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第10話:答え合わせの日

面会の日の朝、ラフェルトの街は、祭りのような賑わいだった。


中央広場には、仮設の舞台が組まれていた。観衆席の代わりに、広場を囲む建物の窓々が、すべて開け放たれていた。子供たちが屋根の上にまで登って、好位置を確保していた。露店が並び、果物売りが、いつもの倍の値段で商品を売り捌いていた。


噂を聞きつけて、近郊の村人まで、馬車で集まってきていた。ラフェルトの街、過去最大の人出だった。


広場の中央、舞台の周囲には、軍務卿の護衛20名が、整然と展開していた。さらに街の自警団、ギルドからの臨時警備員が、観衆の整理にあたっていた。


子供たちが、声を揃えて、「光の獅子様!」と歓声を上げ続けていた。母親がたしなめても、子供たちの興奮は止まらなかった。


俺は宿屋の窓から、その光景を、しばらく眺めていた。


……街全体が、浮かれている。観衆規模、推定3000名以上。マクシミリアンが現れる確率、推定80%以上。広場での対峙が、前提だ。


俺は窓を閉じ、装備を整え始めた。


扉が、控えめに叩かれた。


「ルミナ、もうすぐだぞ!」


アスランの声だった。俺は短く返事をした。


「先に広場へ行ってくれ。俺は別の入口から、入る」


「分かった。お前、大丈夫か?」


俺は、しばらく、答えなかった。


「……ああ」


扉の向こうで、アスランは、少し考えたようだった。それから、彼の足音が、廊下を、軽く離れていった。


俺は、ステッキを手に取った。布をほどき、銀色の杖を、月光のように、光らせた。


3年前の、答え合わせの日。


変身を、開始した。


◆ ◆ ◆


広場の南側の路地から、ルミナ・レオニスとして、俺は姿を現した。


最初に俺に気づいたのは、屋根の上の子供たちだった。


「あっ! あっ! あっち! あっちに、光の獅子様!」


声が広場全体に、波のように、広がった。観衆が、一斉に振り返った。


3000人の視線が、一点に集まった。


俺は、ゆっくり、観衆を抜けて、広場の中央へ向かった。白と紫の衣装、月光色の髪、銀色のステッキ。秋の昼の日差しの下で、装束のフリルが、わずかに、波打った。


観衆が、道を、自然に、開けた。


子供たちが「光の獅子様!」と叫び、母親たちが「あ、あの方が……」と声を漏らし、年寄りが手を組んで何かを祈った。商人たちは、商売を忘れて、こちらを、見ていた。


舞台の上、軍務卿リオネル・ヴェルが、軍服姿で、こちらを待っていた。横にバルザックが、いつもの平服のまま、控えていた。


俺は舞台に上がり、リオネルの正面に立った。


リオネルは、軍人らしく、簡潔に頭を下げた。俺も、わずかに、応じた。


そして、彼は、観衆へ向き直り、声を、張り上げた。


「観衆の皆様。今日、我々が、ここに集まったのは、新時代の英雄候補、光の獅子・ルミナ・レオニス殿を、王家として、正式に、認知するためである」


観衆が、歓声を、上げた。


「光の獅子殿の活動は、すでに、辺境より王都まで、広く知られている。古代魔法の探求、危難の救助、街の保護。王家は、彼女の意思を尊重し、その活動を、自由に、続けられるよう、支援することを、ここに、宣言する」


歓声が、最高潮に達した。子供たちが、何かを叫び、母親たちが拍手し、商人たちが帽子を振った。


俺は、観衆に向かって、短く、一礼した。


そして ―― その時だった。


◆ ◆ ◆


「待てっ!!」


歓声を、切り裂くような、男の声。


広場の北側の入口から、剣を抜いた男が、突進してきていた。


観衆が、ざわめいた。波が、引いていくように、北側に道が、自然に開けた。


剣を握って、舞台へ向かって走る男。


金髪。整った顔。歴史的な才能を、確かに、その身に纏った男。


勇者マクシミリアン。


そして、彼の後ろから、剣士ブルーノが、必死に追いかけていた。


「マクス様! 待ってください! お止まりください!」


だが、間に合わなかった。


マクスは、舞台前まで突進し、剣を高く構えた。


観衆が、ざわついた。


「あれは……勇者様?」


「マクシミリアン様……?」


「なんで、いま乱入を?」


護衛の騎士が、止めようと一歩前に出た。


だが、リオネルが、軽く手を上げ、彼らを制した。


「やらせよ」と、彼は低く言った。


「これは、王家の、公の場である。何が起きるか、すべて、記録される」


護衛は、一歩、引いた。


マクスは、舞台前で、剣を構えて、ルミナを指差した。


「光の獅子と名乗る者よ!」


彼の声は、広場全体に、響いた。


「私は、勇者マクシミリアン! 真の英雄が、誰か、ここで、決着をつけよう!」


◆ ◆ ◆


観衆が、ざわついた。だが、その反応は、マクスが期待したものではなかった。


「勇者様? なんで、こんなことを……」


「うわ、酔ってんのか? 朝から……」


「光の獅子様に勝負を挑むなんて、頭おかしいんじゃ……」


子供たちが、不審そうに、マクスを、見つめていた。


マクスの表情が、わずかに、歪んだ。彼は、観衆の自分への評価を、初めて、直接、目の当たりにしていた。


だが、彼は、それを、認めなかった。


「お前たちには、分からん! 真の勇者の力を、見せてやる!」


ブルーノが、舞台脇まで来て、必死に止めようとした。


「マクス様、退きましょう、これは、まずいです」


「黙れ、ブルーノ! 邪魔をするな!」


マクスが、ブルーノを、突き飛ばした。ブルーノが、よろけ、護衛の騎士に、支えられた。


リオネルが、舞台中央に、進み出た。


「諸君らに、宣言する」と、彼は観衆に、声を、張った。


「これより、勇者マクシミリアン殿と、光の獅子殿の、模擬戦闘を、公開で行う。これは、両者の意思を尊重した、王家公認の、場である」


観衆が、固唾を、呑んだ。


リオネルは、俺に、視線を、向けた。


「光の獅子殿、よろしいか」


俺は、短く、頷いた。


「お受けする」


マクスが、わずかに、目を見開いた。彼は、ルミナが拒否すると、思っていたのかもしれない。


だが、俺は、舞台中央へ、進み出た。ステッキを、軽く、構えた。


……始めるか。3年前の、答え合わせの、第一段階。


マクスが、剣を、構えた。


勇者の剣気が、彼の刃から、立ち上った。広場の空気が、震えた。観衆が、本物の戦いの予感に、後退した。


「俺の真の力を、見せてやる!」


マクスは、叫んだ。


そして、彼は、突進した。


◆ ◆ ◆


― 公開実証 ―


マクスの一閃が、放たれた。


剣気の塊が、刃に乗って、ルミナへ、向かう。並の冒険者なら、剣に触れる前に、剣気だけで、肉を裂かれる、必殺の一閃。


俺は、ステッキを、軽く、横に、振った。


剣気が、ステッキの軌跡で、受け流された。


剣気は、舞台の脇を、斜めに、走り抜けて ―― 舞台脇の石柱を、粉砕した。


石柱が、轟音と共に、崩れ落ちた。


観衆が、本気の悲鳴を、上げた。


「うわっ!」


「あ、あれが、勇者の本気か!」


「光の獅子様、大丈夫?!」


マクスが、ふっ、と笑った。


「これは、序の口だ! 次は、お前自身に、当てる!」


彼が、再び、剣を、構えた。


俺は、ステッキを、軽く、上に、掲げた。


詠唱は、しなかった。手の動きだけ。


「『裂け、空』」


呟きだけ。


広場の上空、雲が、一直線に、裂けた。


秋の昼の青空に、一筋の、見えない斬撃の、軌跡が走った。雲が左右に裂け、その隙間から、太陽の光が、舞台に、一条、降り注いだ。


観衆が、空を見上げた。


息を、呑む音が、3000人分、揃った。


マクスが、剣を、止めた。


彼の目が、見開かれた。


「な、な、なんだ、その技は……!」


俺は、淡々と、答えた。


「ただの、空気操作だ。詠唱を省略し、手の動きだけで、雲を、薄く裂いた。実用的な技ではない。装飾だ」


「装飾……?」


「お前を、威嚇するための、視覚的な演出だ。実害は、ない」


観衆が、また、ざわついた。


「装飾だってよ……」


「あ、あんなのが、装飾……」


「光の獅子様、すげぇ……!」


マクスの顔が、わずかに、青ざめた。


だが、彼は、引かなかった。


「ふ、ふざけるな! 俺の真の力は、これからだ!」


彼は、剣を、握り直した。今度は、本気の構えだった。


そして、彼は、突進してきた。


一閃。二閃。三閃。四閃 ――


マクスの剣が、立て続けに、ルミナを、襲った。剣気を、最大に乗せた、12連撃。並の冒険者なら、最初の3閃で、命を落とす。


俺は、ステッキを、構えたまま、一歩も、動かなかった。


その代わり、俺の周囲に ―― 光と影の、二重結界が、展開した。


結界は、半円形に、ルミナを、包んでいた。外側は、白い光。内側は、漆黒の影。二重の層が、互いに、干渉せず、別々に、機能していた。


マクスの一閃が、結界に、当たった。


結界が、銀色の波紋を、広げた。剣は、結界の表面を、滑った。


二閃。波紋。三閃。波紋。


マクスは、必死に、剣を、振り続けた。剣気を、最大に乗せて、結界を、突破しようとした。


4閃。5閃。6閃。


すべて、波紋。


結界は、無傷だった。


7閃、8閃、9閃、10閃、11閃、12閃。


マクスの剣が、12連撃を、放ち終えた。彼の息が、上がっていた。額に、汗が、滴っていた。


結界は、無傷だった。波紋が、12回、広がっただけ。


観衆が、息を、呑んだ。


「うおおおっ!」


「全部、弾いてる……!」


「勇者様の本気を、12発、全部、防御……!」


マクスは、剣を、構えたまま、立ち尽くしていた。


俺は、ステッキを、ゆっくり、高く、掲げた。


「次は、こちらの番だ」


◆ ◆ ◆


「『銀獅の閃光 ―― 弱小指向』」


銀色の光の柱が、ステッキの先端から、放たれた。


巨大な光の柱、観衆全員が、目を、細めた。


光は、マクスへ、向かった。


マクスは、本能的に、剣で、防御した。歴史的な才能を、その剣に、込めて。


光が、彼の剣に、当たった。


そして ――


そのまま、二つに、割れた。


光の柱は、彼の剣の左右に、流れて、彼の背後の地面に、二条の、焼け跡を、残した。


マクス自身は、無傷だった。


彼は、剣を構えたまま、息を、止めていた。


観衆が、ようやく、気づいた。


「……当てない、攻撃……?」


「光の獅子様、わざと、外した……?」


「な、なんで……?」


俺は、ステッキを下ろし、淡々と、説明した。


「お前に、当てる気の、ない攻撃を、わざわざ、装飾的に、放った」


俺の声は、可憐な少女のものだったが、内容は、低い、おっさんの温度だった。


「これが、私の本気の、3割の、出力だ」


マクスの剣が、わずかに、震えた。


「お前が、本気の私と、戦うためには、最低でも、私の出力を、1割は、防ぐ、必要がある」


俺は、続けた。


「だが、お前の剣は、私の3割を、防ぐことすら、できなかった。光の柱は、お前の剣に当たって、ただ、二つに割れた。お前は、その3割を、押し返すことすら、できなかった」


観衆が、しばらく、沈黙した。


そして、誰かが、低く、呟いた。


「……つまり、勇者様は、光の獅子様の、3割すら、防げないってこと……?」


その一言が、波のように、観衆に、広がった。


「……勇者って、こんなもんだったのか?」


子供が、母親に、聞いた。


「お母さん、勇者様、よわいの?」


母親は、言葉を、失った。


マクスは、再び、剣を、構え直した。


「俺は、真の勇者だ! 認めん、認めんぞ! お前のような、得体の知れない女に、負ける道理は、ない!」


彼は、最後の、足掻きを、見せた。


すべてのプライドを、振り絞って、突進してきた。


俺は、ステッキを、地面に、立てた。


「『静かに ―― 止まれ』」


マクスの動きが、舞台の中央で、止まった。


剣を振り上げた姿勢のまま、彫像のように。


観衆が、息を、呑んだ。


「……!」


マクスは、しばらく、その姿勢のまま、固まっていた。それから、彼は、ようやく、自分の身体を、動かしてみた。


動いた。


剣を、振った。


―― 普通の音、普通の、剣気のない、一閃。


観衆が、ざわめいた。


「ええっ!?」


「あれ、勇者の剣気が……」


「消えてる……完全に……」


俺は、淡々と、説明した。


「魔力経路の、一時封鎖。勇者の力は、もう、使えない。物理的には、自由だ。剣を振るうことは、可能だ。だが、ただの、剣としてしか、機能しない」


マクスは、自分の剣を、見つめていた。何度か、振った。剣気は、戻らなかった。


彼の表情から、徐々に、感情が、消えていった。


そして、彼は ―― 剣を、地面に、叩きつけた。


金属が、石畳に、当たる、乾いた音。


「畜生!」


マクスは、叫んだ。


「畜生、畜生! 何者だ、お前! 何者なんだ!」


俺は、答えなかった。


ただ、静かに、彼を、見ていた。


マクスは、観衆を、振り返った。


「俺は、勇者だ! お前たちが、3年前、崇めた、勇者マクシミリアンだ! 忘れたのか!」


観衆は、目を、逸らした。


一人、また一人、舞台から、視線を、外していった。


子供たちが、母親の後ろに、隠れた。


商人たちが、口を、閉じた。


マクスは、悟った。


もう、彼の時代は、終わったのだ。


ブルーノが、舞台に、駆け上がってきた。


「マクス様、もう、退きましょう」


今度は、マクスは、抵抗しなかった。


剣を、拾いもせずに、彼は、ブルーノに支えられて、舞台を、降りた。


観衆の、沈黙の中、二人は、広場を、後にした。


誰一人、マクスに、声をかけなかった。


◆ ◆ ◆


マクスとブルーノが、広場を、去った後 ――


リオネルが、舞台中央に、進み出た。


彼は、観衆に、向かって、声を、張った。


「観衆の皆様」


その声は、静かだったが、広場全体に、届いた。


「今、皆様が、お見せいただいたのは、力の差ではない」


観衆が、静まり返った。


「判断の差である」


リオネルは、続けた。


「光の獅子は、勇者マクシミリアン殿に、怪我一つ、与えなかった。これは、慈悲では、ない。秩序を維持するという、彼女の意思表示で、ある」


彼は、ルミナへ、向き直り、深く、頭を下げた。


「光の獅子・ルミナ・レオニス殿。あなたを、新時代の英雄候補として、王家は、正式に、認知する。今後の活動を、自由に、続けられるよう、王家は、支援することを、ここに、改めて、宣言する」


俺は、短く、一礼した。


観衆が、ようやく、歓声を、取り戻した。


だが、その歓声は ―― 3年前のマクシミリアンのものとは、違った。


新しい時代の、歓声だった。


◆ ◆ ◆


俺は、観衆に、紛れて、広場を、後にした。


路地裏で、変身を、解除した。


地味な、灰色混じりの中年男性に、戻った。


白と紫の衣装は、消えた。月光色の髪は、縮んだ。可憐な少女の声は、低い、おっさんの声に、戻った。


俺は、宿屋へ、向かって、歩き始めた。


背中越しに、広場の歓声が、まだ、続いていた。


3年前の、答え合わせの、第一段階。完了。


マクスへの、決着は、これで、終わりではない。だが、最初の歯車は、確実に、回り終えた。


彼は、王家公認の場で、3000人の観衆の前で、無力を、曝け出した。彼の社会的な、勇者としての地位は、もう、回復しない。


これは、復讐ではなかった。


俺は、彼に、怪我一つ、与えなかった。


ただ、3年前の自分が、本当に、無力だったわけではなかったことを ―― 静かに、証明しただけだった。


宿屋の前で、アスランが、待っていた。


「お前 ―― いや、お前のとこのルミナ、すげぇな! 勇者を、剣気を消すだけで、完全に黙らせたぞ!」


俺は、短く、頷いた。


「……ああ」


アスランは、しばらく、俺を、見つめていた。


「お前、なんか、急に、元気ねぇな」


「……いや」


アスランは、それ以上、聞かなかった。彼は、いつも、こういう時には、聞かなかった。


俺は、彼に、伝えた。


「アスラン、明日の朝、影の塔へ、出発する」


アスランの顔が、ぱっと、輝いた。


「了解!」


俺たちは、宿に、入った。


月が、雲の隙間から、差し込んでいた。


―― 3年前の、答え合わせの、第一段階、完了。


そして、ルミナ・レオニスの、実証の旅は、新しい段階へ、入る。


影の塔。南の海岸の、地下の遺跡。


古代の、最後の章が、そこに、待っていた。

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