『奥様のお母様』
遅刻遅刻〜!
若い頃、生真面目過ぎるだとか、可愛げがないだとか、嫌になる程言われた。
子が出来てからは厳し過ぎるのではないかと、夫にやんわり言われた事も何度か。
しかし、これがわたくしであり、何十年とこの我ながら不器用な生き方を続けてきたのだ。今更変えられもしないし変える気も無い。
とはいえ、わたくしの娘であるシャルロッテには少し悪い事をしたと思っている。子育て当時のわたくしは、とにかく立派な子を育てねばと必死で、厳しくするばかりでろくに甘えさせてあげる事も出来なかった。あの子はさぞ寂しい思いをした事だろう。
そんな思い出の苦さも、シャルロッテの婚儀が決まった時に「どこに嫁いでも恥ずかしくない娘に育てて頂きました」と、他ならぬシャルロッテ本人に言われた事で緩和されたりもしたものだ。
嫁いで行くあの子を見送る時に、人生で初めて涙しそうになったが、夫によると全く悲しみが表に出ていなかったそうで、久しぶりにこの鉄面皮が憎くなった。
シャルロッテが子を授からないとは、風の噂で聞いていた。あの子は真面目すぎて、考え過ぎるあまり自分を追い詰めるきらいがあるから、心配していたのだけれど。
「養子を……?」
「そのようだね」
夫からもたらされた話を聞いてわたくしは、即座に養子となるその少女の事を調べた。不審だったのだ。
何故なら、養子を取るならば普通跡取りとして男児を望むだろうし、少女の生家は最近良い噂を聞かなくなった家だった。
まさか娘が年端も行かぬ少女に騙されはしないだろうが、絶対などという事は無い。
そして調べた結果を目にして、わたくしはますます困惑した。
少女の名はアンジュ。妾として身売り同然に買われ、どんな経緯を辿ってか養子にと望まれる。経緯が分からないのは、あの家の使用人達が揃ってやたらと口が堅く、余計な事を決して漏らさないから。危険を承知で忍び込んだ影が手に入れた情報は、アンジュという少女が使用人達に気さくに接していて、礼を欠かさない、という事実だけだったらしい。
これはわたくし自ら乗り込んで行くしかない、という結論はすぐに出た。
娘の嫁ぎ先など敵地でもあるまいし、新しく出来た孫娘の顔を見に行くのも不自然な話ではない。夫は何やら悪巧みして、執事に扮していた。
そうして訪ねた娘の嫁ぎ先で、まず女主人としてわたくし達を出迎えた娘の明るく堂々とした姿に、安堵した。同時に件の少女とも顔を合わせたが、少女はわたくしの無表情を見ても怯えもせず、人懐こい笑顔さえ浮かべてみせた。
「初めまして、アンジュと申します!お祖母様……だと被っちゃいますね……」
「ではわたくしの事はジェンナ、と」
「ジェンナお祖母様ですね!」
アンジュはわたくしの目から見て、裏も何もないただの少女だった。年相応に無邪気で、少し気を遣い過ぎる、ただの少女。
しかし行儀作法の家庭教師として、様々な少女達と関わってきたからこそ言える。裏表が無く、無邪気で、気を遣い過ぎる……そんな普通の少女などいやしない、と。
シャルロッテが養子にしてまで手放そうとしない理由が分かった気がした。稀有な少女だ。側にいるだけで幸せのお裾分けを貰った気分にすらなれる。
故に、危険だ。
この少女が道を踏み外したらどうなるのか、考えただけで恐ろしい。この少女を教え導く者が必要だ。
「あの、お母様。家庭教師として、アンジュに教えを授けてはいただけませんか?」
なので、シャルロッテの申し出は渡りに船だった。行儀作法の家庭教師として、王家の方々にすら教鞭を取った事もある。やってできない事は無い、というか、下手な教師をつけられて、偏った思考を植え付けられる方が恐ろしい。
こうなったら行儀作法に限らず、教養もダンスも、果ては刺繍だって、教師をつけて教える事は全て叩き込んでしまおう。アンジュを甘やかす者は大勢いるのだから、わたくしは嫌われ役を引き受けよう。
沢山の収穫について頭を巡らせながらの帰りの馬車で、ふらりといなくなっていた夫の話を聞いた。夫は執事に化けて、使用人達から話を聞いていたらしい。
曰く。
1人残らず名前を覚えられて、茶の味を毎回変化に気付いて褒められる、と、侍女達は誇らしげに自慢していた。
毎日欠かさず、食事の感想と感謝の言葉を頂ける、と、料理人達が喜んでいた。
庭師はアンジュの笑顔見たさに美しく咲いた花を献上し、アンジュはアンジュで大層喜んで部屋に飾っては栞にしたり乾燥させたりするものだから、アンジュの部屋は花だらけだ、と、専属侍女が言う。
「使用人に年頃の男がいなかったのが救いだと思ってしまったよ」
「それはまた……」
アンジュの家庭教師を始めてから、夫の言葉に嘘偽りが無かった事を実感した。アンジュは人気取りの為ではなくて、当たり前の事として使用人に感謝をする。それらは亡くなった母君の教えであるらしかった。
わたくしがいくら厳しくしても、アンジュはわたくしの来訪を喜び、「ジェンナ先生!」と呼んで慕ってくれる。
わたくしは時々、鉄面皮が剥がれている気がして、意識して表情を引き締める始末だ。
……正直、わたくしはもうアンジュに籠絡されているのかもしれない。最早、この雛鳥のような少女に冷たく出来る自信は無かった。
というわけでリクエストその1、奥様のお母様視点でした!
次は王妃視点になると思います。




