成り上がりの幕開け
まさか、これほどとは思ってなかった。
今日のために召集された国営のオーケストラは、パーティードレスを着こみ、剣と魔法の世界に合わせたモダンな音楽を奏でる中、舞踏会に集った正客達は慣れた様子でパートナーを見つけ、難しいテンポに合わせて社交ダンスを披露し、金貨千枚相当のシャンデリアが舞踏会を淡く照らしていた。
舞踏会の絢爛さに俺はちょっと尻込みしている。
「ヴィラン殿、そんな隅っこで何をしておられるのです?」
「レオナルド様、俺はこんな華々しい場所に来るのは初めてでして」
と応じると、レオナルドは闊達に笑っていた。
「何を仰るのです、我が闘技場のスーパースターともあろうお方が」
「ですが」
「……もし、宜しければ私と一曲踊ってくださいませんか?」
もしかして、俺?
俺達に声を掛けた赤いドレスを着た女の子に確かめる。
「駄目でした?」
「行きなさいヴィラン殿、女性からのお誘いを断るのは無礼と言うものですよ」
レオナルドは俺に踊って来るよう促し、彼女もぐいぐいと手を引く。
引かれる力そのままに、俺と彼女は舞台に紛れた。
「さてと、貴方のお名前は何て言うのですか?」
「俺の名はヴィラン、君は?」
「私はシャム」
シャムと名乗った青毛のボブカットの彼女の体躯は、病的に細かった。
着ている赤いドレスは痩身な体躯を隠すためなのか、ふわっと広がっている。
「ヴィラン、踊り方わかる?」
「い、いや、生憎わからない」
「実は……私もなんだ」
なん……だと?
「まぁ私と貴方の運動神経なら何とかなるよ」
「そうだといいんだけど」
にしても妙だ。
この華々しい舞踏会に招待されたのは皆一様に貴族のものだと聞いている。
けど、雑踏の中には幾人か目つきが悪く、挙動不審な連中がいる。
レオナルドに報せた方がいいだろう。
と思った矢先、俺の手を握りしめていたシャムは曲が変わり始めると同時に踊り始めた。
「こうすればいいんだよね? ヴィランも様になってると思うよ」
「シャム、実はレオナルド様に伝えないといけないことがあって」
「何? そんなに急を要する内容なの?」
彼女は俺に耳を貸そうと足を止める。
シャムの年頃は十五かそこらだろう、眩いばかりの澄んだ瞳をしていた。
「……踊りながらでいいから耳を貸してくれ」
「え、えぇ」
一体何が遭ったの? と尋ねる彼女の表情は不安そうだ。
「この会場内に不審人物がいるんだ、オーケストラの近くにいる面長の男」
それから会場内のビュッフェで談笑している貴族の背後にいる男。
舞踏会の景観がよく見渡せる中二階にいる女。
いずれも鋭い目つきで貴族たちを覗っていた。
「他にも数人ほど、怪しい連中がいるんだ」
「……なるほど、でもね?」
とその時、俺の足と彼女の足が重なり、体勢を崩し倒れてしまう。
「……ヴィランが今言った人たちはみんな私の知り合いだから、安心していいよ」
彼女は俺に馬乗りになる形で難を逃れていた。
病的に細いシャムの臀部が俺の下腹部を刺激して、若干気持ちいい。
「そう、だったのか」
「安心した?」
「あ、ああもちろん、だから退いてくれないか」
「あ、ごめんなさい」
と言うと、シャムは馬乗りを解いて立ち上がる。
その時、彼女の黒いガーターベルトとショーツが見えた。
この年頃、それも礼儀を重んじるこの異世界で黒いショーツを穿いているとは。
彼女はよっぽどオマセな性格をしているんだな。
「ヴィラン、なんか私たち笑われちゃってるし、外に行かない?」
彼女に言われ、周囲を見渡せば俺達が注目の的になっているのに気付いた。
なんとも居辛い雰囲気を感受した俺は彼女と一緒にテラスから庭へと向かう。
庭には席に沿って設置された照明灯の光が、仄暗い夜に吸い込まれていた。
それと……恐らく舞踏会で馴れ初めあったカップル達も三組ほどいる。
「今日は失敗だったな……ヴィランと出逢ってしまったのが何よりの失敗だった」
「ごめん、だけど、俺も元々来るつもりじゃなかったんだ」
「勘違いしてない? ヴィランとの出逢いを、悔いてるつもりじゃないの」
「じゃあ……何が言いたいんだ?」
数瞬考えたけど、彼女が言いたい内容が判らない。
「実は私、今日はこの舞踏会で恋人を見つけなくちゃならなかったの。けど、それは父から言い付けられたある約束事でね。父は私を政略結婚の道具にしようと考えてる。そこで私は言っちゃったんだ、今日の舞踏会で父があてがおうとしている人以上の財力を持った人を見つけてくるから、って。そしたら父はそれを鵜呑みにして、引くに引けなくなっちゃって」
シャムの話はこの世界でありふれた話の一つだ。
もっといえば、それは何百年前の地球でもよく聞く話だった。
どこの世界でも、知能が発達すれば権力は纏わりつくらしい。
「ヴィランなら、私の理想の相手になってくれると思った、けど貴方って奴隷でしょ?」
「……そうだ、俺は奴隷だ」
「誰の奴隷なの?」
「それは……言えない、俺の主は素性を隠しているから」
そう言うと、彼女はそれ以上詮索しない。
「今日は失敗だった、今日は父の目を欺ける相手を見つけられればよかったはずなのに、ヴィランと出逢って、ほんの少し、胸が高鳴っちゃったから」
俺としても非常に惜しいよ。
彼女みたいなボーイシューな女性はタイプだし。
何より、彼女は俺との出逢いを大切にしてくれているようだから。
「……ヴィラン、私と思い出、作ってみたくない?」
彼女の甘い台詞に、不意に羞恥心がこみ上げる。
頬が熱っぽくなって、彼女から視線を逸らすと――――ッ!
一つの銃声が邸宅内外にこだまし、咄嗟に彼女を抱き寄せた。
「何今の? もしかして銃声?」
「シャム、君は部屋の中に入って、みんなと一緒にいるんだ」
「ヴィランが守ってくれるんじゃないの?」
「ぶっちゃけ、君が傍にいると動き辛い」
それに俺は奴隷、主以外に生殺与奪権はない不死身だ。
こういう場面こそ、俺達奴隷が動かなくてどうする。
「ヴィラン、ちょっと待って」
「な――」
に? とシャムに振り返ったら、唇に彼女の唇が当たった。
「……頑張って」
何が起こったのかよく判らないけど、とにかく今は銃声のもとへ急ぐ。
「頑張ってヴィラン、私の――生贄くん」
銃声が鳴り響いたのは邸宅の西の方角だ。
西の方角には邸宅の持ち主である、領主リチャード三世の私室があったはずだ。
誰よりも早く現場に辿り着けばそこには。
拳銃を握りしめ、頭部から流血しているリチャード三世が斃れていた。
私は幸せか不幸せかと問われれば、おもむろに項垂れこう言うのでしょう。
私「どっちだと、思います?」
それに対し神は天真爛漫な笑顔を振りまき。
神「めんどくせーな」
と、笑顔で言うこっちゃない台詞を言うのでした。
続く。