【第一章】令嬢と宝石の精霊②
今回は少し短めです。
大国ウィクトリアの城下には商業の発展と共に栄えた街がある。
通称、花冠の街。
王家の膝下、日々東西南北様々な国の人や物が行き交うその場所を、多彩な花を集めて作った王冠に例えてそう呼ばれている。
中央の広場から王城へと続く道は、パレードでも使われるとても広々とした通りだ。多種多様の店が道を囲むように軒を並べ、張り出したカラフルなテントの下で土産物や花、青果がこんもりと盛られ売られている。
人が増えた街には住居以外にも、公園や教会、博物館などの施設も建てられていて、どこへ行っても活気が絶えない。
――チリリン。
小気味良くドアベルが鳴る。
ミシュアがその日やってきたのは、カフェやレストランが並ぶ通りの一角にあるチョコレート専門のお菓子屋さんだった。
濃厚な甘く香ばしい香りにはいつ来ても心が躍る。
(はっ! 違う違う! 今日はエーテル様のお礼を買いに来たんです!)
落ち着いた雰囲気の店内に上品に陳列されたお菓子たちはどれも可愛く美味しそうで、本来の目的から目移りしそうになったミシュアは心の中で自分を叱咤する。
「い、いらっしゃいませ!」
結った髪を押し込んでいるボンネットを目深に引っ張り、棚に向かって一人で反省していたところを店員に声をかけられた。
「あ、こんにちは」
「いつもご来店ありがとうございますっ!!」
振り返った先にいた店員は、そのまま手前に転がっていきそうな勢いで腰を折った。
彼はミシュアが初めてこの店に来た時から親切に案内をしてくれる顔なじみだった。
健康そうな肌に散ったそばかすがチャームポイントの逞しい背格好の彼は、こう見えて甘い物が大好きで、街で流行っているお菓子の情報なども教えてくれる。仕事熱心な人らしく必ずこうして声をかけてくれるのだ。
「きょ、今日は!! どんな物をお求めですか!!」
「お世話になってる友人のお母様に贈り物をしたくて、お勧めがあれば教えていただきたいです」
「プレゼントですか!!」
店内に彼の溌剌とした大音声が響く。
仕事をしながら二人の様子をうかがっていた彼の先輩店員は、そんな彼女が来た時だけ挙動不審になる後輩に完全に引いていた。
顔を真っ赤にさせ、肩も上がりに上がって、遠目からでもそういう意味でガチガチに緊張している事が分かるというのに。
如何せん、それが相手に全く伝わっていないのだから、いいのやら悪いのやら。その店員は乾いた笑いを漏らす。
――ふと、ミシュアが視線を感じてそちらに視線を向けると、カウンターの奥にいる女性と目が合った。にっこりと微笑まれる。
話す機会はなかったが彼女もよく見かける店員だ。
彼女は手際良く隣のショーケースから箱を取り出すとミシュアに差し出した。
「贈り物なら、こちらをお勧めしてますよ」
「先輩! 彼女の案内なら俺がやりますよ!」
「うるさい。毎回そんな狂った態度で接客なんてされたら、他の客もいなくなるっての」
「ええひどい!」
(……何でしょう。こんなようなやり取りを最近見たような気がします)
二人の間に割って入る隙もなく、言い合っている姿にミシュアはそれとない既視感を覚える。
それからすぐシマトネリコと風の精霊を思い出して一人納得した。
「あなたも毎回毎回こんなのに付きまとわれて、ごめんなさいね」
「いえ、私はたくさんお話が聞けて楽しいですよ」
「なんてこった!! 夢なら覚めないで!!」
「だからうるさいって」
親切にしてくれたことはあれど、つきまとわれて、というほど何か迷惑なことをされた覚えはない。
小首を傾げそう告げると、彼は小刻みに震え出し顔を両手で覆って叫ぶ。
女性店員はそんな彼を躊躇なく押しやった。
「別に悪い奴じゃないんですけど、今ちょっと面倒くさい病患ってるせいか、気合いが入り過ぎちゃってるんですよねぇ」
「ああもう、またそんな! 患ってると言えば患ってるかもしないですけど、彼女が来てくれるだけで治るというか、むしろ一層酷くなるというか……いやいや、もう一目見れるだけでも幸せというか……ぐふっ!」
後ろに追いやられ、尻すぼみになっていく言葉は手前に立つ女性店員にしか聞こえない。ついでにその女性店員が男性店員を肘でどついたのも、巧妙に隠したおかげでミシュアの位置からは見えない。
「とにかく、贈り物ですよね? このチョコレートはどうですか? 今の時期限定なんですけど見た目も味も女性から好評なんですよ」
そう言って改めて差し出された箱の中を覗くと、大振りな葡萄の粒ほどの大きさのチョコレートが9つ、綺麗に並べられて入っていた。
「わぁ、可愛いです……!」
「中にチョコレートムースとラズベリーソースが入った一口サイズのチョコレートです。上に乗ってるのは砕いたピスタチオと中に入っているのと同じラズベリーソースで、酸味も効いてるので全体的に甘さ控えめなのが特徴ですね。女性だけじゃなくて甘い物が苦手な人にもお勧めしてるんですよ」
ころんとした可愛らしい姿のチョコレートには、鮮やかな薔薇色のソースが花を描くようにかけられており、添えられたピスタチオの緑色ともぴったりだった。
味もさることながら、ここのお店は見た目もいつも凝っていて、つい欲しくなってしまう。
屋敷の温室にいる花を被った小さな精霊のように可愛いチョコレートをミシュアは一目で気に入った。これなら花の中でも特に赤い薔薇が好きなエーテルにも喜んでもらえるだろう。
「これにします!」
「かしこまりました」
彼女は慣れた手つきでそれを光沢のある紙に包み、金色のリボンをかけてくれる。
観光客が多いこの街では、贈り物用にこうしてラッピングしてくれる店が多い。
チョコレートも一昔前までは貴族しか食べられない高級品だったが、今では庶民も楽しめる嗜好品の一つになり、そういった意味で買っていく人が増えたのだと云う。
「これからも是非ご贔屓に」
「ま、また! またいつでもいらしてください!!」
そして、彼女にずっと拘束されていた男性店員がミシュアの前に転がり出た。拘束の理由は謎だが、客には分からない店側の事情だろうと結論付ける。
「はい、もちろんです。また色々教えてくださいね」
「っ、なんという、感!! 無!! 量!!」
相変わらず床とぶつかりそうな勢いで挨拶をする彼に見送られ、ミシュアは店を出た。
その後、閉まったドアの向こうで、首根っこを掴まれ引きずられていく彼がいたことをミシュアは知らない。
ピスタチオ美味しい。
本当は名前があった店員くんでしたが、
土壇場でなくなった可哀想な子。
店員ちゃんは書いてるうちに予定より出番が増えました。
次でやっと物語が少し前進します。