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76 魔石狩りの真実

ソンジョは焚き火の前で目の前の少年達の動きを半ば茫然と見ていた。恐らく、自分達が殺して放置していただろう野ウサギや猪をサクサク捌いて、夕食の支度を整えつつ保存食の準備まで並行で進めるミルと言う少年。火の精霊付きと自己紹介したシルと名乗った少年は夜営の為、周囲に結界を施している。先程まで、聖女の精霊に魔力を分けていたと言うのに、その魔力量には驚かざるを得ない。そして、今は、一風変わった馬車の中に休ませた聖女の介抱をしている恐らく、水の精霊付きの少女。ソンジョは神官見習いの神兵だが、少女の癒しの雨の効力が、並の聖女以上である事ぐらいはわかる。少なくとも少女とシル程の魔力持ちなら、これまで聖徒教会に見つからずに過ごすなど、不可能なはずだ。


「傷は完全に塞がっているし、魔傷の後遺症も問題なさそうですよ。」

リンと名乗った少女は、そう言うとソンジョにカップを手渡した。春の終わりとは言え、森の中は肌寒い。受け取ったカップからは温かい湯気が上がっていた。

「薬があって良かった。」

しばらく前までは、魔物に噛まれれば、命を失うことが当たり前だった。もし、仮に運良く生きながらえたとしても、その時の傷、魔傷が元で、人格が崩壊し、これまでのように普通の生活を送ることが出来ない。良くて廃人、悪ければ犯罪者、それが常識だった。数年前に早期に投薬すれば、そんな魔傷の後遺症を防ぐことができる薬、が出来た、と、噂を聞いた。しかし、魔傷を癒すのは聖女の御技、を唄う聖徒教会にとって、その薬は偽薬であり、聖女の権威を脅かすもの、として忌避されていた。例え、それを大聖女ダイアナが後押ししていたとしても。それはダイアナ大聖女の御技によるもので、薬の効果では無い、と、聖徒教会は強弁した。


「本当に、そんな、夢のような薬があるのですか?」

ソンジョの問いに少女は困ったように微笑んだ。

「私の友人が何年も何年もかけて研究して作り上げた薬です。何よりダイアナ大聖女がお認めになり、自らも処方していただいている、と聞いていますけど、違うのですか?」

「僕のような下っ端には、よくわかりません。大聖女様は雲の上の人で、いつもお噂を聞くばかりで。それに、上の神官達には大聖女様を悪く言う人もいて。」

ソンジョはどうせ自分達はもう教会には戻れないだろうから、と知っている限りのことを色々話してくれた。

数年前から、平民の魔力持ち探しが半ば強制になっている事、碌に修行もしていないのに魔石狩りに駆り出され帰って来ない者も少なく無い事、聖徒教会内では声高に魔石不足が叫ばれるものの国民の生活であまり不自由は無い事、など。


「魔石不足は無い?」

「その、貴族の人たちの生活ではどうかわかりませんが、僕たちが使う程度の生活魔道具での魔石不足はないです。今までのように聖徒教会だけが魔石への魔力補充を行なっている訳ではなく、ダイアナ大聖女派の聖女様達が、率先して定期的に補充の場を設けてますし、この頃は少数の貴族の方々も参加されているとか。それに、これまでは捨てていたような小さな魔石を組み合わせて使うような魔道具も売られているので。」


『ラモンだ。』

魔導具の小型化を進めるのに、魔力供給元の魔石の大きさがネックになっていたのだ。

自分達が使う一点物の魔導具だけでなく、大量に使われる生活魔道具への魔力回路の開発に成功していたのか。

源石を使った大型魔導具の開発のみならず、そんな細かいこともやっていたとは。シモンの医・薬・農研究も進展しているのだから、あの二人は一つの体でどれだけの事を一体やってのけるつもりなのだろうか、と少々、いや、かなり心配になる。

それに、『ダイアナ様』

きっと魔力供給の手伝いをしている貴族、とはアルブレヒト王太子も含むのだろう。魔力持ちなら、ちょっとコツを掴めば、魔石への魔力供給など容易いことなのだ。今まで、やってこなかった事が、不思議な位だ。


「じゃあさー、なんで魔石狩りなんてしてるの?」

ご馳走様ー、と夕食を食べ終えて、シルキスが不思議そうに尋ねた。

「僕らは、ただ、命令されて連れてこられただけで、上の人の考えることは・・・。ただ、教会の上層部では魔物の魔石が緊急で必要、と、」

「あたし、聞きました。」

そう言ったのは、魔導車から降りてきた聖女だった。

「今回、参加させられる事になった時、これは聖戦だ、と言われました。魔物を狩って入れば、きっと魔人が出てくる。魔人は悪だから、倒さねばいけない。その為の戦いだ、と。」

「魔人・・・。」


まさか、こんな所で魔人の噂が聞けるとは。“魔人を倒すための戦い“。あまりにも、聞き覚えのある言葉。初代アイリが受けた大聖女の試練“魔人征伐“。今ここでその言葉が結びつこうとしていた。


「体はどうですか?何か違和感はありませんか?」

顔をこわばらせながら、早く続きか聞きたいと思いつつ、アイリは聖女に火のそばの席を勧める。

「食欲はありますか?スープいかがです?」

「ありがとうございます、頂きます。」

「ヨンヒ、本当に大丈夫か?」


見習い神官のソンジョの呼びかけに聖女がこくんと頷くと、彼の隣に当たり前の様に座った。その様子にアイリは思った。この二人は元から知り合いなのだ。恐らく、聖徒教会に入る前からの。この野営の状況に違和感なく馴染むなら貴族では無い。

「聖女様はヨンヒ様、とおっしゃるのですね。私はリン、金髪がミルで赤髪がシル、私の弟達です。私達は山火事を見て駆けつけたのですが、間に合って良かった。」

アイリはソンジョとヨンヒを助けたが、信頼してはいなかった。こちらの情報は最小限にしなければならない。既に最新鋭の魔導車を見せてしまっているのだ。


「助けていただいてありがとうございます。私の事はヨンヒと呼び捨てで構いません。去年までは、この近くの村の農家の娘でしたから。聖女様、なんて祭り上げられて、良い気になって・・・、ホント、馬鹿みたい。」

聖女ヨンヒの項垂れる頭をポンポンと軽く叩いて、ソンジョが続ける。

「僕も彼女と同郷なんです。僕はこの子より3年ほど早く聖徒教会に入会しました。今回の“聖戦“で彼女と再会して本当に驚きました。」

「私、昔からちょっとだけ、火の精霊の加護があったんです。それで、聖徒教会の洗礼を受けて、精霊付きになれて。だから今回の“聖戦“にだって“選ばれた“んだ、って思ったんです。一緒に聖女になった他の子達より優れているんだ、って。けど、そうじゃなかった。単純に、この近くの村出身だから、宿や食料の手配、道案内に便利に使う為だったんだ、そう、ここに来て気付かされました。だけど、悔しかったから、私はすごい聖女なんだ、って示したかったから、頑張って・・・。」

「ヨンヒは頑張ってたよ。」

慰めるソンジョに対し、横に座っていたシルキスが冷たく言った。

「いや、そこは止めるべきじゃね。だって、この子の魔力じゃ、魔物討伐なんて無理じゃん。死にたいの?」

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