第11話 自分を律するのは自分だと思う
市役所も今日は休み。
着替えを済ませ、神田と待ち合わせしている場所に到着した。
既に到着していた神田と共に軽い会話をし――。
二人、自販機で飲み物を買って、市役所内にある待合室で会話をすることになった。
俺がこの世界にきて一週間と少し。
市役所の仕事はまだ不慣れで皆さんの足を引っ張ることもあるが、真摯に仕事を進めているところで……。
生前叶わなかった、両親を安心させる職場に仮でも就いたのだと思うと、ほんの少しだけ……親孝行ができてる気持ちになった。
無論、自己満足の世界だが。
「死後、精神が安定しない人も多いのに……中島君は随分、精神が安定してるのね」
「え? そうなのか?」
「うん」
「なんで……だろうな? やるべきことがあるから安定しているのかも知れないし……俺も不安定だった頃はあるよ?」
「そうなのね」
「もうこの世界では保護者もいないのだから、自分で決めろって言われた時、なんか……納得しちゃったんだよね。吹っ切れたというか、何と言えばいいか分からないけど」
――もう自分を守ってくれる親はいない世界にいるのだと理解した時。
自分のこれからの事を、一人で決めないと駄目なんだと思った。
甘えてなんていられないのだと――。
自分に責任を持っていかないと駄目なんだと気付いた時……納得したんだ。
「まだ未来は決め切れない。俺は中途半端なのかな」
「まだ時間はあるし、今決めきれないならじっくり考えたほうがいいわ。……私が言えた義理じゃないけど」
「神田のことは……」
「許されなくてもいいの……。私の所為で中島くんの未来を奪ったことに変わりはないもの」
「……そうだな。それについては、俺もまだどこに落とし所をつければいいのか迷ってる」
実際、神田が相園を殺そうとして、俺が巻き込まれた事は……覆されない事実。
でも、だからといって、いつまでも神田を恨むのも違う気がして……。
相園を恨むかと言われたら、半分当たりで、半分どうしようもない気持ちがせめぎ合う。アイツさえいなければ――そう思うのは許して欲しい。
だが、いち職員として……自分の人生を投げ出さず、目指す未来へ行ってくれたほうが精神的にも楽なのは確かだ。
「俺は、相園に振り回されるような事がないように、市役所職員としての立場を忘れないようにしているつもりだ。一線を引いて、俺の心が醜く歪まないように」
「……そうね。あの人といると気持ちが歪むわ」
「理解してないんだろうな。この世界には、自分を守ってくれる親もいなければ、何もかもが自分の責任のもとで動いているって……」
「受け入れたくないだけでしょうね」
「ははは。神田は俺より厳しいな」
そう言うと俺は炭酸をカシュッと開けて飲む。
神田もココアを開けて飲んで、なんだか――遠い世界に来たのだと思う。
それに、虚無感と不安の中でも、必死にもがいていて生きている自分を感じる。
……いや、死んでるんだけども。
「その現実を……受け止めたくないだけで、アイツも必死なんだろう」
「取り乱してくれたほうが、対処のしようもあるのに」
「結構毒吐くな。いや、生前を考えれば……妥当か」
静かな市役所内で、二人、椅子に座って語り合う時間。
俺も……もっと毒を吐けたほうがいいんだろうが、性格的に合わない。
どうしても自分にブレーキが掛かってしまう。
本気で毒を吐く時は、相当頭にきた時だけだろう。
「しかし、相園が俺と一緒に転生するって言った時は、正直頭に血がのぼったよ」
「でしょうね。奴隷にしてほしいみたいな言い方だったもの」
「実際、自分の言う事をなんでもハイハイ言いながら聞いてくれる相手が側にいないと、自分を保てないみたいな」
「そういえば、生きてる頃もそうだったわね」
「自分こそがルールと思い込んでるのは危険だな……特にこの世界では」
「そうね……」
【異世界転生警備課】の人たちが動いたら、最早未来すら潰える。
それを理解していない人間もここには多いそうだ。
そういう問題児がいるがゆえに、彼等の仕事は休みがないのだろうなと思う。
性別に関係なく、規定に沿って淡々と処遇される。
そう思った途端、仄暗い気持ちと、それがいけないことだと思う気持ちがせめぎ合う。
(人の不幸を喜ぶなんて、しちゃいけないことなんだぞ)
他人の不幸を願いそうになった自分を叱責し、大きくため息を吐いた。
すると――。
「中島君は自分をそこまで正しい人間でいようとなんて、しなくていいと思うけど」
「いや、他人の不幸を願うなんて、しちゃいけないことだ」
「でも」
「人にしたことは自分に返ってくる……そう思うことにしている」
「……そっか」
「それに、仮でも職員だ。公平に見ないと皆さんに迷惑がかかる」
そう、俺は仮にもこの異世界転生審査課の職員。
自分の怨恨で相手の未来を左右することがあってはいけないと思う……。
無論、相園に関しては巻き込まれないようにする必要はあるけれど。
「……相園は、まだ部屋に閉じこもってるのか?」
「そうみたいだね。栗崎さんが怒ってたわ」
「そうか……」
「栗崎さんが言うには、そう珍しいことじゃないんですって。自分の現状を受け入れられない者たちは、相園みたいに閉じこもるから放っておけって」
「なるほど……」
(確かに、甘えた考えのままこの世界に飛ばされて、ひとりきり。閉じこもりたくもなるか……)
心配しすぎても仕方ない、と思うことにした。
この世界では、自分しか自分を守れない場所だ。
未来の決め方も、全て自分次第。
だからこそ――相園のような人間は、閉じこもるだろう。
「人生とはままならないものだけど、死後もままならないって……」
「転生したり、次の人生を歩むにしろ、ついて回ることだと思うけど?」
「確かに、違いないな」
そう言って最後の炭酸を飲みきり、俺は席を立って大きく深呼吸する。
俺の未来だって、まだ決まっていない。
相園の事を言える立場じゃないが、まだもう少し、この身体に未練を持ちたい。
そう考えるのは――悪いことだろうか。
シン……と静まり返った市役所内には、まだ人通りすらない。
まるで、皆が閉じこもっているようにも感じて胸がざわめく。
「……ままならないな」
小さく呟いた言葉に神田は答えない。
ただ、小さく頷き、ココアを飲んでいたのだった。
――その頃、警備課の端末に〝要注意〟の通知が点いた事は、まだ俺達は知る由もない。
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