77 魔人征伐
気まずい沈黙が訪れた。
パチパチと焚き火の爆ぜる音だけが小さく聞こえる。
「だって、」
「仕方ない、とか言うなよ。」
ヨンヒの開きかけた口を、更に強い口調でシルキスが咎めた。
「あんたに繋がれた精霊から、俺は全部聞いてるから。別にあんたはここまでついてくる必要なかったんだろ。精霊は止めたよな、無理だって。火の精霊だからって、全部が全部、戦いが得意ってわけじゃ無いんだ。あんたの精霊は、灯火だ。導きの火だ。それを無理矢理戦いの場に引っ張って行ったって、どうにかなるもんじゃ無いだろ。」
ふわりふわりと舞っていた蝶の姿をしたヨンヒの火の精霊を思い出す。シルキスの魔力を中継した為、あの時は顕現できていたが、本来のヨンヒの魔力だけでは、あの蝶は顕現出来ない。その事でも、ヨンヒの魔力を推して知るべきなのだが、聖徒教会には精霊を感知できる力のある者が少ないのは、アイリの前世と変わらないようだ。
「ま、いいや。取り敢えず、生き残ったんだから、後は、自分で考えれば?でもさ、次はこんな幸運、絶対に無いからな。」
明らかに年下の少年に戒められたものの、それは間違いなく真実で、ヨンヒは元より、ソンジョも青い顔で頷いた。
シルキスは「見張り行ってきまーす。」と手を振って森の奥へ向かい、またしても沈黙が訪れた。
「きつい言い方でしたけど、あの子も心配しているんです。」
「も、勿論です。わかってます。助けていただいたのに、私、お礼も言ってなくて。ごめんなさい。」
「あはは。礼は言わなくて良いですよ。あいつ、そう言うの苦手だから、きっと、『ねーちゃんに頼まれたから仕方ない』なんて返事すると思うので。」
ミルナスが新たに薪をくべ、火を熾す。
「だから魔人の話をして下さい。僕らにはそれがお礼になるから。それなら、気が楽でしょ。」
あらまあ、相変わらず、この二人は連携が上手いのね、とアイリは思った。みっちり、前ブラフ伯爵に交渉の何たるかを教わってきたようだ。最初に強く出て、後から軽く引けば、始めから魔人の話をと持って行くより、随分、相手の警戒を緩めることができている。
ヨンヒもソンジョも、命の恩人という事を思い出してくれたらしい。顔を見合わせて、知っていることを全て話してくれた。
“魔人“が現れたのは、およそ一年前、シャナーン国王の在位30周年式典の少し前。聖徒教会では、その式典に合わせて、一つの大きな征伐計画が立てられた。大聖女の試練の一つにもあげられていた南の大森林を越えた先、滅びた王国にあるダンジョンの攻略だ。目的は当然、ダンジョン主の魔物を倒して得られる魔石。本来なら、ダイアナ聖女が大聖女の試練で手に入れたドラゴンの鱗を国王の祝いとするはずだったのが、自分達の欲望に任せて、好き放題削った所、何も残らなかった、と言う、いかにも堕落と腐敗を感じさせるお粗末な結果のせいである。
流石にその実態を明らかにすることはなかったが、失われたドラゴンの鱗の事はダイアナ大聖女が聖徒教会の中枢から距離を置いたときに、ある程度は世間に暴露されている。
聖徒教会が献上するのだから、滅びた王国のダンジョン攻略は、聖徒教会主体で行われなければならない。中心となったのは、副教主だったが、この人物の評判は教会内では、なかなかに悪い。曰く、権威主義、曰く、事なかれ主義、自分に甘く他人に厳しいなどなど。そんな副教主の旗の元に有能な人材が集まるはずもなく、聖女の大半の協力は得られず、攻略のために傭兵を雇わなければならなかった。にも関わらず、費用を惜しんだ為、三流の傭兵しか雇えず、最初の攻略は大森林の入り口付近で撤退を余儀なくされた。その後、大森林に攻め入ること数度、やっとの事で中程まで、拠点を作りつつ進めた時に、“魔人“が現れ、全てを破壊して去っていった。
当初、また、攻略に失敗した為に、副教主が用意した言い訳、と思われていた。しかし、“魔人“の容姿が詳細に報告されるにつれ、それは現実に存在する魔物、と認知された。
「“魔人“はその名の通り、人型の魔物です。見た目は若い男。長い黒髪と魔物の赤い瞳をしています。声を聞いた者はいません。どんな魔物でも操ることが出来ます。自身も土と水の魔法を使うようです。」
ソンジョの言葉に「かなり具体的ですね。」とミルナスが驚いた。
「まあ、目撃者は何人もいますからね。本当は、聖徒教会の聖女や神官が全くなす術無かった、と言う醜聞は隠したかったんですけど、遭遇するのが三流な攻略部隊だった段階で口止めは無理だった、と言うのが真実です。」
「それで、ダンジョン攻略を後回しにして、“魔人“を倒す“聖戦“となった訳です。“聖戦“ですから、聖徒教会も本腰を入れていて、ダイアナ大聖女にも参加をお願いしている所です。私たちのような新人聖女は、露払いを兼ねた魔石集めが任務です。少しでも大森林の魔物を減らして、大聖女様のお手を煩わせないようにするのです。」
ダイアナ様の手伝いとなればとても名誉な任務だ、とその言葉を実に誇らしげにヨンヒは語った。
「つまり、王家に媚を売るために使おうと思っていたドラゴンの鱗を私欲で使ってしまったから、代わりに慌ててダンジョン攻略に行こうとしたけど、上手くいかなくて魔人を怒らせたから、今度は魔人征伐を大聖女様にお願いしよう、ってことで合ってます?」
バッサリとミルナスに切って捨てられた。
「「ハイ、アッテマス」」
目撃された“魔人“の容姿は、かつて実際に相対した“魔人“と同じだった。
初代が魔人征伐に行ったのは今から2年後。随分、歴史は変わっているから、魔人征伐が早まったとしてもおかしくはない。
今回、征伐に向かうのは大聖女となったダイアナ。ならば、きっとアル様は、今回は同行する。初代アイリの時とは違うのだ。もう、アル様は誰にも心を開かない孤独な王子では無いのだから。きっと側近達は反対する。だけど、アル様の心が変わらないから、全員で行く事になるのだろう。
きっとルーも。そしてラモンも。
その時、自分はどうするのだろう。
魔人は、強い。でも、ダイアナ大聖女やアルブレヒト王太子、ルーやラモンがいて、魔導車みたいな道具があれば、勝てる気がする。
魔人に相対せば、オンディットやアスクレイトスも解放されるかもしれない。自分の繰り返す人生に終止符を打てるかもしれない。
みんなと一緒なら、やれる気がした。




