第1話 熱は鉄い内に打てと笑う
太陽を背に、未来の英雄が天から降る。
その拳を、天へ振り上げて。
「うらああぁあぁぁぁああ!!」
その拳は、地上の、3mはあろうというゴリラ型生物に向かっている。
「Ruoooooo!」
それは咆哮し、逃げようと足を動かすが、足元の小さな黒玉によって地面に縫い付けられて動けない。
「Quuufooooo」
それは手のひらを黒球に向け、魔力をためる。
「予想通りだな」
源城は手に持っていた身長ほどある旗を振りかぶる。
「悪しき指揮!」
「ReaLaaaaa!」
源城が旗を左斜めに振り下ろすと、ゴリラ型生物の手から放たれた、黒球を吹き飛ばさんとする風の魔法は、源城に操られるようにコントロールを誤り、黒球のはるか右に着弾する。
これで奴は黒球に縛られ、天からの拳を免れることはできなくなった。
その拳が今まさに敵の頭上から落ちようとしている。
「Reeeeeeeeee!」
「いけぇぇぇぇぇぇ!」
「らぁぁあぁああぁぁっっ!天石襲来!!」
重力魔法で強化された、グローブに包まれた拳が勢いよくゴリラ型生物に振り下ろされる。
ッゴオォォオオッッ!
その拳は剛毛で覆われた肉にぶち当たり、その衝撃で奴の内部を破壊する。
「Qooooooooooooo!!」
ゴリラ型生物は、凄惨な叫びを上げると、その場に倒れ伏した。
ずしぃぃん……という音と土ぼこりが、遅れて起こる。
巨大な生物が崩れ落ちたことを地響きと音で確信した源城は、緊張の糸が切れたようにその場に座った。
そして、土ぼこりの中から、人影が飛び出てくる。
「やったぁぁぁぁぁ!」
期待の新生冒険者、楽奈美は右腕を天高く振り上げた。
「やりましたね、楽奈美さん!」
源城が声をかける。すると、楽奈美がてててと駆け寄ってくる。
楽奈美は顔全部をほころばせて満面の笑みで近寄ってくる。
「源城さん、イエーイ!」
「えっ、わっ、いえーい」
楽奈美の元気なハイタッチを、源城は手のひらで受け止める。
「おわぁっ」
源城はそのハイタッチの勢いで後ろに倒れそうになる。
「いっ、やりすぎたっ」
楽奈美は強引に倒れそうな源城の肩を抱き寄せる。
源城は楽奈美に前方に引っ張られ、体勢の安定を求め、手を伸ばす。そこには楽奈美の、
むにぃ
シンプルな装いに包まれたたわわな乳房。
「みゃっ!?」
「ねぎぇあゃっっ!?!?」
寄生を上げながら慌てて手を後ろに回すと、その勢いで後ろに転びそうになる。
「源城さんの…………えっちぃ……」
楽奈美が、柔らかな頬をほのかに朱に染めて、目を細めて源城を見つめる。
「これはハイタッチじゃなくてパイタッチですよぉ……」
「すすすすすみませんホント不注意でしたすんませぇぇんっ!」
ビシッと頭を下げ謝罪する源城。不注意とはいえ人の体を、それも女性の胸部をその弾力と布地の感触が思い出せそうなほどしっかりと手のひらに収めてしまった。
「あははははっ、めちゃマジメですね源城さん」
楽奈美の謝罪への反応は、源城の予想に反してカラッとしたものだった。彼女は太陽のように笑う。
「そーんなに気にしてないですよ。事故ですし。それよりなにより、倒せましたね源城さん!」
楽奈美の日なたのような嬉しそうな顔を見ていると、源城の表情もほころんでしまう。
「楽奈美さん、やっぱどんどん強くなってますよ」
「でしょー?もう敵なしって感じです!」
「確かに。これなら……」
源城は言おうとした言葉をぐっとつぐんだ。
冗談でも軽口でも言えない。
禍災龍を倒せるなんて。
ガタンゴトンという電車の音と、人の会話が狭い電車を埋め尽くす。
外を見ると真っ暗な闇の中、人工の光が点在している。
(はぁ、今日も終電ギリギリだな)
電車に揺られながら、源城はため息をついた。
周囲を見回すと、くたびれた様子で電車に乗っているのはむしろ少数派、多くの人は、仕事なんかとっくに終わっているんだろう。
飲み会や夜遊びの帰りみたいなやつらが浮かれた様子で、なんとかさんの話が面白かった、うんとかさんが忘れ物して大変だったと話している。今日は金曜。明日が休日だから、こんな時間まで楽しんでいても仕事に影響しない。
(俺がパソコンとにらめっこしている間に、この人達は楽しんでたんだろうな……)
内心で悪態をつきたくなるがこらえる。いや、彼らは悪くない。悪いのは、
(中途半端な俺が、一番悪い、か……)
源城はスマホを開く。見るサイトはいつも一緒。だけどお気に入り登録するのはなんだかためらってしまう。
源城は、ダンジョンを攻略する冒険者のためのポータルサイトを開いた。
今から10年程前のこと
ある日から突然、地球は別世界の空間とつながるようになった。
日本政府はその空間をダンジョンと名付け、そこにいる未知の植物を採集し動物を狩猟し、それらを加工することで、人類の科学は大きく進歩した。
ダンジョンが科学を進歩させることがわかった人類は、ダンジョンの動物に大きなダメージを与え受けるダメージを大きく抑える方法を研究し、その成果はいつしか、一般市民が買える器具に落としこめるようになった。
魔道具と、それによる魔法の誕生である。
ポータルサイトでは、冒険者達の功績や、ダンジョンの情報が色々掲載されている。
源城はなんとなく、冒険者の頑張りをたたえた記事をスクロールして眺める。
なんでこんなことをしているのか、それに答えが出せないまま、電車の中でぼんやりとスクロールする。
(俺はもう、冒険者なんかじゃないのに……)
電車に揺られながら、源城がぼんやりとスマホの画面に視線を向けていると、
一瞬、源城の背筋に恐怖が走り、反射的に身を縮こませる。
まるで眼前に亡霊が現れたような感覚。
いや、亡霊だったらまだましだ。
この怖気の正体は、
(禍災龍!)
源城の脳裏に、あのおぞましい黒龍が浮かび、こびりつく。
あの黒雲の塊のような体、そのボコボコした口から、一等星の輝きのように鮮やかな蒼炎が放たれる。
源城は思考を慌てて止めようとするが、忘れようと念じれば念じるほどリフレインする。
蒼炎を浴びた源城が魔道具で護った体を焼き尽くされそうになったこと、それを必死で振り払った源城に禍災龍の巌のようなこぶしが襲い掛かったこと、
そのこぶしを庇って、仲間が魔道具ごと体の骨を砕かれ、体内からゴキョッというグロテスクな音が鳴ったたこと。
仲間の悲鳴と、禍災龍の耳障りな笑い声
『あぐあぁぁあぁぁぁぁっっ!!』
『ギャーヒャヒャヒャ!』
(っっっっ深呼吸深呼吸深呼吸深呼吸深呼吸)
心臓が早鐘を打つ中、源城は意識して深呼吸をする。
…………
(大丈夫だ)
源城は自分に対し内心で呟く。
(禍災龍の気配なんて気のせいに決まってる。ダンジョンにいるわけでもないのに)
あえて内心で、はははっと笑う。
(幽霊の正体見たり枯れ尾花って言うだろ、ダンジョンのこと調べてたから、チキンな俺が勝手に妄想膨らませてビビってるだけだ)
少しずつ、平静を取り戻す。
(それに、もし仮に禍災龍がいるダンジョンが現れてて、そいつの気配がここまで来たとして、ありえないけど、そうだとしても、)
内心の自分は饒舌に話す。
(だとしても、今の探知技術ならば激ヤバダンジョンなのがすぐに知れ渡って腕に自信のあるやつしか入らないだろ。そういうやつらならひどい目には合わないはず、大丈夫大丈夫)
思考を巡らせ、無理やりにでも自分を落ち着かせる。
そうでもしないと、体が震える。
電車が自宅の最寄に着く。少しはやる心臓を抑え、源城は電車を降りた。
源城は閑散な住宅街を歩く。家賃が安い代わりに、都会から少し離れたこの場所で、源城は孤独に帰宅の道を歩む。
しばらく歩くと、源城が住む一人暮らし用のマンションが見える。
「あ、源城さん!」
「……あ、楽奈美さん」
楽奈美は源城の方を見て、夜だと言うのに、太陽のような笑みを見せた。
楽奈美は隣室の大学生だ。身長は源城(男性平均よりやや低め)より5cmぐらい低いから、女性にしてはほぼ平均的、やや高めというところか。友達というほど親しくはないが、偶然すれ違うとこんな風に会話したりする。楽しそうに笑ったりむむむという顔で悩んだり、表情豊かでエネルギッシュな子という印象だ。
楽奈美はごみ袋を手にもって、てててと近寄ってくる。
「おかえりなさい、って、もしかして今まで仕事!?うわぁ、お疲れ様ですね」
楽奈美は表情をころころと変えながら話しかけてくる。
「ちょっと仕事が長引いちゃいまして、楽奈美さんは、ごみ捨てですか?」
「いやぁ、そういえば明日燃えるごみの日だってさっき思い出しまして」
楽奈美はえへへと笑う。
「まぁ、明日の朝までに捨てられればいいですから」
源城がそう言っていると、楽奈美は唐突にごみ袋をお腹のあたりで抱きかかえる
「パパ、やっぱこの子捨てない!お家で飼うの!」
楽奈美にとってはなんてことないおふざけだろうが、源城はそのえっちさに心臓が跳ねる。
ゴミ袋をお腹に抱きかかえたせいで、それが乳房を押し上げ、たわわな膨らみがにゅむと形を変え強調される。
ゴミ袋に視線が誘導されていた源城は、それを視線で追ったせいで、ごみ袋の上に乗るデカいおっぱいをコンマ数秒目に焼き付けてしまう
「すぉっっ…………その子、捨ててきなさい」
「あはっ、ですよねぇ」
努めて、非常に努めて平静に突っ込みを入れると、楽奈美はカラカラと笑った。
若い美少女が、夜のごみ捨てだからかラフなシャツとパンツ(下着の方ではない)に身を包み、くたびれたアラサーのサラリーマンにも満面の笑みを向け、親しげに雑談を向けてくる。しかも本人の自覚なくおっぱいを強調する動きをする。
(……まじで危ないんだよな、この子。危ないというか、危ないなら男という生き物が悪いんだけど)
勘違い男を量産させてそう、なんて言うと悪口になるだろうか。
「そういえば、源城さん、」
「はいぃっ」
邪に脱線してしまった考えを現実に引き戻す。
「私、冒険者になろうかなと思ってるんです」
「へぇ、いいじゃないですか」
源城は素直に感心した。
冒険者には、コミュ力が必要不可欠だ。冒険者を極めると、ダンジョン内のチームプレーや、ダンジョン外での情報交換が重要になる。
(その点、俺みたいなのとも、にこやかに話せる楽奈美さんはめちゃくちゃ適性があると言える)
まぁ、この情報化社会でコミュ力がさしてプラスにならない界隈の方がレアではあるが。
「楽奈美さんなら、いい冒険者になれますよ」
「えぇーっ、そうですか?うれしいですねっ。どんなとこが向いてますか?」
「えっと……」
(人当たりがいい、はセクハラじゃないよな?大丈夫だよな……)
各種人権侵害に引っかからないクリーンな言い方をとっさに模索するが、ここで口ごもるのはむしろ失礼。冒険者向いてないけどテキトーにおべっかを言ったみたいになってしまう。
「楽奈美さん、社交的じゃないですか」
(問題ないよな?)
褒めるだけで良くも悪くも頭がぐるぐるする男、源城。
「サングラスみたいな?」
「遮光レンズじゃなくて」
「パチンコみたいな?」
「射幸感じゃなくて」
「いやぁいいですねぇ、褒められるのは」
楽奈美は、にへらと笑いながら嬉しそうに手を合わせる。
「きっと上達しますよ。ダンジョンへは一人で行くんですか?」
「いいえ、友達と2人です。ハムちゃんです、私が何度か話のネタにしてる子」
あぁ、と源城は納得した。源城は、彼女、波夢子のことを楽奈美を介してでしか知らないが、彼女はずいぶんしっかり者だという印象を持っている。
(波夢子さんがいるなら、変なのに狙われても大丈夫そうだな)
ここでの変なのとは、ダンジョンに棲む生き物以外に、ダンジョンでナンパ等する輩を含む。
「いいと思いますよ。複数人いたほうが、パニックを収めやすいですし。ダンジョン始めたてはとにかく不慮の事態が起きますからね」
「おぉーっ、やっぱ源城さん詳しいですねぇ」
「いやぁそれほどでもないですよ」
大げさに手をパチパチする楽奈美に源城は頭を掻く。
「昔は多少冒険者やってましたから、ちょっとだけわかるんですよ」
「そうそう、ホントは事前に源城さんにもいろいろ聞きたかったです。けど、今日冒険者のこと調べてたら急にすごくやってみたくなっちゃって!」
楽奈美は顔を輝かせる
「やっぱあれですよ、熱は鉄い内に打て!」
「暑は夏いみたいに言わないでくださいよ」
「だから、帰ってきたら、源城さんの話もたくさん聞きたいです」
「俺の?……俺の話なんて、大したことないですよ」
源城は過去に思いをはせる。
初心者4人で協力し、ミノタウロスを思わせる牛に似た屈強な生物に立ち向かって、何度も吹っ飛ばされたこと、
後輩ができたので色々と教えていたら、気づいたら彼女に追い抜かされてしまったこと、
自分達の手で炎球を放つ魔道具を生成したつもりだったが、すすがほろほろとこぼれるだけの駄作が誕生し、みんなで笑い転げたこと。
(俺、情けない記憶ばっか覚えてるな)
源城の顔が自然とほころぶ。
「しょうもないガラクタみたいな話ばっかですよ。それでもいいなら、いくらでも」
「楽しみにしてますねっ!」
楽奈美はにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、時間も遅いのでもう解散しましょう」
楽奈美にそう言われて源城は空を見上げる。外はもうとっくに真っ暗で、人工物の光が闇に吸い込まれそうになっている。
「そうですね。ダンジョンの冒険、頑張ってください」
「ありがとうございます!」
二人は自分の家に戻る。二人は隣室同士で、ドアが開く音が二人分する。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
楽奈美は手をふりふりと振る。
手の近くからがさがさという音がする。
「……楽奈美さん、」
「はい?」
「ごみ捨て、まだですね」
「あぁっ!」
はじめましての人ははじめまして、大門 笏です。
読んでくれてありがとうございます。
まともな作品を書くのはめちゃくちゃ久しぶりなのでみんなに受けるかドキドキしながら書いてます(笑)
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<毎週水曜12時ごろ、金曜7時ごろ更新予定!>




