第10話 ファイア放たれた
それは突然にして理不尽な出来事だった。
源城とその仲間達は、ダンジョンの頂点であるダンジョンプレデターのサーキュラーシャークをやっとの思いで討伐し、喜びを分かち合っていた。
くたくたになりながら、サーキュラーシャークの浮袋や牙を大事にしまい、互いの苦労をねぎらっていると、
空気が切り裂かれるようなつんざく音がして、音のする方を向くと、1体の黒龍が現れた。
それが、禍災龍との絶望的な出会いだった。
疲労困憊の源城達では禍災龍の暴虐から命を守るだけで精いっぱいだった。
『ギャーーーーハハハハァ!!』
『くぅっ……!』
禍災龍はくぐもった声で高笑いする。
それを源城は倒れこみそうになるのをこらえながら、にらみつけることしかできない。
『次はてめぇの番だ!』
源城に向けて、蒼炎が放たれる。必死に逃げれば致命傷は避けられるかもしれないが、その背後には、倒れ伏した仲間がいる。
『源城、危ない!』
源城と背後の仲間を守るため、浮麗が小さな体を駆り、間に立つ。
『平石造りの権威!』
禍災龍の2倍はあろうかという石像が浮麗の背に立つ。
石像2体はどしどしと地響きを立てながら走り、蒼炎に立ち向かう。
『どりゃあああぁぁぁぁあぁあぁ!!』
2体の石像の掌底が蒼炎に鉄槌を下そうとする。しかし、
『くぅぅうぅうぅぅっっ!』
禍災龍の蒼炎は、熱と風で頑健な石造の手を削っていく。
『やっぱりだ。みんなが疲れてるとかそれ以前に……』
石造の体にひびが入る。
『こいつの攻撃もこいつの体も……魔法に対して耐性がある!』
『くそっっ……!』
源城は思わず毒づいた。
人類がダンジョンの生き物へ効率よくダメージを与えるために攻撃魔法が、効率よくダメージを抑えるために防御魔法や治癒魔法が開発された。
しかし禍災龍のゴツゴツしたウロコは、吐く蒼炎は、人類のダンジョンに対するアドバンテージを大いに揺るがす。
『くああぁぁぁぁぁぁぁ!』
浮麗の全力の防御もむなしく、石像がついに蒼炎に貫かれ、崩れ落ちる。
蒼炎は荘厳な石像に進路を阻まれ、細い一筋の炎になったが、それでも貫かれれば大怪我となってしまう。
『危ない!』
源城は倒れた仲間を突き飛ばす。しかし、一筋の蒼炎が源城の右足をかすめる。
『ぐあああっ!』
源城はその熱量に思わずうめき声をあげてしまう。
(くそっ、かすめただけでっ……!)
『しぶといなぁてめえら!』
禍災龍は踏みつぶし損ねた蟻を見るようにニタリと笑う。
立ち上がることもままならない人間達は、禍災龍を注視することしかできない。
『まぁいいか……ゆっくりと痛めつけてやるよ。ギャハハハハハハハ!!』
禍災龍の声が、空に響いた。
(なんとか、間に合った。)
源城は、禍災龍に襲撃されていた楽奈美と波夢子を救出し、彼女らに大きな怪我がないのを察して、安堵の息をついた。
「うぇぇ、猫と犬だ……あ、源城さん、ありがとうございます。私とハムちゃんを助けてくれて」
「ありがとうございます」
高所から湖に落ち、大きな怪我がない代わりにずぶ濡れの楽奈美と波夢子がよろよろと立ち上がる。
「2人はここから逃げてください。ただ、その前に怪我を治します」
源城は、腰のベルトに差した刀の柄を握り、それをゆっくり引き抜く。
それは日本刀型の魔道具で、ダンジョンの光を緩く乱反射し、濡れたように光る。
「獄上五剣 小異細暗己」
その名を呼ぶと、銀色の暗己が黒いオーラをまとう。
そしてそれを、楽奈美と波夢子に向ける。
「攻撃じゃないですよね……?」
「え、ええっと、」
まがまがしいオーラをまとった暗己をおろおろと見つめる楽奈美と波夢子。
「大丈夫です……病削五七斬!」
源城は、暗己で楽奈美達を無数に斬りつける。
「わわわわわわ!?って、お?」
楽奈美が抜けた声を上げる。
「凄い!怪我治ってる!」
「治癒ができるんですね」
刃物で切られて傷が癒えるという特異な現象に、楽奈美と波夢子は自らの体を見回す。
「こんな感じでしょう」
「ありがとうございます源城さん!」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ逃げてください」
源城は努めて柔らかく微笑んだ。
そして、ヤツに向き直る。
「あいつは、俺が止めます」
そして、努めて精悍な顔で、努めてキビキビと暗己を禍災龍に向ける。
「わかりました源城さん!」
「失礼します」
二人の音が遠ざかっていくのに安堵し、
それに伴い足が震える。
(クソっ……やっぱり、足の震えが止まらねぇ。俺はまだ、こいつを……!)
その時、禍災龍の口から巨大な蒼炎が放たれた。
「なああああああ!?」
(さっきよりもはるかにデカい!さっきの炎を悪しき指揮で防がれたのが気に食わなかったのか!これを悪しき指揮で防ごうとしたら魔力不足でぶっ倒れる!……だが!)
源城は、魔道具を起動する。
(シミュレーションは入念にしている。てめぇは何度も悪夢に出てくるからな!)
「湖ナメクジ!」
先ほど楽奈美達の落下の衝撃を抑えたナメクジを足元に呼び出すと、源城の体が下に沈む。
湖ナメクジは、地面に自らの体を浸透させることで、地形を湖にすることができる。その能力により、源城の足元を湖にしたのだ。
源城は湖ナメクジにさっきより強い魔力を込め、深く深く水の中へ沈んでいく。
源城は水が目に入らないように目を閉じる。暗闇の中、浮力は重力に負け落ちていく。
少し潜ると、湖ナメクジを解除する。すると周囲が湖から土に戻る。
ブォゴオオォォオォォッッ!
土が熱と風に浸食される音がする。
地中に潜った源城にもその熱が伝わり、酸素が薄く、息苦しくなる。
(やっぱりだ。ヤツは遠くから斜めに炎を放ってくる。それだけ、自分の吐炎に自信があるんだろう。)
「くそ!消えやがった!女どももオッサンもちょこちょこ逃げやがって、セコい真似すんじゃねぇ!」
(遠くから放った炎は拡散される。斜めに向けた炎は着弾点が広くなる。いずれも、攻撃範囲を広げるための作戦。その分炎の威力は落ちるが、落ちた炎でも防御魔法を突き破り俺を焼き払える自信があるわけだ)
源城は作戦のため、手で土を掘ってから永久蝦蟇を呼び出し、周りの土を食わせる。そして空いたスペースに服飾蛇児を出し、土を原料にアイテムを作らせる。
(禍災龍はダンジョンの生き物としては異様なほど魔法に耐性がある。だから、ヤツの攻撃に対しては、基本は回避か、ダンジョンの地形で防ぐ)
源城は音を立てないように静かに土を掘り、イボガエルが土を食い、蛇が器用に尻尾で土をこねる。
酸素が薄くなってきた。冷静さを保ち、呼吸を浅くする。
「はぁ!?マジで地面潜って隠れただけかよ!しょーもねぇなおい!」
禍災龍からは、ただ地中にこもっているだけに見えるだろう。
そう見えている間に、奇襲の準備をする。
(チャンスは、一度きり)
「もうめんどくせぇなぁ!無言で消えられるとつまんねぇんだけど!」
源城は、服飾蛇児が作った手袋を両手に着け、土の掘削速度をあげる。
そして自分でも土を掘削し、蒼炎から身を守るためにある程度地中深くまでいたところを、地表近くまで移動する。
蒼炎で焼かれた大地は二酸化炭素が濃く酸素が薄い。呼吸をさらに浅くする。
息苦しくなり、脳に十分な酸素が到達しているかが不安になる
(うまくいくのか……?)
突然訪れる不安に源城は慌てて内心で首を振る。
(はは、酸欠で頭が回らないと、こんなネガティブなんだな、俺)
ため息をつきそうになり、慌てて止める。
(まぁ、できることをやるだけだ。)
素の自分は臆病でネガティブで、そんな自分の弱さを鬱屈とした暗い地面でぼやいていると、一周回って笑えてくる。マイナスとマイナスでプラスになるようで、根拠のない自信すら湧いてきそうだ。
「地面炙って炙り出しだ!」
禍災龍がしびれを切らして蒼炎を吐く直前、
源城は薄い地表を掘り、飛び出す。
「!?」
蒼炎を蓄えた禍災龍が、1メートル先ほどの近くに見える。
禍災龍に深い傷を負わせるには、魔法による防御を貫く灼熱の蒼炎をしのぎ、魔法による攻撃を防ぐ頑健な鱗を貫かなければならない。
「禍災龍!」
源城は魔道具を起動する。
「これがお前の最期だ!」
そして、蒼炎が放たれた。




