第9話 龍と相搏つ
「引張蛸!」
波夢子はタコを生成し、その足で楽奈美の腰を絡めとる。
「ありがとハムちゃん」
「それにしても、どうするの楽奈美?」
悪逆な黒龍から逃げるためにシャチ駆を最高速で爆走させた楽奈美達は、無軌道の代償として高度が100メートルはありそうな断崖絶壁までの地獄の道をひた走ってしまっていた。
転落のリミットは、あと1分ほどだ。
「こうするんだよ!」
楽奈美は、シャチ駆の車体後部から前へ走り、勢いよくジャンプする。
「楽奈美!?」
「重飛兎!」
シャチ駆の速度を保存したまま跳んだ楽奈美の後頭部に黒い兎がのしかかり、楽奈美の体に、地球とは逆方向の重力がかかる。
楽奈美の魔法と波夢子の魔法の勢いを得た楽奈美は、凄まじい速度で宙を舞う。
「てめぇアホか?そんな勢いで飛んでも、地面で体打って死ぬだけだろ」
黒龍は嘲笑する。
しかし、楽奈美の耳には入らない。
「月面強襲!」
楽奈美は、自らの右手に合金を生成して強固な鉄槌とし、振りかぶる。
「らぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあ!!」
そして宙を跳ぶ勢いのまま地面に向けて拳を構える。
「おかしくなったか!?地面殴ってどーすんだよ!」
「楽奈美……!」
敵は嗤い、友は祈る。
「ダンジョンに持っていく魔道具、全部いるんじゃないかって気になってきた」
ダンジョンに入る前日、ビデオ通話の打ち合わせで、波夢子がぐったりしたようにぼやく。
「ハムちゃんは大変だねぇ」
楽奈美はポップコーンをほおばる。
「あたしゃ悩むほど魔道具使えないからね、楽ちんワクチンよ」
「だから悩んでんでしょうが……」
波夢子は頭を抱える。
「アンタがメインアタッカーだから攻撃系の魔法の威力を出したくてそれ用の魔道具起動装置使うことになって、それがカードリッジのスロットが少なめだからこんなに悩んでるんでしょうが!」
「ホーントだよねぇ、ハムちゃんがいなかったら、あたしゃただの可愛いゴリラだよ。ハムちゃん、Big Thanks…!」
楽奈美がわざとらしくウインクをすると、波夢子はため息をついた。
一般的な市販の魔道具は、カードリッジ形式で、魔道具起動装置に差し込み起動する。
昔の魔道具が重くかさばり冒険に支障が出ていたことへの反省として、魔道具開発業者同士が協力し使いやすい規格を考え、統一したのだ。
その魔道具起動装置は各社が競争を続けているのだが、傾向として、カードリッジのスロットが多いと、魔道具を起動する際の魔力消費の効率や起動した魔道具の強さは控えめになりやすい。
逆に、楽奈美の使う魔道具起動装置は、カードリッジのスロットが少なく、一度に使える魔道具の種類は少ないが、その代わり強力な魔法を使うことができる。
「あーーーやっぱできる限り持ってく」
波夢子は投げやりに言った。
「スロット多少は妥協しようかと思ったけど、いろいろ考えたらやっぱめちゃくちゃ必要だわ。盾いるでしょ、乗り物いるでしょ。サバイバル用魔道具も欲しいし」
波夢子は天井を見る。
「武器も何個か持っときたかったけど、最低限だなぁ」
「最低限でいいよー、攻めは私がやるから」
「わかった。……楽奈美、頼むよ?私は色々世話焼いてあげられるけど、」
波夢子は画面越しに楽奈美を見つめる。
「ぶちかませるのは、あんただけなんだからね」
「天石襲来!!」
楽奈美の一撃が、絶望の崖に叩きつけられる。
そして、
ビシッッ
地の裂ける音の直後に、
ドゴゴゴゴオオオオオロロオオオ!!
楽奈美や波夢子が乗る崖の先が崩れ、滑落し、くぐもった轟音が辺りに沸き起こる。
「楽奈美!」
「何だとぉ!?」
切り立った崖、そこからの落下という絶望の未来。
楽奈美は崖の破壊により、光明を手繰り寄せた。
「ハムちゃん、シャチ駆を解いて、そのタコで滑るよ」
超えれば90度落下必至な崖を楽奈美が破壊したことで、傾斜が少し緩み、崖を滑り落ちると言う選択肢が生まれる。
「そういうことか……ごめん、引張蛸」
波夢子は、引張蛸の足に自分の腰を巻き付ける。これで二人とも引張蛸の足にくるまれた状態だ。
崖が崩壊し滑落する。楽奈美と波夢子は、緩やかとはいえ90度に近い坂の勢いを摩擦で殺すために、自分に巻き付いた引張蛸と自分の靴底を軽く押し付ける。
「Ethaaaaaaaaa!!」
自分の腕の内、2本を坂の側面に押し付けられた状態で滑走させられ、引張蛸は悲鳴を上げる。
「ごめんだけど、もっと頑張れ」
波夢子は苦しみうめく引張蛸に更なる指示を出す。引張蛸は生き物の姿をしているが、あくまで生成物。主人の命に忠実に従い、更なる減速のため、残り6本の腕の吸盤を坂の側面に押し付ける。
「Octaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
「よしっ、これである程度は衝撃を抑えられて……」
「まだだっ!まだアイツが追って……!」
波夢子が頭上を見る。
頭上では、空を容易く飛び回れる禍々しき黒龍が、そのゴツゴツした口に蒼炎を蓄えていた。
そしてその鮮やかな炎が発射される。
「きゃぁあぁっ!来るよ楽奈美!」
「ぐっっっ!月面強襲!らぁぁあ!」
楽奈美は拳を合金で強化し、崖を殴りつける。
その反動で、楽奈美と、引張蛸で繋がれた波夢子が宙へ放り出され、直前まで彼女達がいた場所が蒼炎を浴び燃え上がる。楽奈美達は熱波を浴びる。
「セーフだよ、楽奈美!」
「どうしよ、こっからノープランだ!」
数十メートル分の落下エネルギーは、楽奈美の機転と引張蛸の涙ぐましい貢献によって、かなり抑えられた。
しかし、攻撃を回避するためにとっさに宙に飛び出したせいで、残りの落下エネルギーを摩擦で抑えることができなくなる。
「楽奈美、こうなったら、魔力消費が激しくても重飛兎を使うしかない!」
「しかないね、重飛兎!」
黒い兎が、楽奈美と波夢子の後頭部にのしかかり、落下の勢いを緩和する。
しかし、
「すっとろいぜモブ共」
恐ろしき黒龍が飛行し距離を詰めてくる。
「やばい!」
「くっっっ!」
波夢子は周囲を見渡す。
すると、高度が下がってきたことにより、地表の様子が見える。
「楽奈美、誰か手を振ってる。というか、手招きしてる。男の人で、中年より若い?」
「えっ」
楽奈美もそっちの方を見ると、確かに男がこちらへ手を振っているように見える。
重力に引かれている最中だし遠目なので風体はいまいち不明だが、隣の1mぐらいの巨大なナメクジを指さし、そこへ入るようジェスチャーで促す。
「何?あのナメクジに入れ?……って楽奈美!?」
楽奈美は、重飛兎を解除した。
2人の落下速度が速くなる。
「楽奈美!?、なんで?」
「あのナメクジに入ればいいんでしょ」
「待ってあのナメクジに入ったら何があるの?」
「わかんない」
楽奈美はきっぱり言う。
「わかんないけど、冒険者の助け合いの心を信じるよ」
「あーもう、じゃあ私はあんたを信じるからね」
「よくわかんねぇけど、手遅れだよ!」
そこに黒龍が接近し、叫ぶ。
「まずい!」
黒龍はもう既に蒼炎を蓄え、放出寸前だった。
「楽奈美ヤバい、空中だとあんま身動き取れない!重飛兎も魔力消費きついよね?」
顔面蒼白で楽奈美を見る波夢子。
そして何度も楽奈美達の命を脅かしてきた蒼炎が放たれる。
しかし、楽奈美は笑っていた。
なぜなら、地面に近づくにつれ、地表の男の正体がわかってきたから。
「よくわかんないけどお願いします!」
楽奈美は、男にそう声をかける。
「手足で入って息を止めて力を抜いて海に飛び込むイメージです」
男はそれだけ言うと、蒼炎に対峙する。
楽奈美と波夢子は言われたとおり息を止めて手の先からナメクジに飛び込む。
すると、ぶよぶよのナメクジの体を貫通し内部に入ったかと思いきや、すぐに周囲が水になる。
ナメクジの軟体の抵抗と水の抵抗で落下の勢いがかなりやわらぐが、それでも勢いが落ち切らないので10メートル近く落ち、水の底を柔道の受け身のようにバシンと叩いて勢いを逃がす。
結果として100メートルある崖からの落下という命の危機を、道端で転んだ程度の衝撃まで削り切ることに成功した。
(いだだだだだ!塩水だこれ!)
無数の傷に染みる塩水だったが、それが浮力を生み出し、すいすいと上昇できる。
楽奈美は水場のへりに足をかけて顔を出すと、自分達を襲ってくる蒼炎と、男の姿が見える。
「危ないっ!!」
「悪しき指揮!」
男は旗を生成し、蒼炎に向かって思い切り振り下ろす。
すると、蒼炎が叩き落とされたかのように男よりはるか前の地面に着弾する。
「なっ……」
地面はジュウジュウと音を立てて赤く燃えている。
「何いいいぃぃぃいぃいいぃ!?!?」
黒龍が半ば狂乱したように叫ぶ。
「カス人間どもが、俺の炎を魔法で止めただと!?ありえねぇ!!ありえねぇよぉぉ!!」
「……どうした、禍災龍?」
禍災龍と言うらしいその黒龍に旗を向け見据えるその姿は、
楽奈美がよく見る姿でありながら、見たことないほど精悍なたたずまいだった。
「初めてとは言わせないぞ?」
「源城さん!」
源城が禍災龍と対峙し、冒険者による反撃の狼煙が上がろうとしていた。
主人公 参☆戦
GWいかがお過ごしでしょうか。皆様
僕はごろごろしたりだらだらしたり充実しています(?)
何をするのも自由な時間の中、この小説を選んでくれてありがとうございます。
ではでは、次回は金曜朝7時です。お楽しみに~




