スレ49 目が慣れれば体も慣れる
大鎌が振るわれるたび、小槌がゆらゆらと揺蕩い宙を彷徨う。
高速で放たれる刺突も、光の速さで飛んでくる矢もすべてそれらが弾いていく。
激しい攻防は何度も繰り返され、終わることのない千日手を観客に見せているようでもあった。
「半端ねぇな……俺だったらもう一度ぐらい受けてるぞ」
「無傷なのよね。普通、光魔法が相手のときは動きで負けるはず……なのにアサマサは、体の駆動で先読みをしてすべて捌いている」
「この学園でんなことできる奴……そう多くはいねぇよな」
「少なくとも、対抗戦には出てこないわね」
地球に居た頃から気で眼を強化して投擲を躱す練習をしていたので、アサマサにとって光の速さは読み切れないものではない。
グリアルムが痺れを切らせて攻撃中に口頭で詠唱を行おうとするが、アサマサは魔力の塊をぶつけて詠唱を阻害する。
「あれだって無属性魔法の“魔力弾”ですらない。ただ指先から魔力を纏めて、放っているだけ。けど、あまりに魔力の運用がスムーズすぎるわ」
「どういうことだ?」
「つまり、魔法を使おうと意識した瞬間に魔法が発動するのよ。というか、アサマサはまだ一度も詠唱していないじゃない」
「適正が高い闇魔法と無属性だけだろ? それなら俺も火でできるぞ」
魔法属性に高い適性を持つ者の中には、必要となる詠唱をせずとも魔法を行使できる者がいる。
ただ、詠唱を行った場合よりも多く魔力を消費するため、緊急時以外は使われないことが多い。
「詠唱破棄のその上──無詠唱には明確なイメージが必要。同時に魔力の運用を正確に行い、的確なタイミングで魔法として外部に放出する……そうよね?」
「あ、ああ……間違ってねぇな」
できないわけではない。
学園に入学できる者たちは、一定の才能を持った者たちばかりだ。
「ブラスト、あんたが無詠唱で魔法を使うときはどうやってからそれをやる?」
「んなもん、集中してから──ッ!」
「……そう、あんな出鱈目な動きをしながらできることではないの。S級の冒険者とか勇者みたいなお伽噺にもなる人たちならたぶんできるけど、学生で……しかもXクラスの私たちには難しいでしょ」
さらに言えば──先に挙げられた者たちもまた、本当の意味で無詠唱を駆使することはできていない。
彼らはスキルとしての無詠唱を持ち、そこに内包された補助効果によって発動までの過程を省いているのだ。
だがアサマサは、無詠唱スキルを所持せずに無詠唱を行っていた。
[二人とも、あれは無詠唱だけど無詠唱じゃない]
「どういうこと?」
宙に浮かんだ文字の羅列を見て、そう尋ねるフェルナス。
返事が長文なためか、少し時間をかけてからサーシャは返信する。
[詠唱が要らないだけ。あれはただ、魔力操作で自分の中にある魔力を飛ばしているだけだから]
「「……は?」」
[籠められた魔力の量が多すぎて、魔法みたいに見えるだけ。あれは誰にでもできる……だからこそ、誰にもできない]
もともと、魔力に蓋が抑えられていた頃からアサマサは魔力を使いこなしていた。
滲み出た魔力を複数の用途で使い分け、枯渇した魔力を蓋の中から急速に吸い出す。
そうしたことを何度も繰り返しているうちに、無意識下でも繊細な魔力操作を行えるようになっていった。
故に、蓋が外れた今──その繊細な魔力操作技術は、力を余すことなく外部に放出するあの現象に、一手貸しているのだ。
観ている側にはそれを解説する余裕があるが、受ける側にそんな余裕などない。
速射される魔法の弾丸を、光属性の強化魔法で危うげなく回避していく。
兄妹は瞬時にアイコンタクトを交わして、決着をつけるために動き始める。
「うぉっ! 速ぇな!」
「ヴィクリー家の十八番──『亜光速』。アサマサはどう乗り切るのかしら」
アサマサの周りをグルグルと囲い込むように、兄妹は動き回り狙いを定めさせない。
とても魔力消費が激しい魔法だが、使わずに負けるのは彼らにとって屈辱に値する行為でもあった。
──全力を以って、アサマサを倒す。
これまでの無礼を詫びるように、兄妹は持ち得るすべての力を振り絞って戦う。
「……ハッ、アサマサも?」
「嘘……どうして」
だが、アサマサも負けてはいない。
光速──いや、神速で動く相手と何度も練習を重ね、眼を強化さえすればどうにか喰らいついていけるようになっていたアサマサ。
この世界で手に入れた魔力という技術を振り絞り、対等に戦えるまでに持ち直す。
[魔力を全部身体強化に回して、亜光速に到達している。体に万遍なく強化ができているから、負荷もなく動けている]
隙を見せたアサマサに突きを入れた……と思えば、振るわれた小槌が横から襲いかかり攻撃は中止に。
武器を掻い潜るように腕を狙った一矢……もまた、魔力によって加速された矢の衝撃を受けて相殺される。
[そしてアサマサは……まだ加速する]
亜光速のその先へ、光速を超えた神速の領域へ体を持っていくアサマサ。
刹那の時を引き伸ばし、己のみが動ける世界でそっと兄妹に触れていく。
そして何事もなかったかのように、ゆっくりと訓練場から出ていった。
──その直後、二人は意識を失って地に倒れ伏すことになる。




