02.迷惑な馬車
馬車が王都の公爵邸に近づくにつれて騒がしい声が聞こえてきた。
わたしは、その声に何となく嫌な予感を抱きつつも馬車の中でじっとしていたが、公爵邸に着く前に馬車が止まったために眉をひそめてしまった。
「何かあったの?」
「クリスティア様、申し訳ございません。公爵邸の中央門の前で騒いでいる輩がいるようです。近づくのも危険かと判断しまして、手前で停止いたしました」
「我が家の前で?」
何てことだ。
嫌な予感ほど当たるのは一体どういう原理なのか。
「私が様子を見て参りますので、クリスティア様は東門から先にご帰宅下さい」
どうしたものかと思っていたら、領地から一緒に帰還していた執事のクィンが面倒事を買って出てくれた。クィンも疲れているだろうに申し訳ないが、わたしが出ていくよりはうまくやってくれるだろう。
「ごめんなさいね」
「とんでもこざいません。クリスティア様はごゆるりとご休憩くださいませ」
「ありがとう」
クィンの言葉に甘えて、わたしは東門からこっそりと公爵邸に入った。
自分の家なのにこそこそするのも嫌だが、騒ぎを大きくしたくはない。
着替えてお茶を飲み始めたところで、クィンが戻ってきた。
「結局、何だったの?」
「突然、大きな荷物を積んだ馬車が数台やってきて、その馬車に乗っていた従者らしき者から、今後この邸には自分たちの主人が住むから速やかに明け渡せ、と一方的に言われたようです」
「明け渡せ、ですって?」
「そうなのです。それを聞いた門番が、そんな話は聞いていないと追い返そうとしたのですが、無理に門を破ろうとしたとのことで。勿論、結界に阻まれて入ることは叶わなかったのですが、それで更に怒り出したようでして……」
「それで騒ぎになったのね。敷地全体に結界を張っておいてよかったわ」
わたしの魔法は母に鍛えられた。
母の魔法は、この国の従来の魔法とは概念が違うようなのだけど、付加価値やできることの範囲が桁違いなので、母の教えを受けておいてよかったと思う。
今回も母の魔法を応用して作った結界が功をなしたようだ。
「何者だったの?」
「確認できたのは遣いの者だけで、主は来ていないようでした。ただ、彼らの主は、このお邸の主、バートン公爵家の当主様だと言うのです」
「なんですって?」
「それを示す証拠がありませんでしたので何とかお帰りいただきましたが、恐らく……、ダニエル様の遣いの者だったのではないでしょうか」
何てことだ。
先ほどからこの言葉ばかり繰り返しているが、まず出てくる言葉がそれなのだからしょうがない。
ダニエルというのは、わたしの生物学上の父だ。
結婚前から不誠実だった父は、母が身籠ったことが分かった途端、この家には帰ってこなくなったらしい。その後一度も姿を見せたことがなく、わたしも会ったことがない。
まさか、母が亡くなってすぐに乗り込んでくるとは思わなかった。
確かに、わたしという後継ぎはできたが、身重な妻を放置し、子育てもせず、仕事まで放棄した男が今更のこのことやってきて当主を名乗るだなんて。
恥知らずにもほどがある。
完全に頭にきたわたしは今後も追い返す気でいたのだが、迷惑な馬車たちは毎日やってきては騒ぎを起こすため、彼らは近所でも有名になってしまった。
遂には、王都警備隊から騎士団へ、そして陛下の耳にも入ってしまい、陛下からの書状によって、わたしと迷惑な馬車との戦いは終止符を打たれたのだった。
「陛下、貸しひとつですわ」