『商人の息子』
ここから先は本編終了後、彼らのその後みたいな感じでしょうか。
トップバッターはよく来る商人の放蕩息子です。リクエストにはありませんでしたが必要なエピソードなので!
小さい頃から女性が好きだった。柔らかくていい匂いがして、そして何より可愛い。むさい男なんかよりも可憐な花を愛でたいと思うのは自然な事だろう?親父には「生粋の女好き」なんて言われたが、事実だ。別に構わない。
女の子を口説いては楽しい時間を過ごす。俺の毎日は充実していたが、成長しても一向に放蕩息子状態から抜け出さない俺を見て、親父は危機感を持ったらしい。ある日、引き摺るようにしてお得意様の屋敷に同行させられた。
何でも大貴族だが礼儀に寛容で、経験を積ませるのにとても最適であるらしい。
大貴族相手にその扱いは不味いのではと思ったが、何と先方は、良い品を適正価格で持って来さえすれば見習いを連れて来ても構わない、と言っているらしい。
そんな訳で、俺は奥様とお嬢様に親父から叩き込まれた挨拶をして……。しようとして……出来ていたのか記憶に無い。
緊張のあまり記憶を飛ばした?いいや、俺は例え大貴族相手だって萎縮するようなやわな性格じゃない。
俺が覚えているのは……まず奥様を見て噂に違わぬ美しさに感嘆し、隣のお嬢様が奥様と年の離れた姉妹くらいにしか見えなくて驚き、そしてお嬢様に微笑みかけられて、堕ちた。
どこかへ旅立っていた思考が舞い戻った時、これが貴族の令嬢の力なのか、と戦慄した。
可愛い。とにかく可愛すぎる。
町娘には無い洗練された美しさ。しかも俺と目が合う度に微笑みかけてくれるのだ。
親父は俺の熱に浮かされた状態を見て、渋い顔で言った。
「早まるなよ。お嬢様は大貴族の御令嬢なんだからな」
「分かってるよ!……あー、可愛かったなあ……」
「……駄目だこりゃ」
貴族の令嬢ってあんな可愛い子ばかりなのだろうか。それなら親父の仕事に着いて行くのだって苦にもならないな。
それから俺は散々、親父と一緒に様々な貴族の屋敷を訪問した。
そして分かったのは、アンジュお嬢様が特別であるという事。
基本的にご令嬢達は、俺達商人を同じ人間だと思っちゃいない。精々物を売りにくる機械か何かくらいにしか思っていないだろう。
そしてやたらと気位が高くて、癇癪をすぐ起こす。物を投げられたのも一度や二度じゃない。
いくら顔が綺麗だってそんな女性は御免だ。危うく女の子が苦手になるところだった……街に行って素朴な女の子達と触れ合ったら苦手意識なんて吹っ飛んだが。
結論、つまりアンジュお嬢様は天使だって事だ。
しかしアンジュお嬢様と俺の間には身分差という深くて長い川が横たわっている……。
それはそれとして、アンジュお嬢様と顔を合わせそうな機会があったら逃さず通い詰めているお陰で、顔を覚えてもらえたようだ。「あ!商人さん!」と声を掛けられた時には嬉しすぎて空も飛べるかと思った。実は俺、まだ商人じゃないけど。
アンジュお嬢様の俺への認識が事実になるように、本格的に商人の仕事を親父に学び始め、不義理になるから女の子へ声を掛けるのも控えたら、親父とお袋は泣いた。親父は秘蔵の酒で晩酌を始め、珍しくお袋も一緒になって飲みながら、俺の幼い頃の思い出話を始めた辺りで、俺は居た堪れなくなって退散した。親孝行もしたくなった。
何となくで生きていた俺の人生にやりがいとか充足感とか、そんなものを感じられるようになり始めた時の事だった。
俺は街中で、アンジュお嬢様を見かけたのだ。変装、というか町娘の格好をしていたが、俺がアンジュお嬢様を見間違える筈は無い。それにあんな見事な金髪の持ち主は早々いやしない。
アンジュお嬢様は……旦那様ではない、見知らぬ男と笑い合っていた。
黒髪の男だ。アンジュお嬢様よりも頭ひとつ分以上は高い身長でひょろりとしている。一見街の者と変わらないように見える服も、相当仕立てが良い事に俺は気付いた。何より、散々貴族を見てきたからこそ判る……あの男、相当身分が高い。
俺は気付けば、2人の背後に忍び寄り、話を盗み聞きしていた。人通りが多いからこそ出来た事だ。
「ーーまさかこんな所で会うなんて思いませんでした!」
「そうですね、私のような引き籠もりがアンジュ嬢とこうしてご一緒出来るなど夢のようです」
「あは、大袈裟ですねえ。それに引き籠もりなんてご謙遜を」
こ、れ、は……。
偶然街中で遭遇しただけの知り合い!男の方はどう見てもアンジュお嬢様に惚れているが、アンジュお嬢様は全くそんな様子を見せていない!
俺は安堵の息を漏らしながら、2人からそっと離れた。離脱途中、男の紫水晶のような温度の無い目と目が合った気がしたが、気のせいだと思っておくことにする。
しかしそれから、俺は街中でアンジュお嬢様と黒髪の男の組み合わせを何度も見かける事になる。
「……で?毎回わざわざアタシに愚痴言いに来るの、どうかと思うわ」
幼馴染みのソフィアが、俺を冷たくあしらう。ソフィアは昔から服が好きで、今では大衆向けの服屋を営む女店主だ。
「ていうか、アンタ女関係の整理ちゃんとしなさいよ。アンタに振られた女がアタシの所に来て文句言うもんだから、いい営業妨害よ」
「う、それは……悪いと思ってる」
ソフィアは深く溜息を吐くと、じとりと俺を睨んだ。
「ね?アンタは告白もままならないお嬢様の恋愛模様に首を突っ込んでる暇は無いでしょ?分かったら仕事に戻る!」
俺の心を容易く揺さぶるのはいつだってアンジュお嬢様だ。
何を言われた訳でも無い、ただ、いつものように屋敷の中で、買う物を吟味するお嬢様の髪に輝く見慣れない紫水晶の髪飾りを見て、俺の胸中に嫌な予感がへばりついた。
次は奥様のお母様視点だと思います。
これからは不定期更新になるかもしれませんがよろしくお願いします。




