第5回 瞬殺
涼夏は動きやすいようにスカートの下に黒のスパッツを履いてきた。一部の男子部員から溜め息が漏れる。武道に打ち込んでいても、やはり男の本質的な部分は隠し切れないのだろうか?
龍星は特別ゲストということで、道場に設けられている神棚の真下に敷かれた座布団に腰掛けていた。さすがに正座はツラいので胡坐をかいている。
(部室で本を読んでいるはずが……、どうしてこうなっちゃうんだよ?)
龍星は自分が今いる境遇を嘆いた。今すぐにでもここを抜け出したかったが、反対側に座っている空手部全員の、突き刺さるような視線に串刺しになったように動けなかった。涼夏と一緒にいることで、自分も共犯だと思われているのだろう。とんだとばっちりである。
涼夏と対戦相手が道場の中央で互いに向き合った。その様子に緊張が更なるものになる。
「それではこれより、試合を始める。互いに礼!」
顧問の言葉に涼夏と空手部の一番手が頭を下げた。先ほど拳を鳴らした少女である。雰囲気からして上級生であることは容易に見て取れた。
「そこそこできるようだけど、ウチの空手部をなめないでよね。過去三回、全国大会で連続優勝をしてるんだから!」
「そうなのですか! それは楽しみですわね」
並の者ならば、今言った過去の栄光だけでギョッとするだろう。事実、龍星は正直なところ、驚きのあまり眼を見開いた。だが、涼夏の方は対照的にさぞや強いという期待が膨れ上がったのか、道場に入る前以上に眼を輝かせている。
「始めっ!」
顧問の合図と同時に相手が涼夏に向かっていき、拳を数発繰り出す。涼夏の手の内を知るためだろう。涼夏の方もまったく慌てる様子がなく、上体のこなしだけでその攻撃をかわす。
相手の攻撃は徐々に密度を増していった。対し、涼夏は攻めずに避けてばかりだった。自分から挑んだ割には随分と消極的な態度に、龍星は妙なものを感じた。
「どうしたの? 遠慮しないで攻めて来なさい」
開始してから仕掛けない涼夏に対して余裕が出たのだろうか、相手が挑発気味に人差し指をクイクイと曲げる。
「分かりました……、では!」
涼夏のいた場所が、一瞬蜃気楼のようにグニャっと揺れたかと思うと、次の瞬間、彼女の拳が相手の鳩尾に寸分の狂いもなく、なおかつ無音で命中していた。
「……っ……」
相手から一瞬、呻き声が漏れたかと思うと、その場に崩れ落ちた。騒然とする道場内。
「先生、勝負の判定はどうなのでしょう?」
涼夏は至極、冷静な声で顧問に尋ねた。
「しょ……、勝者、皇!」
言葉を失っていた顧問が、涼夏の言葉で我に返ったようで、判定を下した。
(何だ? 今の動き……)
龍星の眼には今の涼夏の動きが視認できなかった。空手部の連中も同様なようで、ほとんどの者が口をアングリと開けて、唖然としている。
「では、次の方。お願い致しますわ」
一番手の攻撃を次から次へと、巧みな身のこなしで避け続けていたにも関わらず、涼夏はいつものおっとりとした口調で言った。呼吸もまったく乱れていない。
「よし……、山本。行け」
「はい」
数の優位から来る余裕が今の一戦で払拭されたのだろう、出場選手の表情には焦りや緊張、不安が見て取れた。立ち上がった二番手も、どことなくオドオドした感じがする。




