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62 弁明

《癒しの力、精霊の友。》

ルーが考え込む。

「そこは、あくまで、私の想像ですよ。ですが、聖徒教会でも設立当初は、積極的に怪我人の治療や災害復興に貢献し、それを行なった教会員、彼らを聖徒と呼びますが、その聖徒を始まりの聖女に因んで“聖者“と呼び始めたようです。中には勿論、男性もいたのでしょうが、いつからか、女性の“聖女“を表に打ち出して行き、男性は“神官“として教会の運営を行うと区別されるようになって行った。始まりの聖女の印象が強すぎたのでしょうね。布教には“聖者“より“聖女“の方が有利だったのかもしれません。そして、元々、魔力持ちの多かった貴族社会との結びつきを深めていった。」


「しかし、精霊に愛される友が“聖者“ならば、聖徒教会に所属する必要はない。市井にも精霊に愛される友はいる。アイリ、あなたの様に。」

「ずっとね、不思議だったんです。どうしてあなたは、聖徒教会から逃げているのか。スン村に隠れていたんでしょう?そして、その後はイーウィニーのブラフ海賊貴族に匿われていた。この10年あまり。勿論、テラさんの事が直接の理由とは聞いています。でも、きっと、あなたを、いやもっと言えばあなた達姉弟を守る為だった。違いますか?ミルナスもシルキスも精霊の加護を受けている。この魔力の枯れかかっている土地には、精霊に愛された者“聖者“が必要。どうして、今、戻ってきたんです?10年前より、はるかに聖徒教会もシャナーン王国中枢部も“本物の聖女“を欲しています。あなたのその“四属性の精霊付き“はまさしく“聖女“。そして、今日、傭兵ギルドで見せたあの凄まじい魔力を持った二体の精霊。傭兵がギルドの掟を破って殺人を犯していた。それを暴いたのは、巨大な魔力を持った精霊を二体引き連れた少女だった。この事件は、恐ろしい速さで大陸中に広がりますよ。必ず、聖徒教会の耳にも届く。殺されたのが聖女であるなら尚更です。」


長い長い話を終えて、ヨシュアは自分もすっかり冷めてしまった花茶を飲んだ。誰も口を開かない中、ポロン、とリュートの音が響いた。

ギョッとして、皆、自分達の思考の海から浮上すると、そこには困ったような表情を浮かべた吟遊詩人のカイがいた。

「すみません、僕が聞いて良い話では無かったです。」

ヨシュアの口の端がヒクついていた。


「あー、気にすんな。今のは、どう考えてもヨシュアが悪い。」

脱力し大きく上を見上げてラモンが言った。その膝の上ではマリが気持ちよさそうに眠っている。

「いえ、全くもってその通りなんですけど、カイさん、あなた存在感なさすぎですって。ギルドでも知らないうちに、あの場にいましたよね。」

「声はかけました。誰一人、気がつかなかっただけで。まあ、あの二体の精霊がいたら、誰が来ても気がつかないでしょうけど。」

肩をすくめるカイに対し、ルーが居住まいを正して頭を下げた。

「カイ殿、度重ねてご無理を申し上げますが、ここでの話は他言無用に願えないでしょうか。先程も触れた通り、この娘を聖徒教会から守ることが、我々と彼女の母、テラ殿との間で交わされた契約でした。既に履行期間は終了しているとは言え、テラ殿とそのご家族の10年に渡る不自由な生活の結果を意味のないものにはしたくないのです。」


《ルー》

アイリは胸が温かいもので満たされた。この場でルーが頭を下げる必要など全くないのだ。

「お願いします。」

アイリもヨシュアも、ミルナス、シルキスそしてマリを抱き直してラモンも頭を下げた。

「大切にされていますね。」

アイリをじっと見ながら、カイは微笑んだ。

「僕はこんな生業ですから、信用ないかもしれませんが、お約束します。絶対に口外しない、と。ですが、」

「聖女だから、聖女が殺されたのがわかったのですか?」

振り出しに戻った。


「すみません、話がそれました。私が言いたかったのは、アイリがカタリナ姉さんと同じく預言の聖女ではないか、と言いたかったんです。」

「え?」「へ?」「あ?」「ほえ?」

ヨシュアの爆弾発言を受けて、それぞれの口から間の抜けた漏れた。

「違うんですか?犯人の質問に答えられなかったのは、まだ起きていない、これから起きる殺人だからじゃないんですか?」

周囲の反応にヨシュアも驚いている。

「だって、アイリって未来を知っている様な言動、多いじゃないですか。不自然に誤魔化すし。」


「あー、ははっ、そう、思ってたの、ね。」

なんとも言えない空気が流れた。

ポロン、鳴らされたとリュートの弦が、その場を救った。

「ヨシュアさんのお姉さんが預言の聖女様なら、その方の予言を聞いていたから、と言うのが、アイリさんの聖女疑惑も躱せて、一番無理がないのでないのでしょうか?」

《それだ!良いか?ヨシュア?》


翌日、ルーはカイとヨシュアと共にダブリス市庁舎を訪れた。市庁舎の応接室は各国を代表する工芸品が並べられており、さながら品評会場のようだ。流石は交易国家と言うところか。ルーとアイリが出会った年に、この都市の市長は交替していた。長年、首都ダブリスのみならず、ヴィエイラ共和国の繁栄に多大な貢献をしたレオナール・ジ・ビエールに代わっての舵取りはさぞや苦労が多かったのだろうが、それを感じさせない程、快活な男が、今のダブリス市長だ。男性としてはかなり小柄で隣に立つ憲兵隊長の胸程の高さしかない。だが、その頭の中には、取引のある各国の内情はもとより、はるか北方連山の向こうの国々や南の大森林を越えた先の今は滅びた国の知識も詰まっているという。ブラフ海賊貴族の当主を継ぐときに、先代から警告としてルーは言われている。「あの男の見かけに決して騙されるな」と。


そんな男を相手にアイリを守り抜かねばならない。何度か仕事で対面した事もあるヨシュアとも相談し、アイリには宿に残ってもらう事とした。彼女の美徳の素直さは、こう言う場では不利に働くからだ。それに結局は、どうしてアイリがあの傭兵の犯罪を知っていたのかは、誰も知らないのだから。

聖徒教会の預言の聖女カトリーヌ・ドメニクはラファイアット商会代表のヨシュアの実の姉であり、その姉の預言であの傭兵が将来聖女を卑怯な手段で殺害する事を知ったのだ、と言う説明は、だから、ルーが信じたい、納得できる説明だった。どうやってカトリーヌ聖女と連絡をとっていたのかはわからないが。そして、説明に付け加える。“アイリの行為は過剰反応だったかもしれないが、対象の凶暴性や卑劣な手段、アイリの年齢や経験の無さを考慮して欲しい“、と。


ヴィエイラ共和国にも預言の聖女の噂は届いており、その預言が複雑怪奇な経過を辿って真実となる一筋縄ではいかない預言である事ぐらい、この市長なら熟知していて当たり前だろう、と言う前提の下での交渉だった。

「成る程。」

如何にも関心したように市長は大きく頷いた。

「預言の聖女の名は勿論、存じております。また、告発した少女が、10年以上ブラフ伯爵の庇護下におり、その人となりを伯爵が保証して下さる。ましてやそこに、実際に雇った挙句に殺されかけた依頼人がいるのであれば。しかし、未然に塞がれてしまった聖女殺しの罪であの者を裁くわけにはいかないことは、ご理解頂きたい。」

「現在、余罪を調査中であります。吟遊詩人殿への罪状は殺人未遂となりますが、その他にも、あやつが護衛を請け負った依頼主で、行方の知れない者が何名かおり・・・、全く、前代未聞の殺人鬼が大手を振ってわしのすぐ目と鼻の先を歩いていたとは!」

憲兵隊長は、話をしているうちに怒りが再燃したのか、握った手をプルプル震わせ、頭から湯気が上がっているように見えた。

「きっちり、罪は償わせますぞ。」


「傭兵ギルド長は責任を取って退職。ギルドも解散し、半年間の社会奉仕を行う、と。ただ、もし、その後、許されるなら、傭兵ギルドを再興したい。自分はギルド長には復帰せず、投票で選出された者達による組織運営と外部監査も受ける。もう犯罪の隠れ蓑にはならない組織にする、そうです。」

そして市長は胡散臭さいっぱいの笑顔を見せた。

「彼女は自宅謹慎中ですが、直接謝罪したい、あの少女にも感謝の言葉を伝えたい、と嘆願書を提出していましてね。私としても、前市長の時から何かとお世話になっている方なのです。」『そちらの事情をこれ以上追及しない代わりに、会いに行ってくれないか?』

言葉にされなかった要望を正しく受け取って、ルーは答えた。

「こちらこそ、今回もギルドにお世話になろうと思って訪れていたのです。悪い芽が生えたからと言って、畑を全て焼き尽くしてまで浄化する必要などありません。むしろ、庇い立てせず、公明正大な対応に感服しております。私達としても、謝罪をうけるに否やはありません。」

焼き尽くす、庇い立て、公明正大、など、じんわり圧力をかけるルーを横目で見て、こんな駆け引きは自分にはまだまだ無理だ、と内心、こっそり、ため息をついたヨシュアだった。

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