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メイドのお仕事

前回のあらすじ

お風呂で月斗と親睦を深めたルスキニアは、メイドとして雇われる。

 転がったバケツがテーブルの脚にあたりポコンと軽い音を立てた。


「もう結構です」


 濡れた前髪越しに鹿野さんの切れ長の目が、溜息をつくように大きくまばたきをした。

 びしょびしょに濡れたメイド服は散々たるものだけれど、むしろその完璧さに少しばかりの欠点を付け加えて美貌を際立たせている。


「あっ……」


 もちろん、その欠点はぶっかけてしまったのはルスキニアだ。


 ワードローブを拭いている時に小さな汚れを発見、

 思わず力を入れすぎてバランスを崩して転倒、

 足元に置いてあったバケツを一蹴、

 様子を見ていた鹿野さんに命中、

 となってしまった。


「は、はやく拭かないと!」


 慌てたルスキニアは手にした布を持って、鹿野さんに近づく。


「雑巾で人の顔を拭こうとするのはやめなさい」


 手を伸ばして制した鹿野さんがはっきりとした口調で言った。キリッとした表情が変わっていないけれど、怒っているのかもしれない。


「すみません……」


 腕を引っ込めたルスキニアは、その手に握る雑巾みたいにうなだれた。

 メイド長の鹿野さんはとても偉い人だ。お屋敷のことを全て統括していて、当主の月斗さんや執事の川岡さんでも逆らえない絶対権力者なのだそうだ。


 そんな鹿野さんが時間を割いて、お屋敷での仕事や作法を教えてくれているのに、面倒をかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「あなたが意欲的に屋敷の仕事に取り組む姿勢は評価します。しかし、もう少し考えてから行動するよう心がけなさい」


 鹿野さんは諭すように言って、目元の水滴を中指と人差し指で弾くように拭った。


「はい……」


 天界の学校でも、第一天シャマインでお仕事をしている時でも、落ち着いて物事にあたるよう何十回も言われてきた。それをすぐに忘れてしまう物覚えの悪い頭を、もっと優秀な頭と交換してしまいたかった。


「私は着替えと所用を済ませてきます。少し時間がかかるので、その間にあなたは濡れたカーペットをランドリーに持って行って、新しいものと交換してください」


 テキパキと指示を出し終えた鹿野さんは、スタスタと部屋を出て行く。

 残されたルスキニアは床を拭き取り、それから濡れたカーペットを抱えてランドリーに向かった。厨房の近くなので、まだお屋敷の場所と名前が一致していないルスキニアでも迷わない。


 ランドリーの入り口をくぐると、少し湿った熱気とざらつく石鹸の匂いがルスキニアの身体を包み込んだ。洗濯物がつめ込まれた青いカゴがいくつも積まれている。丸いガラス窓のついた四角い機械が壁一面に並び、ガタゴトと音を立てていた。

 四角い機械がピーッと甲高い音を立てると、メイドさんが中からホカホカと熱そうな洗濯物を取り出し、長い作業台に運んだ。受け取った別のメイドさんが、シューシューと蒸気を立てるアイロンで綺麗に皺を伸ばしていく。

 アイロンがけが終わった衣類は透明なビニールの袋が被され、ハンガー台へと並べられた。そうして、数百着が次の仕事の時を待っていた。


 ルスキニアは洗濯カゴを運んでいるメイドさんをつかまえるとカーペットを預け、その替えの場所を尋ねた。


「カーペットの替え? たしか西館の倉庫にあったかしら。いまは忙しくて案内できないから西館まで行って誰かに聞いてちょうだい」

「ありがとうございます!」


 ルスキニアはお礼を言ってランドリーを後にした。廊下に出たあとは、右方向に歩き出した。

 今いる場所が東館なので、お屋敷の反対側に向かって歩けば西館につけるはずだ。


 しばらくして――


「うぅ……ここはどこなのです……」


 右も左も同じような扉がずらりと並んでいた。学校の課題を調べるために行った天界の図書館で、無限書庫に迷い込んでしまった時のことを思い出す。あの時も司書さんに見つけてもらうまで何日も彷徨うことになった。

 西館を目指して歩いてきたはずなのに、いつの間にか人気のない廊下にいた。


 他のメイドさんは見かけないし、案内図も置いていない。これだけ手がかりがないということは、道を間違えて別棟に迷い込んでしまったのかもしれない。

 進むより戻ったほうがいいかもしれない。

 そう思ったルスキニアが振り返ると、右側の扉のひとつが音もなく開いた。


 誰かいる。


 安堵したルスキニアはトコトコと早足で扉に近づき声をかけた。


「すみませーん!」

「ん、なんじゃ?」


 扉が開き姿を表したのは小さな女の子だった。同じメイド服を着て、黒髪を頭の上でお団子二つに結い上げている。身長からして10歳ぐらいだろうか。まるで日本のお人形さんのように愛くるしい顔立ちをしていた。


「カーペットを探して西館の倉庫を目指して迷ってしまったのです。道を教えて下さい、お願いします」


 ルスキニアは包み隠さず正直に話し、深々と頭を下げた。同じ服を着ているということは先輩メイドだ。きっと力になってくれると思った。


「よしよし、我が案内してやろう」


 女の子はニカッと笑みを見せると、ちょこちょこと先頭に立って歩き出した。ルスキニアはその後をついて、廊下を歩いて行く。

 お屋敷で働く人の半数以上は住み込みだと鹿野さんが言っていた。この女の子もそうなのだろうか。日本では子供が働く必要はないらしいので、何か事情があるのかもしれない。


「お母さんと一緒に働いるのですか?」


 廊下を歩きながらルスキニアは女の子に尋ねた。


「我はひとりじゃよ。そなたこそ、どうしてこの屋敷で働こうと思ったのかのぉ?」


 逆に質問をされてルスキニアは少しだけ考えた。


「わたしは……月斗さんのお側にいるためなのです」

「ほほぉ~、あんな面倒臭い性格の奴に自分から側にいたいなど奇特なやつじゃな。金が目当てか? それとも弱みでも握られておるのか?」


 雇い主だということもお構いなしに、女の子は月斗さんにけっこう辛辣なことを言った。


「お金じゃないですし、弱みも握られていないのです。たしかに月斗さんはいつも怒っていて、ちょこっと面倒臭いところもあるけれど、でも、とってもいい人なのです。だから、わたしは月斗さんの力になりたいのです」

「なんじゃ、そなたは月斗に惚れておるのか?」

「ち、違うのです! ほ、惚れるとか腫れるとかじゃないのです! あ、でも、でも、月斗さんのことは好きですけど、あの、そういうのじゃないのです!」


 ルスキニアは慌てて否定してから、恥ずかしさにカッと熱くなった頬を押さえた。


「なんというか……、尊敬しているのです」

「尊敬とはまた、あやつからは縁遠い言葉じゃの」


 そう言って女の子は愉快そうにコロコロと笑った。猫が喉を鳴らすみたいな声が可愛くて、思わず後ろから抱きしめたくなったけれど、ルスキニアは相手は先輩だと自分に言い聞かせて我慢した。

 案内されたのは、階段と昇降機のあるホールだった。倉庫は上階かと、ルスキニアが見上げていると女の子は奥まったところにある扉に近づいていった。階段の下が収納スペースになっているようだ。


「ほいっと」


 女の子はぴょこんとジャンプして扉の横にある文字盤に触れた。すると文字盤がピカピカと光って、10桁の数字が並んだ。その後、ビーッと耳障りな音を立て扉が開いた。


「こっちじゃ」


 手招きする女の子に続いて、ルスキニアも階段下の扉へと入っていく。

 内側はちょうど踊り場ぐらいのスペースになっていて、ぽつんとある階段が下へと続いている。カーペットは地下倉庫のようだ。これだけ大きなお屋敷なのだから、階段下の収納ぐらいでは足りないのだ。


 地下は暗かったけれど、灰色の石段を降りるごとに照明が自動的に辺りを照らした。

 あまり使われていないのか、空気が淀んでいて埃の匂いが鼻をくすぐる。階段は想像していたよりも長く続いて、次第に気温が下がっていった。もしかしたら、ワイン蔵に使われていたのかもしれない。

 最下段に着くとまた扉と文字盤があった。ここも閉まっているのか、女の子がもう一度文字盤に触れ同じ手順で扉を開けた。


「さあ、着いたのじゃ」


 部屋の中は真っ暗だった。気圧の変化と共に流れてきた冷気に、なにか得体のしれないものが住んでいそうな雰囲気を感じる。

 そんな暗闇の中に女の子はスタスタと踏み込んでいく。ルスキニアが躊躇いがちに進むと、天上の照明がパッとつき部屋の姿が露わになった。


「ここが倉庫なのですか?」


 ルスキニアは思わず疑問を口にした。

 お屋敷の玄関ホールぐらいの広さの空間だった。中央に寝台が置かれ、その周りを銀色の得体のしれない機械が囲んでいる。

 右側の壁には緑の液体で満たされた円筒形の容器が、教会のオルガンのパイプのようにずらっと並んでいた。ほとんどは液体だけで、何か浮かんでいる容器もあった。

 左の方には棚もあって、ごちゃごちゃとした機械の部品や、金属製の人形の手、水晶球、鉱物の塊などが置かれている。


 月斗さんの作業部屋に雰囲気が似ているけれど、この部屋の空気にはもっと禍々しい何かが留まっているような気がした。

 女の子は軽い足取りで部屋の奥へと進んでいく。


「あのカーペットはどこに……、ひゃあっ!」


 ついて歩いていたルスキニアは、円筒形の容器に浮かんでいる物体を見て悲鳴を上げた。

 大量の人間の眼球が浮かんでいたのだ。よく見ると他にも胃や肺、左腕など人体の一部が、スープに入れられた肉や野菜のように緑の液体に浸かっていた。


「これ、な、なんなのです?!」


 いくら鈍いルスキニアでも、ここが真っ当な倉庫ではないことぐらい分かった。

 魔術的な実験が、それも人体に関わる何かが行われた場所だと想像がついた。


「それはカノプスの瓶、なかに入っているのは失敗作じゃ。いちおう遺伝子から培養してみたのじゃが、組み立ての段階で上手くいかなかったのじゃよ。魂の欠落が原因で、エーテルが循環せず腐り落ちてしまってのぉ。まあ、何かの役に立つかもしれんと取っておいてあるのじゃ」


 事も無げに言って、女の子は部屋の中央にある寝台に腰掛けた。


「もしかしてここは……」

「うむ、クロノハンター草薙月斗が生まれた秘密のラボじゃ。もともとは狭間にあったのじゃが、今はこの空間に固定しておる」


 どこからともなく取り出したパイプに火を入れた女の子は、試すような視線をルスキニアに向けてきた。


「あなたは誰なのです?」

「我はπ。月斗の、そうじゃのぉ、保護者のようなものじゃ」

ルスキニアの前に現れた狭間の魔女π。

彼女の目的とは?


【宣伝】講談社ラノベ文庫より、高橋右手の名義で『白き姫騎士と黒の戦略家』というファンタジー戦記小説も出しています。よろしくお願いします。

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