63 傭兵ギルド長
「ようこそいらっしゃいました。この度は、ギルドの傭兵の犯罪を未然に防いで頂き、ありがとうございました。また、そちらの依頼主の方には、実際に重傷を負わせてしまい、誠に申し訳ありません。」
ルー達の元には、市長と会ったその日の内に、傭兵ギルド長から招待状が届き、なんと翌日には、傭兵ギルド会館に招待された。
対応の早さと言い、場所と言い、何か裏がありそうだが、少なくともルーの身分、ダブリス市長の仲介を無視して、何か事に及ぶとは考えにくかった。家畜達を予定通りインディーに任せて送り出し、先日、話し合いをした面々で傭兵ギルドに向かった。
ギルドの建物自体は閉鎖されており、表には憲兵が立って警備していた。一昨日の出来事を知らない傭兵や依頼に来た者達は、憲兵に止められていたが、アイリ達の事は連絡が入っていたいたようで、問題なく入ることを許された。
ホールは机も椅子も片付けられており、入ってきたアイリ達にカウンターで書類整理をしていた受付嬢が、すっと立ち上がると、「この度は大変ご迷惑をおかけしました。」と謝罪をしたのち、ギルド長室に案内した。彼女だけでなく、その他の残務整理をしていた職員もその場で頭を下げる。今後、仕事がなくなるかもしれない不安を一切表に出さないその態度に、教育が行き届いている事を感じさせた。
ギルド長室では、先日会った初老の女性が、彼らの訪れを静かに待っていた。
「改めまして、ヴィエイラ共和国傭兵ギルド長のミケーラ・チェルリと申します。傭兵
ギルドの長として、今回の事件は、私にも責任がございます。お聞きおよびとは思いますが、傭兵ギルドは近いうちに一度解散し、在り方を見直した後に、再出発したいと思っています。」
来客用のテーブルについたアイリ達に受付嬢がお茶とお菓子を置いて一礼して去っていく。
「在り方を見直す?」
すぐにお菓子に手を伸ばそうとしたマリを制し、ルーはギルド長に尋ねた。
「ええ、抽象的な表現です。ですが、結局の所、どの商売も信用で成り立っているのですよ。当然、お分かりとは存じますが、今回、貴方様が連れてこられた家畜が、事故に遭い全滅して相手方に届けられなかったとしても、それを不幸な事故、と取るか、貴方様が売りたくなくてわざと嘘を言っていると取るか。信用がなければ、当然後者と考えるでしょう。」
《謝罪に招いたとは、思われない、悪意に満ちた例えだな。》
顔を顰めて、何かを考えるようにルーが言う。
「例え話でございます。今回の事は、私どもの管理不行き届きが全ての原因。ですが、それを他人のせいにしたい者、また、そのような不満分子を操るのが好きな者も当然おります。」
そう言って、ギルド長はお茶を飲んだ。
『脅し?忠告?輸送中に何か起こると言うことか?』《ラモン、インディーに。》
頷いてラモンがマリを抱いたまま立ち上がった。そのまま窓際に移動し片耳に手を当てて何やら呟いている。
ここにいる人間の中で、ラモンが何をしているのかわからない者はギルド長だけだろう。天才魔導具師ラモン・ラファイアットの遠話の魔導具は、ここ数年でさらに性能に磨きがかかり小型軽量化にも成功していた。今、ラモンが身につけている大きさで高純度の魔石ならば、雑音も少なく、遠くへ音を届かせることが可能だ。
「とりあえず、無事。なんか馬で追いかけてきた連中がいたみたいだけど、引き離したって。まあ、俺様の魔導列車に馬が追いつけるわけないから、当たり前ちゃあ、当たり前。」
「?」
「ああ、お気になさらず。それで?我々もこれからウィト王国へ向かわなければいけないのです。ここへは、市長殿の顔を立てるために寄らせてもらっただけ。御用がお済みなら退室させて頂いてもよろしいでしょうか?」
腰を浮かせるルーに、ギルド長は慌てた。
「いえ、今回のお詫びと言っては何ですが、我々に、その家畜輸送の護衛をさせては頂けませんか?勿論、経費はこちら持ちで。」
《それこそ、信用の問題だ。今の傭兵ギルドに海を越えてまで運んできた貴重な家畜の護衛など、任せられるはずもない。》
一考だにされず、断られるとは思ってもいなかったのだろう。ギルド長は一瞬、その顔から表情が落ちた。
「何と?」
「ですから、傭兵ギルドの護衛はお断りします、と申し上げました。我らはここに謝罪を受けに出向いたはず。傭兵ギルドの立場をよくするための駒に使われるつもりはありません。」
「では、どうあっても、私のギルドを潰す、と?」
《アタシ達が何かしたから潰れたわけではないだろう。勘違いしてもらっては困るな。》
二人は睨み合った。
この部屋に入ってから、ルー以外誰もギルド長と話をしていなかった。それは、この場が、決して謝罪のためだけに設けられたものではないことを、全員が、仲介した市長を含めて知っていたからに他ならない。
しばらくして、ふっとギルド長が目を逸らした。
《やはり、貴方は思った通りのお方ですね。少し、この老婆の昔話につきあっては頂けないでしょうか》
彼女はイーウィニー語で話し始めた。
《傭兵と言う奴は、ならず者の集まりのように思われているかもしれません。確かに社会の嫌われ者が傭兵を名乗った時代もありました。ですが、決してそんな人間ばかりではないのです。》
《今から50年以上前、私が傭兵となった時、傭兵になるのに資格などは必要ありませんでした。誰もが勝手に傭兵を名乗り、個人で、あるいは集団で戦争に参加していました。その頃、南の大森林の向こう側、今はもう廃墟がかつての栄光を忍ばせるのみですが、その地にはまだいくつかの国々が覇権をかけて争っており、戦いのない日は無い程でした。私と兄は、そんな国の一つに生まれ、国が滅ぶと同時に傭兵となったのです。私たちはまだ子供だったため、大きな傭兵団に入り、雑用係をしながら、戦いの方法を学んでいきました。》
50年以上前、南の大森林の向こうの滅びた国、その言葉に、アイリはラモンを横目で見た。何を世迷いごとをと、今にも席を立とうとしていたルーも、この言葉に反応し、同様にラモンを見た。当のラモンは、苦いものを口にしたような顔をしている。
《その当時の傭兵は、その辺のゴロツキと変わりませんでした。戦場で戦うのはまだしも、その場で盗む、壊す、犯すは当たり前、むしろ、それが報酬の一部ですらありました。ひどい話でしょう?でも、その時の私たちにはそれは当たり前だったのです。その間違いを正してくれたのが、南の大森林に住んでいた紅蓮の魔女でした。》
今度こそ、アイリは絶句した。それは母テラの結婚前の呼び名だったから。




