第12話 位置捻転にツーリズム
魔力をほぼ使い果たし倒れていた源城を後部座席に乗せ、ダンジョン運営局の2人の男女、ヤグラとミノと言うらしい、は、迷彩車輪を駆る。
迷彩車輪はその速度もさることながら、車体の周囲に映像を投影することで、まるでそこに何もないかのように姿をくらましながら走行することができる優れものだ。
「状況を教えて」
ヤグラが運転している隣の席で、ミノが源城に尋ねる。
「初心者冒険者2人が禍災龍から逃走していたのを確認し、俺が禍災龍の相手を引き受けた。その後交戦。俺が魔力切れで倒れた後、禍災龍は俺を放置して入口方面へ飛行」
「いくつか聞きたい。あなたが見た禍災龍の最終的な状態は?禍災龍はなぜあなたを放置し入口方面へ飛行した?」
「禍災龍は、自身の回復能力を使用したためほぼ無傷に見える。禍災龍は、攻撃をかわし続ける俺を疎ましく思っているように見えた。俺との交戦が嫌になって放置したと推測」
源城とミノは、淡々と言葉を交わす。
初対面同士の、ぶっきらぼうに見えるやり取りは、冒険者の職業病のようなものに近い。
冒険者でチームを組む際によくあるルールが、尊敬語と謙譲語の禁止、丁寧語の自重だ。
ダンジョンを進んでいけば、1分1秒が惜しい状況になることは珍しくなく、連絡を取り合っている際に、「知っている」の尊敬語は「ご存じ」だけど謙譲語はなんだっけ、なんていう思いを巡らせるのは時間の無駄という考えだ。
もっと組織的なチームだと、短く効果的な会話をするために、人脈をたどって自衛隊員や警察官に無線通話のレクチャーを受け、ダンジョン内の会話に活用するところもある。
源城も、初心者冒険者相手はできる限り敬語を使うが、ある程度慣れている冒険者へはいきなりため口で話すようにしている。
「話に出た初心者冒険者2人の状態は?2人は、入口方面へ逃げているのか?」
「目視の範囲で初心者冒険者2人は大きな怪我はなかった。細かい傷や疲労は見えたが俺が治癒した。初心者冒険者2人の行き先は不明。俺が確認した限りではダンジョン入口方面へ走っていた。しかし、禍災龍の襲撃から逃げていたことを考えると、地理の把握ができているかが不明」
「そのほかの冒険者と会ったか?」
「1人だけ、ダンジョン入口から数十メートルの地点で会った。ストレスクマから逃走していたのでストレスクマを引き受けた。その人はダンジョン入口へ向かったと推測」
迷彩車輪の車内には、英語の軽快な曲が流れ、冒険者同士の無機質な会話に華を添える。源城はその曲をよく知らないが、聴くだけで明るく前向きな気分になれる。
この音楽も話し声も、迷彩車輪が逆位相の音を発することで周囲には無音に聞こえるのだろう。
「行きたいところはあるか?」
「初心者冒険者2人のところ。彼女達が心配だから」
「了解だ。ここの近くにあなたの言う2人の冒険者の反応がある。私達もそこへ行くべきと考えていた。……運営局からの質問はひとまず以上。そちらから質問は?」
ヤグラからの問いかけを受けた源城は目を閉じ、今までの情報を整理する。
「ダンジョンにいる運営局の人はあなた達だけか?」
「私達2人だ。それ以上の援軍はないと思ってくれ」
「ダンジョン内の人数はわかるか?」
「私達の調査によると、現在5人だ」
(俺、楽奈美さん、波夢子さんのほかに2人か……)
冒険者達は、魔道具起動装置に発信機を付けるなどして、自分の居場所をダンジョン運営局へ伝える何かを装備することを推奨される。
それにより、ダンジョン運営局はダンジョン内の人間の数と大まかな位置を把握できる。
源城の救助も、発信機がなければもっと時間がかかっていただろうし、楽奈美達の方へ向かうことも困難だっただろう。
迷彩車輪から流れる曲を聞くと元気が出てくる。
きっとこの曲も、ヤグラかミノの魔法なのだろう。肉体労働をした夜のシャワーのような安堵と爽快さを感じながら、疲労が取れ魔力が満ちていく。
「初心者冒険者2人の元に行った後はどうする?この車は何人乗りだ?」
「搭載重量の都合で4人が目安だ。初心者冒険者2人の体重は著しく軽かったり重かったりするか?」
「…………そこまでちゃんと見ていないが、若い女性2人。著しく軽くも重くもないと推測」
女性の体型や体重をやいのとやいのと言っていいのか迷ったが、言葉を絞り出す。
「了解。乗員4人で想定すると、ヤグラが降りて歩く。私が、あなたと2人を乗せて運転する」
「わかった。ヤグラさん、お願いします」
「あぁ、任された」
ヤグラは前を見たまま答えた。淡々と答えているのに、親指を立てながら言われたような力強さを感じる。
「ありがとう。俺からの質問は以上だ。ほかに運営局から俺への質問はあるか」
「ない、一旦終了だ」
「了解。ありがとう」
「了解…………お疲れっす~~」
ミノはそこで唐突に大きく伸びをした。
「ミノ、品性に欠けるぞ」
「いいじゃないっすかぁぁ、あの喋り方疲れるんすよぉ、時間余ってるならよくないすかぁ~?」
ミノはヤグラに咎められたのも構わずに、背もたれに大きくもたれ、椅子の背もたれの上に後頭部をのせる。源城からは彼女の頭頂部が見え、凝視したらつむじがはっきり見えそうだ。
(確かにこの喋り方は、慣れるまで窮屈だよなぁ)
源城は、自分が冒険者になりたての頃、冒険者特有の端的な話し方を意識して使おうとしたせいで言葉が上手く出てこず、かえって話が長くなってしまったことを思い出す。
「……俺は構わないよ、ご自由に」
「ほらぁ、こう言ってくれてるんすよぉ、ヤグラさぁん」
ミノがヤグラを見ると、彼はため息でもつきそうな表情をした。
「わかった。好きにしていい」
「いぇーい、感謝っす」
ミノは嬉しそうに座席のリクライニングをガチャガチャと操作する。源城は運転席側の後方にいるので、ミノの助手席が後ろに倒れる影響はない。
「あと、席後ろ倒したいっす、いいすかぁ?」
「ご自由にどうぞ」
「あざっす!」
ミノは嬉しそうにリクライニングを倒し始める。
「あ、そういえば聞きたかったんすけどぉ」
源城はミノの顔の辺りを見ながら次の言葉を待っていた。
真横になるんじゃないかというレベルで大きく倒れるリクライニング。
源城の視界から、ミノの顔が下に移動し、代わりに別のものが飛び込んでくる。
ミノのたわわに盛り上がった胸部だ。
フォーマルな雰囲気のシンプルな黒のブラウスだが、動きやすさのためか、伸縮性があり体にフィットするタイプのようで、胸部だけが、たぷんと盛り上がっている。
さらに、ミノのやんちゃな動きに合わせて乳房が暴れ、下着と服の抑えを超えてぷるっと揺れる。
「にぁっ、なななにか?」
源城は、凝視してしまったモノからそっと視線をそらし、視線の焦点をミノの顔と何もない空間の間ぐらいにややぼんやりと当てる。
「名前聞いてなかったっすねぇ~」
「あぁ、俺は夕焼けの源城。ダンジョン管理係へ連絡したのは俺だ」
「マジすか!?」
ミノは素っ頓狂な声を上げる。
「ありがとう源城さん。あなたが連絡してくれなかったら、我々の救援も遅れていた」
「感謝っすよガチで」
「いや、いきなりの連絡に迅速に対応してくれて、俺が感謝したいぐらいだ」
源城はセイレーンを介してダンジョン運営局のダンジョン管理係へ、禍災龍がいる可能性があると伝達したが、それがまっとうに聞き入れられる可能性は高くないと見ていた。
なぜなら、源城は、禍災龍がいると言う根拠を明確に示せなかったし、自分のことをどこにでもいる冒険者の1人だと考えていたからだ。
しかし、ダンジョン運営局から来たスタッフ2人に、源城は現に今助けられている。
「迅速な対応ね、そりゃそうさ、コロリンとしては、晴天の源城の名と功績はよく知っているからな」
「あぁ、ロコクリスのファンか」
夜蘭のロコクリス。熟練度は上から2番目の藍の、凄腕の冒険者だ。それだけでなく、その可憐さと包み込むような声で超人気配信者となっている。ファンネームはコロリン。
そんな彼女だが、源城の弟子かつ仲間であり、源城に対し歪んだ強い好意(恋愛的な意味ではないと源城は考えている)を持っている。ロコクリスの配信で源城を語る際は、いつものふわふわの毛布のような声から、蜂蜜のような甘く粘っこい声に変わってしまうところは、彼女の賛否両論な点である。
「むしろ、みーんな役所対応すぎるっすよぉ。禍災龍がいるという根拠が足りないー、界圧の再測定まで待てー、ってそればーっかで。結局、熱心なコロリンのウチとヤグラさんがマッハで駆け付けたわけっすよ」
「そうか、無理して来てくれたんだな、ありがとう」
「源城さんがダンジョン運営局に連絡してくれたおかげで禍災龍を救えた。改めて、礼を言う」
「ありがとうございます、源城さん」
(……これも、繋がりだな)
源城がダンジョンで禍災龍の気配を感じた時、気のせいだと思いその場を離れようとも考えていた。
ヤグラやミノは、元晴天の源城を名乗る人からの連絡を聞いても、この男が信用に足りないと切り捨てることも、確証が持てるまで待機することもできただろう。
そんな中で源城達が、他人のために自らの殻を破って前に進んだからこそ、今がある。
迷彩車輪が、森の中を駆ける。楽奈美と波夢子を見つけたら、ミノが源城、楽奈美、波夢子を載せて迷彩車輪を走らせ、安全にダンジョンを脱出する。
ヤグラは1人残されるが、もし禍災龍と接敵しても、ダンジョン脱出に特化した魔法を駆使して逃げ切る。
現在、作戦は計画通り進んでいる。ヤグラの受信機が、冒険者2人が近くにいることを示している。きっと、楽奈美と波夢子だろう。
迷彩車輪に心地よい音楽が流れ、穏やかな空気が源城達3人を包む。
しかしそれは刹那の安息だった。それに亀裂を入れるように、ヤグラが顔をしかめ見たものを疑うように目を凝らす。
「……源城さん、俺とミノは2人とも回復魔法が使える。だが、その治癒力には限界がある」
ヤグラが珍しく、言いにくそうに言葉を回す。
「あなたの指示に極力従う。結論を話してくれ」
源城は努めて淡々と答える。しかし、これからヤグラの言うことに身構えるように、表情を締める。
「源城さん……すまないが、ここで降りてくれ」
ヤグラが迷彩車輪を止める。
その先には、楽奈美と波夢子と、ひどい負傷状態の男女の冒険者が2人いた。
「…………そうだな、それがいい」
ダンジョン運営局の救助により、安全にダンジョンから脱走できると思われた源城、楽奈美、波夢子。
しかし、想定外の事態により、3人は再びダンジョンへ放り出されることとなる。
禍災龍が支配する、恐るべきダンジョンに。




