第百話 父の背中
季節は流れ
あれから数年――
休日の午後
駆は家の前で
車を洗っていた
すると
近所に住むおばあさんが
困ったような顔で歩いてくる
「駆くん」
「脚立を貸してもらえないかい?」
「雨どいに葉っぱが詰まっちゃってね」
駆は笑顔で頷く
「もちろんですよ」
そう答えたものの
ふと雨どいを見上げる
思わず苦笑した
「脚立を貸すだけじゃ」
「たぶん親父に怒られるな」
その声を聞いた椿綺が
首を傾げる
「なんで?」
駆は笑って答えた
「親父なら」
「貸すだけじゃ終わらない」
「きっと一緒に直してる」
椿綺は少し考えて
嬉しそうに笑う
「じゃあ」
「僕たちも直そう!」
駆は優しく頷いた
「ああ」
二人は脚立と工具を持ち
おばあさんの家へ向かう
――――
詰まっていた落ち葉を取り除くと
雨どいは
気持ちよく水を流し始めた
「ありがとう」
おばあさんは
何度も頭を下げる
椿綺は少し照れながら笑う
「じいちゃんがね」
「困ってる人は助けるんだよって」
駆は椿綺を見て
静かに微笑んだ
「そうだったな」
「親父らしい」
――――
家へ戻る途中
椿綺が尋ねる
「じいちゃんって」
「すごい人だったの?」
駆は少し空を見上げる
「すごい人……か」
少し考えてから
穏やかに笑った
「誰よりも」
「困ってる人を放っておけない人だった」
「だから」
「みんなが親父を好きだった」
椿綺は大きく頷く
「僕も」
「そんな人になりたい」
駆は
椿綺の頭を優しく撫でた
「ああ」
「じいちゃんなら」
「きっと喜ぶよ」
――――
その日の夕方
作業場の棚には
使い込まれた工具箱が
静かに置かれていた
もう光ることはない
けれど
そこには
一人の便利屋が歩んできた人生が
確かに刻まれていた
窓から差し込む夕日が
工具箱を優しく照らす
困っている人がいたら
手を貸す
その想いは
これからも
受け継がれていく
**―― 完 ――**
最後まで『異世界便利屋~魔王討伐から小さな依頼まで承ります~』をお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語を書き始めた時、私の中にあったのは一つの想いでした。
「もし異世界へ行ったのが勇者ではなく、便利屋だったら。」
剣の代わりに工具を持ち、魔法ではなく技術で人を助ける。
そんな主人公を書いてみたい。
そこから始まった物語でした。
けれど、書き進めていくうちに、この作品は魔王を倒す物語ではなく、一人の便利屋が人と人をつなぎ、困っている誰かへ手を差し伸べ続ける物語になっていきました。
壊れた橋や時計塔だけではなく、人と人との関係も少しずつ修復していく。
その積み重ねが、最後には百年続いた戦争を終わらせることにつながりました。
それでも浩平は、最後まで自分を勇者とは呼びませんでした。
どこまでいっても、ただの便利屋。
困っている人がいたら手を貸す。
その生き方は異世界でも、日本でも変わることはありませんでした。
そして最終話では、浩平本人ではなく、駆と椿綺の姿を描きました。
人は言葉だけではなく、その背中から多くを学びます。
浩平が歩んできた生き方は、家族へ、そして次の世代へと受け継がれていく。
そんな未来を思い描き、この物語を締めくくりました。
この作品を読んでくださった皆さまの心にも、浩平という一人の便利屋が、少しでも残ってくれたなら、これ以上嬉しいことはありません。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
またどこか別の物語で、お会いできる日を楽しみにしています。
**―― 完 ――**




