↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生命は廻り世界は続く  作者: 桜坂 春
三章 〜淡路遠征〜
PR
47/79

番外編 犬猿の仲

 二人分の足音が、静かな森の中に響いた。それに混じる喘鳴が彼らの焦りを表している。

 水望達と別れてから早半刻ほどが過ぎた。主の救出を彼女らに任せ、俺達は今、緊急事態にあるという洲本城へと向かっているのだ。

「おい道風。あまり遅れるな」

「分かってる」

 俺はすぐ後ろを走る少年に檄を飛ばした。感情豊かな彼にしては珍しく、素っ気なく返事を返してくる。くだらない返事をする余裕が無いのだろう。無論、それが当然だが。

 再び、地面を蹴る音と彼らが継ぐ息だけが森の中を駆けた。

 さっきの場所から山頂を迂回しつつ北へと向かっている。随分と前に尾根を越えたので、もう間もなく城が見えてくるだろう。着岸地点と城との距離はそれほど遠くなかったはずだ。

 その時、密集していた木々が唐突に途切れた。視界が開け、薄雲に遮られた弱々しい陽光が眼に飛び込んでくる。

「見えたっ」

 背後からそんな声が聞こえてくた。いちいち声に出さずとも分かるのに。苛立ちを覚えつつも、俺は小高い崖の下を見下ろした。

 眼前に広がるのは、城を中心とした城下町。堺の町より規模は小さめだが、残念ながら藤神領の市よりも沢山の建物が立ち並んでいる。それらの中心に建つ洲本城は、堅牢な石垣に囲まれ、二層の白塗りの壁が質素な町並みに映えていた。

「……なるほどな」

 俺の低い呟きに、道風が息を切らせながら眉を寄せる。

「何が?」

「行くぞ」

「ちょ、ちょっと!」

 短い応酬を早々に切り上げ、俺はその崖から飛び降りた。それほど高さは無い。一瞬の落下の直後、衝撃が足を通して全身に伝わる。膝を曲げ、その衝撃を極力体外に逃がす。手を付いた地面は少し湿っていて、僅かに冷たい土が付着した。その土を払い立ち上がりながら、鋭い目つきで辺りを睨んだ。

 空気が重い。これが、色葉様や水望さんのような魔導師が言う「魔力」というものなのだろうか。うなじを軽い痺れが走るような、そんな感覚がする。あまり心地よいものではない。

 禍々しい気を感じながら、俺は再び誰もいない城下町を走り出した。

「……何があったのかくらい、教えてくれてもいいのに……」

 背後をぴたりと付いて来る道風がそんな呟きを吐き捨てたのが聞こえたが、俺はそれを完全に無視した。言いたい事があるならはっきり言えばいい。

(やっぱりこいつは気に食わない)

 陸の吐く息に、嘆きのような響きが重なった。

 

 

 

 城が目前に迫ったその時、狼の遠吠えが僕の耳朶に突き刺さった。その凶悪さに全身に力が入る。それは目の前の陸も同じようで、彼も周囲を警戒しつつ腰の刀に手をかけた。

 今の声でようやく、先ほど陸が見たものが分かった。魔物だ。魔物がいるのだ。

 脳裏によぎる嫌な予感。背筋に走る冷たいものを感じながら、ふと視線を右にずらした。

「陸っ!」

 その時、視界の隅を紅い何かが掠めた気がした。反射的に声を上げ、自らの刀を抜き放つ。その声を聞いたのかは分からないが、陸は瞬く間に横へ跳んだ。丁度その場所。陸が走っていたその場所に紅い何かが躍り出てきた。抜き放った刀を煌かせ、その紅い色を真っ二つに叩き切る。

「かたっ……!」

 両腕に走る強烈な痛みに、思わず声を漏らしてしまった。やはり魔物だ。断末魔と共に紅い身体が細かなマナとなって霧散していく。その無数の粒子を全身に浴びながら、視線を隣の陸に向けた。

 目が合った。その漆黒の瞳は、何かを訴えようとしていたが、それはすぐに逸らされてしまう。

「…………気を抜くな」

 彼の普段どおりの小言を聞いて、自身の顔に不敵な笑みが戻った。

「分かってるよ〜」

 気を抜いた事なんて、一度もないからね。

 そう内心続けて、意識を前方に集中させた。

 この道を真っ直ぐ行った先に城門がある。よく目を凝らせば、そこに数人の兵士らしき人が武器を構えているのが見えた。あそこまでたどり着ければ、あるいはこの状況が分かるかもしれない。そう思った僕はさらにその足を速めた。

 あと少し。荘厳な門構えの城門が見る見るうちに迫ってくる。向こうも自分達に気が付いたのか、焦燥の色を僅かに顔に浮かべながら、その内の一人が歩み寄ろうとしてきた。

 その時不意に、陸の背中に視線が吸い寄せられた。先の何かを訴えるような瞳が脳裏に蘇る。すぐ目の前を行くその背中は、何だかとてもーー

 刹那。

 地面と空が逆転し、世界がぐにゃりと歪んだ。訳が分からないまま、目まぐるしく変わる景色の中を転がっていく。

「っく、ぁ……!」

 ようやくそれが止まったかと思った瞬間、全身を激しい痛みが貫いた。自らの口から言葉にならない呻き声が漏れる。うつ伏せの状態で倒れ込んでいるようで、土の匂いがやけに鉄くさく感じた。

 誰かの叫び声が聞こえた。だが、何を言ってるのかは聞き取れない。朦朧とした意識の中には、ただ視界に映る紅い何かしか存在しなかった。

 何者かに突き飛ばされたのだ。それもとてつもない力で。

 上体を起こし、僕は突き飛ばされた方向を見やった。するとそこでは、蛇とも蜥蜴とも似つかない紅い魔物が、ちろちろと血のように赤い舌を出し入れしていた。その巨大な胴には短い足が何本も付いていて、濃淡のはっきりしない色彩が蠢いている。その醜い姿はまさに化け物だった。僕を突き飛ばしたのは、きっとこいつだ。

 窪んだ眼窩がんかと目が合った。僕が見えているのかは分からないが、明らかに獲物を狩る寸前のような雰囲気だ。一歩、また一歩と近づいてくる。

 その醜悪な顔から細い舌が伸びる。そして、土に汚れた僕の頬をなぞった。

「っ……!」

 身も凍るような寒気が這い上がる。粘つく感触が気持ち悪い。だが、声を出す事すらままならない。歯を食いしばり、その大きなあぎとが開く瞬間をまじまじと見つめた。粘着質な体液が鋭い牙の隙間から零れ落ちる。それは点々と地面に染みを作りながら、徐々にこちらへと近づいてきた。

 何かが心の中ですとんと落ちた。

(僕なんか食べても、美味しくないと思うけどな……)

 そう心の中で笑った。そこには、妙に落ち着いている自分がいた。

 僕は怖くないのだろうか。死というものが。それが何なのか、よく分かっていないのだろうか。いや、違う。なぜなら僕は、すでに死を「知っている」からだ。それがどういうものか、僕は知っている。

(……だから、落ち着いていられるんだね)

 その瞬間、自然と笑みがこぼれた。穏やかな吐息を、目を瞑りながら吐き出す。閉じた瞼の裏には、何も、何も映らない。

 

 ああ、暗いなぁ。

 

 その時。

「道風ぇ!」

 いつもいつも僕を叱咤する声が、やけにはっきりと脳裏に蘇った。分かってるよ〜、と適当に返事を返した事は数知れない。今になって、もっとちゃんと聞いておくべきだったなと少し反省した。もう、何もかも遅いけど。

 そう諦めかけた道風の頬に、突如何かが触れた。魔物の舌などではなく、ひんやりとした、硬い何かが。

 恐る恐る目を開いた僕は、その何かを見て絶句してしまった。

 少し色素の薄い僕の瞳がそこにあったのだ。しろがねの輝きが眼に眩しい。ゆっくりと首を巡らせると、完全に表情の消えた顔が僕を見下ろしていたのが見えた。その顔の向こうには、いたはずの紅い魔物の姿はどこにも無かった。

「……怪我はないか」

 そう低く尋ねられた僕は、冷や汗を浮かべながらも、ぎこちなく首を縦に動かす事に成功した。そうか、と嘆息交じりの声が降ってくる。頬に押し付けられていた陸の刀が、鮮やかな手さばきで彼の腰の鞘へと収められていった。

 その瞬間、彼の瞳にまたしてもあの色が去来した。何かを訴えるような瞳。先ほどはすぐに逸らされてしまったが、今度はじっと見つめられている。

「な、なに……?」

 刃物が迫った事による単純な恐怖に身を強張らせながら、僕は彼の目を見上げて尋ねた。すると彼の口から、いつになく真剣な声音が返ってきた。

「……簡単に諦めるなよ、生きる事を。勝手に死ぬなんて許さないからな」

 おまえはおれと、と口が動いた瞬間、陸の後ろから誰かの足音が聞こえた。先ほど歩み寄ってきていた一人の兵士だ。陸ははっと口をつぐみ、普段の誰かを叱咤する表情に戻った。

「お、俺と同じ主を持つ一介の武士なら、魔物ごときに負けない気概を見せろ! 全くお前というやつは……!」

 目をかっと見開き、陸は鬼のような形相で息を吸い込んだ。一瞬の静寂。そして。

「恥を知れぇぇぇーーーーっ!!」

 大音声の檄が響き渡った。

 瞬間。遥か彼方の山の麓から、天を衝くほどの火柱が立ち上った。なんという奇跡か。

 まさに怒髪天を衝く。城下にこだましたその声は、余韻を残しながら徐々に消えていった。未だ城下に残っていた魔物達も、その絶叫を聞いたのか、蜘蛛の子を散らすように森へ逃げ帰った。先程まで漂っていた禍々しい気が一瞬で消え去る。

 目を数回瞬かせて、僕は口を開いた。

「……えっと〜、陸さん?」

 僕は慣れてるから大丈夫だけど、あの兵士さん達、みんな腰を抜かしちゃってるよ?

 そう城門の方を指差しながら言うと、陸の顔から血の気が引いたのが分かった。なんておもしろい反応をするのだろう。彼は見ていて飽きない。そんな感想が表情に出てしまったのか、突然彼に足蹴にされた。

「ひぐほっ?」

「お前のせいだっ!」

 そう一声叫んで、陸はきびすを返した。

「そんな、滅茶苦茶だよ〜……」

 慌てて場をとりなそうと、陸は兵士らの元へと駆け寄った。大げさな身振りで弁明するその姿は、いつもの陸とは思えないほど滑稽で、本当におもしろかった。

 

 

 

 大地の神が少年に降臨し、魔物を一掃したという伝説が淡路に広まったのは、もう少し後のお話。

 

 

 

「ねぇねぇ、さっきは何て言おうとしてたの〜?」

 あの兵士達に借りた馬に乗り、火柱が上がった方へ森の中を駆ける。そんな中、道風は隣を駆ける陸に言葉を差し向けた。

「あ、あれはだな…………お前は俺とそんなに大事でも無い犬猿の仲なんだから、今の言葉に大した意味は無い、とお前に釘を刺そうとしただけだ。気にするな」

 それを聞いた道風は、ふうんと両目を細め、

「嘘吐くなよ〜」

 とだけ返した。

「それでも君は、犬猿の『仲』として僕を見てくれるんだね」

 などと言ってやろうとも思ったが、やっぱりやめておいた。本当の事を言ってくれない奴に、なんで馬鹿正直に話さなくてはならないのだ。ただ、勝手に予想した、限りなく正解に近いだろう言葉に、そのつもりだよ、と心の中で返してやった。

 

 

 

 お前は俺と、生きていてくれ。

第三章が真に完結いたしました!これからもどうかよろしくお願いします!


と言う事で誰かご褒美にお餅ください。え?太るから止めとけ?まあそう言わずに。ほらそこのあなた。家にたくさん余ってるんでしょ?え?太るからやめとけ?まあ(以下略)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。