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生命は廻り世界は続く  作者: 桜坂 春
二章 〜垣間見える過去〜
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第六話

 色葉達は山奥にある廃坑の主を倒し、無事に屋敷への帰還を果たした。すると門の前に佇む少年の姿が見えた。

「みんな〜、お疲れ様〜」

 そこに立っていた癖毛の少年は、色葉達の姿を見つけた途端、いかにも子供らしい満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

「用事はもう済んだの?」

「うん。ちょうどさっき終わったところだよ〜」

 そう言った道風の眼を、色葉はじっと覗き込んだ。そして小さく微笑む。

「……そっか。じゃあ、白花と氷波は先に戻ってて」

「お兄ちゃんは?」

「ちょっと道風と話がある。すぐに戻るから」

 白花の頭に手を置き、優しく微笑みかける。ちらと氷波の顔を見上げて白花は頷いた。

「分かった、早く戻ってきてね。……仕事、たくさん残ってるから」

「う、うん」

 嫌味なほど清々しい笑顔を見せ、白花は門をくぐった。氷波も後に続く。

 二人の背中が屋敷の中へ消えた頃、道風は腕組みをして頷くように首を振った。

「さすが白花ちゃん。お兄ちゃん想いだね〜」

「道風、それは大きな間違いだ」

 疲れたように溜め息を吐いた色葉は、道風の肩をぽんと叩いた。

 

 

 

「で? 所用って何?」

 色葉と道風は、左右を並木が囲んだ道をゆっくりと歩いていた。ちなみにここを真っ直ぐ行けば市に辿り着く。そんな中、屋敷から少し離れたところで色葉は口を開いた。

「所用。用事や用件の事。特に仕事上のものは忌み嫌われる存在であり、いわゆる『できれば遠慮したいです〜』というもので……おふっ!」

「殴るよ」

「もう殴ってるってば〜」

 お腹を苦しそうに押さえながら、道風は苦笑いを浮かべた。そんな彼に、色葉はさらにどすをきかせた声音でもう一度尋ねる。

「……所用って?」

「あは〜、色葉はもう気付いてるでしょ〜?」

 相変わらずの道風の笑みに、どこか呆れたような感じが含まれた気がした。本人の口から言わせる理由が無いので、仕方なく自分で言う事にした。

「……尾行はちゃんと気配を消さなきゃ。生きてるのか死んでるのか分からない程度に」

「それは無理だよ〜。でもさ、僕はともかくとして、赤松様はやっぱり消せてたのかな〜」

「もちろん。道風に気づくまで分からなかった」

 魔導師かそうでないかの差だろう。その上祖父はこの国でも最高峰の魔導師だ。雲泥の差どころの話ではない。

 魔導師はマナに干渉する事ができる。世界を構成するそれを操れるからこそ、魔導師は気配を消す事ができるのだ。ただの人間とは比べ物にならない。

(……ただの、人間……)

 心の中で呟く。

 人間よりもマナに、世界そのものに近い魔導師は、果たして人間と呼べるのだろうか。魔の力を使い、人々を、世界を動かす魔導師は、果たして──

「……色葉?」

 心配そうな声に顔を上げると、目の前に道風の瞳が見えた。

「大丈夫?」

 その彼の瞳の中に、自分の顔が映っていた。幼いという事を差し引いても、やはり雄々しさとはかけ離れた顔。それはどうしても、魔のものだとは思えなかった。

「……近いよ」

 かなりの至近距離から覗き込んでくる道風を押し返す。

 自分が人間と呼べるかどうかは関係ない。今をどうやって生きていくかが大切なのだ。

 色葉の顔に微笑が戻ったのを見て、道風も相好を崩した。

「良かった〜。何だか怖い顔してたからさ〜」

「ほっとけ」

 言い放って再び歩き始めた。昼過ぎのこの時間はある程度気温も高く、ぽかぽかとした陽気が漂っている。

 だが、その陽気をのんびり過ごす事は、残念ながらできない。いくつか聞かなければならない事があるのだ。

「あのさ、道風。何で今日つけて来たの?」

 まずは大本の理由から尋ねる事にした。

 火薬を作る、という事は事実なのかもしれない。しかし、なぜ道風と一緒に祖父がこちらを窺っていたのかが不明だ。

「ん〜……詳しくは分からないな〜。『隠れて見るのも面白かろう?』とか言われてさ〜」

 でも、と真剣な表情を浮かべて、道風は言葉を続ける。

「赤松様……嘘、吐いてたよ」

「嘘?」

 深い呟きに、色葉も表情を引き締めた。

「うん。どこまで本気かは分からないけど、それこそ火薬製造の話しか本当の事言ってなかったと思うよ」

「ほぼ全部か。何でだろ」

 思考を巡らせていると、ふとある事に気が付いた。

「ちょっと待って、もしかして、広場の戦闘も見てた?」

「ちゃんと見てたよ〜。最後に壁を蹴って天井に飛び移ったやつ、すごかったね〜!」

 意気揚々とする道風とは対照的に、色葉は肩を落とした。

「面倒くさい事になった……」

 魔剣の事は、誰にも見せないと祖父と約束したのだ。いくら緊急事態とはいえ、それを易々と破ってしまったので、どう申し開きをすればいいか早急に考えなければ。

 そんな事を悶々と考えていた色葉の隣で、道風はその笑みに陰を落とした。

「……でもさ〜、やっぱり色葉はすごいね。他人を助けるためだけにあんな戦いしてさ」

「え?」

 突然の言葉に、色葉は道風の顔を見上げた。先程と雰囲気が違う。目も笑っていない。

「僕、いつも思うんだ。自分だったらどうするかな〜って。……絶対、僕なら逃げる。だってまだ死にたくないから」

「それは俺も一緒だよ。誰も死にたくなんかない。だから戦うんだ」

「ほんとに一緒って言い切れる? 色葉は全部分かるんでしょ、僕がどうやってこれまで生きてきたのか」

 色葉は目を瞠った。

「……氷波に、聞いたんだ」

 小さく頷く彼の顔には、自責の念が見えた気がした。自分がしてしまった事に対する気持ちか。それとも、自分がその血を引く事に対する気持ちか。もしかすると両方かもしれない。だがそれは、自分には分からない。過去の事象は視えても、その時の感情までは視えないのだ。

「僕って、ほんと薄情だよね。曲がりなりにも実の父親だったんだよ? それなのに僕、なんとも無いような顔して今まで生きてきた。全部、忘れたふりしてね」

 その言葉を聞いて、色葉は一瞬立ち止まりそうになった。

 自分は彼の言う『忘れたふり』を繰り返していただけなのかもしれない。過去から目を背けて、記憶から逃げていただけなのかもしれない。だがそれでも、自分はいいと思っている。記憶に向き合うよりも、記憶に蓋をして見向きもしない方が、楽だから。

 おそらく、道風も同じなのだろう。ならば持っている感情も、同じはずだ。

「……まだ、辛い?」

「へへ〜、痛いところ突くね〜。でももう大丈夫だよ」

 とは言っているものの、顔が大丈夫ではない事を物語っている。だがそれを隠すように、道風は質問を返した。

「じゃあさ、他人の過去が視えるって、どんな感じ?」

「どんなって……そりゃ辛い、よ…………けど、もう慣れた」

「嘘」

 きっぱりと断言した道風は、自分の過去を知られていると分かっていても、その全てを包み込むように真っ直ぐ色葉を見つめていた。

「だって色葉、痛そうな顔してるよ」

「道風よりはましだ」

 お互いの顔を数秒見つめ合ってから、二人はほぼ同時に笑った。

「僕達、似たもの同士だね〜」

「一緒にしないでよ」

「え〜、ちょっとひどくない?」

 ひとしきり笑ってから、道風は「最後にひとつ」と真面目な表情に戻った。

「……赤松様には気をつけて。僕からの忠告」

「忠告って……おじい様だよ? 大丈夫だって、心配要らない」

 確かに祖父は、何を考えてるのか分からない時があるし、企んでいる事も無いわけではないだろう。でもそれは、深刻に自分に関わるような事ではないと思っている。いや、信じている。

「まあ〜、色葉が言うんだったら、別にいいけどさ〜」

 笑いながら、ぽん、と頭の上に手をのせられた。その瞬間、色葉は俊敏な動きでその手を払う。自分がするのはいいが、されるのだけは絶対に嫌なのだ。

「こ、子供扱いしないでよ!」

「また照れてる〜。かわいいな〜」

 身長的に道風の方が有利なのは分かっている。だからはやく背が伸びて欲しいのだ。

 羞恥で顔を真っ赤に染める色葉を、道風はまるで保護者のような温かい目で見る。その視線に苛立った色葉は、有無を言わさず腹部を襲撃した。

「うぎっ……暴力はんた〜い……」

「知るか。まずは主に対する礼儀を学べ」

 左手を握ったり開いたりしながら、やけに馴れ馴れしい配下を叱咤する。無論、真面目に叱っているわけではない。相手が道風だからこそできるじゃれあいだ。もし陸だったら……考えるのも恐ろしい。

(……まあ、道風はこれ以上探っても、何も出てこないな)

 外に見せる笑みの裏で、色葉は諦めたように呟いた。最初から分かっていたが、道風も仲間の一人なので念のためだ。

 そこまで考えて、色葉は小さく笑った。

 これでは、やはり自分が一番企みを持っている気がする。それを誰にも言えない内は、まだ誰にも気取らせてはいけない。

「そういえば、全然関係ないんだけどさ〜」

「何?」

 にやりと笑う道風の顔は、色葉に多少の警戒心を持たせるには十分だった。色葉は僅かに身を引き、その彼の顔を見上げる。

「最近どうなの〜?」

「……何が?」

「隠しても無駄だよ〜。水望ちゃんと氷波ちゃん、どっちなのさ〜」

 道風の心から楽しそうな声が、二人の名前を呼んだ。瞬時にその二人の顔が脳裏に浮かぶ。が、ただそれだけだ。質問の意図が全く掴めない。

「どういう事?」

「ほんっとに分からないの?」

 何の事か真剣に分からないので素直に頷くと、道風は大仰な溜め息を吐いた。そして顔をぐっと近づけてくる。

「ねえ色葉、この際はっきりさせよう! 色葉は、水望ちゃんが好きなの? 氷波ちゃんが好きなの?」

「ちょ、だから近いって……俺は二人とも大好きだし、俺にとって大切な人だよ?」

 純粋無垢な色葉の発言に、道風は大きく目を見開いた。期待に目を輝かせる。

「それはもしかしてっ?」

「何の事かは分からないけど……二人とも、俺の大切な……」

 息を呑む道風。頬を僅かに紅潮させる色葉。異様に高まる緊張感の中、色葉は言葉を紡いだ。

「…………友達……だ」

 視線を外し、喘ぐように漏れたその声は、道風の表情を目まぐるしく変化させた。

「そっかぁ〜、ざんね…………え? 今、なんて……?」

「二度も言わせるな。ほら、帰るよ」

 怒ったように振り返った色葉の背を、道風はただしばらく見つめていた。だが、満面に驚喜を広げると、勢いよくその背に抱きついた。

「色葉〜っ!」

 まとわり付く道風に苛立ちを覚えながらも、色葉はその彼を振り払おうとはしなかった。背中に伝わる温もりを感じ、先程までの重い感情を完全に心の奥へと押しやる。

「何、気持ち悪いよ」

「もちろん僕も友達だよね〜?」

「配下」

 即答した色葉の反応は素っ気なかったが、それでも道風は小さな背中から離れなかった。

「また嘘ついて〜、僕には分かるんだよ?」

「だからって俺に抱きつかないでよ。どうせなら白花に──」

 その時。

「お兄ちゃーん!」

 屋敷の方向から走ってくる人影が見えた。元気いっぱいの笑顔を見せる彼女に、同じく元気いっぱいの笑顔を広げて向かおうとした道風の体を、色葉は全力で引き止めた。

「駄目! やっぱり絶対駄目!」

「え〜? お兄ちゃんが言ったじゃんか〜」

 文句を垂れる道風に、必死の形相で色葉は頭を下げた。

「兄として不謹慎な発言でした。訂正します」

「そ、そこまで言う〜?」

「そもそも道風に『お兄ちゃん』なんて呼ばれる筋合いはない」

 一気にまくし立てる色葉と目を白黒させる道風の元に、その言い争いの元凶となった白花が辿り着いた。息を切らせて膝に手を付く。

「……お兄ちゃん、ちょっといい?」

 上目遣いの妹に、色葉は焦りを感じながらも頷いた。

「道風、このまま何もせずに屋敷に戻って」

「りょうか〜い」

 いつになく真剣な雰囲気をかもし出す兄に白花は首を傾げた。だがそれを尋ねようとした瞬間、色葉は鋭い視線で彼女を制した。

 その間に、色葉の指示に素直に従った道風が、白花がやって来た方向へと歩いていった。彼の背中が遠ざかっていく。

「……何かあったの?」

「大丈夫。白花が心配するような事じゃない」

 色葉は乾いた笑みを浮かべて答える。そんな裏表の無い、最近は稀になってしまった表情に、白花は何の疑いを持つ事無く微笑んだ。

 そういえば、自分は何度この無邪気な笑顔に助けられた事か。守りたいと思う笑顔に、逆に守られてしまう。だからもっと、もっと強くなりたい。自分が強ければ、こんな歯がゆい思いもしなくて済む。だから。

「……早く、見つけないと……」

「お兄ちゃん?」

 無意識のうちに漏れてしまった呟きは、白花の可愛い笑みを消してしまった。その代わりに浮かべた微笑を色葉は見上げてくる妹に向ける。

「何でもないよ。で、話って?」

「そーそ、例のあれが完成しそうなんだって。だから」

 つい先程の心中と同じ語尾で白花は言葉を切った。色葉はその言葉の続きを引き継ぐ。

「最後の調整?」

「うん。私がやってもいいんだけど、お兄ちゃんの方が正確だよね」

「……敦基と一緒に、俺の仕事してくれる?」

 満面の笑みで白花は頷いた。その笑みは、色葉には勝利の笑みに見えた気がした。通常の仕事よりも、この最終調整とやらの方が大変なのだ。妹の殊勝さを色葉は褒めてやりたかったが、いかんせん相手が自分なので素直には喜べない。

「分かった、俺が行くよ……」

「ありがとう! お兄ちゃん大好き!」

 両手を握られ揺さぶられながら、色葉は溜め息を吐いた。だがそんな色葉が見せたのは、何の感情も見出せない、薄い笑み。

「その代わり──」

 首を傾げる妹の耳に、そっと口元を寄せた。

「…………え?」

「じゃあ、頼んだよ」

 目を丸くする白花に微笑みかけ、色葉はきびすを返した。淡々と屋敷に向かって歩を進める。

 兄の背中が、遠く見えた。

「……お兄ちゃん、もうそこまで……」

 その呟きは、昼下がりの陽気の中、誰に届くと無くただ虚しく響いた。その目は、空気を震わせた声と同じく虚ろに光る。

「私……私……っ!」

 白花の脳裏には、今しがた兄が見せた微笑が蘇った。

 

 どうしたらいいか、分からないよ。


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