第8話 去る者危機から落ちる
足元からはシャチ駆が地面を駆る音、前方からは黒龍が空を切る音
前方からの音が、わずかにだが強くなっていく。そのつんざく音を特等席で聞いた時が、楽奈美と波夢子の最期だ。
「楽奈美、どうしよう……?」
「とりあえず、やってみよう。重飛兎!」
黒い兎を黒龍の方へ飛ばす。重力を纏った兎達は黒龍へ駆けていき、ぴょんと跳ぶと黒龍の足にまとわりつき、飛行速度が少し遅くなる。
「よし!」
しかし、効果があったのも一瞬のこと、黒龍はその鋭い爪をふるい、兎達をあっという間に引き裂いた。
「うわぁぁぁっ、一瞬しかもたないじゃん!」
「楽奈美、大丈夫?」
「私は大丈夫だから、ハムちゃんは運転に集中して!」
楽奈美は努めて力強く言うと、改めて黒龍を見据える。
波夢子にはシャチ駆の運転に専念してもらっている今、あの黒龍に立ち向かえるのは楽奈美だけだ。
炎の熱を思い出すと、足が震える。
「怖いけど、震えてるけど、私達にはぁっ、ヨシミンさんがついている!!重飛兎!」
楽奈美は奮い立たせるように叫ぶと、黒い兎が3匹くっついて、黒龍へピョンと向かって行く。
「無駄なんだよ!」
黒龍はそれに近づかれる前に、爪で引き裂く。
しかしそれが、楽奈美の狙いだった。
「だ、ぼぉむ!!」
黒い兎が爆発した。
「なぁっっ!?」
黒龍の爪に浅くヒビがはいる。
しかしこの不意の一撃は、肉体よりも精神に大きなダメージを与える。
「へっへーん!これがヨシミンさんの力だ!!」
ヨシミンの幻影素敵爆弾人形により生成されたガス人形は、ヨシミンが任意の形に変形させることができる。
事前に、楽奈美と波夢子がリクエストした姿のガス人形を数個渡されていたのだ。
それらは、ヨシミンがいない今、形をもう変形できず、しばらくするとガスが抜けてしぼんでしまうが、楽奈美の重飛兎に似せたガス人形は今の楽奈美の助けとなっている。
「引っ付いてくる兎と一緒に爆発する兎を飛ばしたかっっ。くそっ、うぜぇな!」
ただ重飛兎を飛ばすだけでは簡単に引き裂かれてしまうだろうが、爆発するガス人形を見せることで、黒龍の兎への攻撃をけん制できる。
「ふふーん、」
得意げな楽奈美が、そこで、少し言葉を思案する。
「まぁなんていうか……ドカンと足がふっとんだ、どう感じた?ってやつ!?」
「楽奈美!?」
波夢子の声が、正気を疑うようにうわずる。
ちなみに余談だが、爆破を受けたのは黒龍の足ではなく手だ。
「くっだらねぇダジャレ言ってんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!」
「楽奈美、あんたこんな場でしょうもないダジャレを……」
「やめてぇ、あの龍はともかく、ハムちゃんは私の味方でいてぇぇ……一応戦術だから、楽奈美タクティクスだからぁ」
「ホントなの……?ってやばい!」
突然、波夢子が叫びだす。
「どうしたハムちゃん?」
楽奈美は重飛兎を撒きけん制しながら尋ねる。
「ここから、多分1,2分ぐらいで……崖だ!」
「崖ぇ!」
シャチ駆が走るしばらく先には、切り立った大きな崖が広がっていた。
「ギャハハハ!馬ぁ鹿!そのまま落ちちまえ!それとも立ち止まって俺に殺されるかぁ!?」
「っ、ごめん楽奈美。もっとダンジョンの構造頭に入れてればよかった」
ダンジョンの空を切り裂き襲い掛かる黒龍から逃げるためには、開けた道を最高速で走らなければならなかった。そのため、波夢子は疾走するルートのその先にまで思考を回す余裕がなかったのだ。
前方にはヨシミンの制止をたやすく振り切った黒龍、後方には断崖絶壁。
そんな状況で楽奈美は、
「大丈夫だよ、ハムちゃん」
力強く言い切った。
「楽奈美……」
「私は、奇跡だって起こせるから。きっと大丈夫」
「奇跡だぁ!?」
楽奈美の言葉を黒龍は嘲笑する。
「アホらしい。力の前では奇跡なんて無力なんだよ。人間がどれだけ奇跡を起こし科学を進歩させても、地震や台風が起これば物はぶっ壊れ人は死ぬしかない!わかるか、俺はお前らにとっての災害なんだよ雑魚ども!」
「くっ……」
波夢子は苦しい声を漏らす。事態の解決策が出ないまま、シャチ駆の車輪は滑落への道をひた走る。
「っ、そうだ、楽奈美、重飛兎で落下のショックを和らげるのはどう?」
「それは最後の手段かな。さっきみたいな数メートルぐらいの高さならともかく、崖ってぐらいの距離を人間2人浮かせ続けるのは魔力全部使ってもきついかも」
「そっか……」
楽奈美はちらりと後ろを見る。このまま爆走を続ければ、100メートルぐらいは落下しそうだ。
「あーもう、崖じゃなくて坂道だったら下ってくだけなのに!」
波夢子の投げやりな叫びに、楽奈美はハッとなる。
「それだ!崖を滑り落ちていけばいいんだ!」
「楽奈美?」
「えっと……ハムちゃん、ロープになるタコの魔道具あったよね?」
「あるけど、」
「ナイスハムちゃん!」
楽奈美はニッと笑う。
「まだまだ奇跡、起こせそうだよ!」




