の持ち主が違う為もあるが、精霊としての相性もあるのだろう、とアイリは思っている。


力不足と言われたのが不満なミルナスとシルキスの精霊達はプンプンと二人の頭上に顕現した。アイリの目にはミルナスの風の精霊は小さな梟にシルキスの火の精霊は小さなサラマンダーに見えている。

【二人とも怒らないの。テスはバカにした訳じゃないのよ。】

ちょんちょんとアイリは小さな魔力の粒を二体に向かって放った。パクリと食べて満足した様に消える契約精霊に、シルキスは盛大なため息をつく。

「全く、契約者以外から魔力もらって喜んで引っ込むって酷くない?」

【あー、先ずは自分が精霊語を理解できるようにならなきゃ、話しになんないわよ。】

相変わらず、顕現しているときは羽の手入れに余念のないウィンディラが、ふっと羽の先に息を吹きかけながら、そう言うと、

【ソウですネ、精進しまス。】

ミルナスの口から拙いながらも精霊語で返事があった。

ウィンディラは元より、アイリもギョッとした。


「え!?ミル、お前、今、なんて言ったんだ?」

「ふふーん、驚きたまえ、シルキス君。僕の精霊は森の賢者と呼ばれる梟の姿をしているのだよ。これがどう言うことかわかるかな?ふっふっふ。」

「わかんねー!」

盛大にショックを受け頭を抱えるシルキスとは対象的にアイリは青くなりながら、自分が精霊達と交わした会話を思い出していた。

『まさか、前世に関わる話を聞かれてないでしょうね。』

そこまで油断はしていなかったはずだが、と思いつつ伺うように見てくるアイリに対し、ミルナスは肩をすくめた。

「大丈夫ですよ、アイリ姉さん。盗み聞きのようなことはしていません。ただ、これからは、僕が精霊語を少しは聞き取れる、ってわかっていた方が、姉さんは良いかな、と思っただけです。」

「・・・ごめんね、ミル。気を遣わせたね。・・・ありがとう。いつか、きっと、ミルにもシルにも母さんや父さん、ルー達にも、ちゃんと話すから、だから、今は、」

「わかってるって、姉さん。何年、弟やってると思ってるの。僕はそこの脳筋とは違って、気遣いのできる弟だからね。」

暗くなりかけた場の空気を吹っ切るように、胸を張ったミルナスはシルキスを揶揄う。

それに乗っかって、一つ年上の兄を追いかけるシルキス。

そのじゃれあいを見つめるアイリはしみじみ幸せだと感じていた。


ウィンディラの風の力で索敵を行い、アスクレイトスの土の隠形で余分な戦闘を避けつつ、アイリ達は南の大森林を探索する。

ソンジュ達の様な聖徒教会の“聖戦“に参加している部隊とは、幾度か遭遇したが、森に火を放つほどの暴挙に出る者達はいなかった。

10日程して、ダイアナ大聖女の遠征が本決まりとなり、日程の調整に入ったらしい、とルーから連絡が入った。ブラフ海賊貴族も盟友として参加する事を決めた。聖徒教会からも何人も聖職者が参加するので、一旦、大森林を出て、身を隠してはどうか、と言う事だった。“聖戦“が公表されれば、情報統制上、魔鳩を使った連絡も取りにくくなる。その前に、今後の方針を決めよう、と。


大森林内に留まるのは悪手なのは明白だ。見つかった場合にルー達だけでなく、アル様達にも迷惑がかかる可能性がある。北に上がってシャナーン王国に出ると遠征部隊を鉢合わせする可能性もある。西に戻ってダマルカント公国に再入国も公子達とのあれこれを考えると避けたい。そうなると東に突っ切って草原地帯か、南に降って滅びた王国に向かうか、だ。

アイリの気持ちは吟遊詩人のカイが向かうと言っていた滅びた王国へ傾いていたが、弟たちの意見も聞こうと、一人で出かけていた散歩から野営地へ戻ってきたアイリの目に、楽しそうに話すシルキスの顔と少し離れた所に立ち、小首をかしげるミルナス、そして、こちらに背を向けて立つ青年の姿が映った。

ぞわり、と首の後ろの毛が逆立った。

「あ、ねーちゃん、カイさんだよ!すごいね、一人でこんな、」

「シル!離れなさい!ミルも!」

ミルナスはすぐに飛び退いて弓を構えた。一方、シルキスはキョトンとアイリに振った手を上げたまま立ち竦んだ。

アイリに背を向けていた青年が、ゆっくり振り返った。

見た目は、カイに似ていた。だが、

「スライム!」

アイリの悲鳴に呼応するように、カイに似たそれはとろりと溶けた。


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