第41回 ブラストとの戦い・第2ラウンド
「まったく……、とんだ目に遭いましたわ……」
帰陣後に開かれた軍議で、開口一番、涼夏は愚痴をこぼした。
「姿が見えないというと、俺達にはない兵科だな。どんな奴か心当たりはありますか?」
戦況を聞いた龍星が皆に尋ねる。
「そいつぁ、多分ヒラメだろうよ」
ガンファが口を開いた。
「ヒラメ? この前。俺達が敗北した時に敵軍が用いたあの兵科ですか?」
龍星は興味津々といった感じである。敵だろうと味方だろうと、自分が知らないものを吸収しようとするこの姿勢は、まさに軍師のそれだと涼夏は思った。
「周囲の風景に同化する能力を持つもんさ。森林地帯にメルフィを誘い込んだのもそのためだろうよ。平野戦じゃぁさすがに紛れ込むものがねぇからな」
涼夏は図書館で読んだ生物百科の内容を思い出した。アフリカやユーラシアに生息しているカメレオンという生物である。自軍でいうアナゴ軍に近いだろう。姿が見えないというのはまさに奇襲、不意打ちに持って来いである。
それにしてもさすがブラストである。涼夏を有利と思い込ませ、罠と感づかせないように、自分達のやりやすい場所に誘導させ、一気に叩く。さらヒラメ軍は不可視の存在であるため、与える威圧感も大きいというわけだ。まさに自分が敬意を払うに相応しい器である。
「そんな厄介な兵科をブラスト様は持っているのか……」
「まあ、んなに悲観するこたぁねえ。今回はたまたま森林地帯に誘導されたが、敵の手の内に乗らねぇようにすりゃあいいのさ。幸い、この辺は平野が多いからよ。敵の動きについて回らないようにさえすりゃぁここで、つまり俺達の兵科が存分に活躍できるってぇわけよ」
この時、涼夏はガンファの言葉を聞いた龍星が、目つきを険しくしたのを見逃さなかった。彼の真剣な眼差しは、何か深い考えがあるのだろうか。
「現状、兵達は疲弊しているようです。長期戦になると、我々の方が不利かと……」
軍事担当の家臣の言葉を聞いた龍星が腕組みをし、目を閉じた。何か考え事があるのだろう、今は彼の考えがまとまるまで、話しかけない方がよいように思えた。
涼夏は長期戦の不利を悟っていた。父・ゼーモンがあんな調子だから、兵士達も訓練を積んでいても実戦経験が乏しく、戦の緊張感に長い間耐えられるほどではないだろう。ともなれば、長期戦になればこちらが不利。何としても短期のうちに勝負を決める必要がある。
「短期決戦に持ち込むという考えは俺も同感です。こうしてはいかがでしょう?」
眼を閉じてダンマリを決めていた龍星が口を開いた。
「まず、アナゴ軍が敵の背後へ移動できるトンネルを掘ります。そして、アナゴ軍は敵の真下に待機。そのトンネルを通ってウナギ軍とウニ軍が背後につきます。次に、この前の戦いでブラスト側がやったように、タコ軍を総動員させこの本陣を墨で隠します。敵は何事かと思い、こちらに意識が向くはず。その隙を突いてウナギ軍とウニ軍を突撃させます。そして、敵側がウナギ・ウニ軍とぶつかり合ったところを、すぐさまアナゴ軍が足元から攻撃します。そして、最後に正面から涼夏がマグロ軍を率いて突撃する……。という作戦でいかがでしょう?」
話を聞いた涼夏は思わず感嘆の息を漏らした。作戦の出来云々というよりも、敵が行った策をすぐさま自分のものにできる龍星の機転の鮮やかさに、思わず舌を巻きそうだった。
「三方向からの一斉攻撃か……」
「理屈は一揆軍の時とほとんど同じですけどね」
龍星が頭をポリポリと掻いた。
「悪くありませんわ。皆様いかがでしょう?」
「面白そうじゃねぇか、乗ったぜ!」
ガンファの言葉に、家臣達もこぞって首をたてに振った。
「では皆様、すぐに準備をお願いします」
満場一致、家臣達は勇んで席を立つ。
龍星の指示により、本陣全体をタコ軍の墨で覆った。異様なくらいに派手派手しい黒の液体は、真の闇に通じるブラックホールさながらの威圧感をかもし出している。
家臣は賛同してくれたものの、龍星は正直不安だった。あの戦上手として雷名を轟かせているブラストに、この作戦が通用するだろうか? もしかすると、このようにはかりごとを張り巡らせるよりも、正攻法にすべきではなかったか? などといらぬ心配が過ぎる。
だが、もう後には引けない。作戦を決行した以上、涼夏と仲間達を信じるしかないのだ。
(涼夏……、絶対に生きて帰って来いよ……)
ありったけの思いを込めて、龍星はそう祈った。
涼夏は事前にアナゴ軍を率いるガンファと打ち合わせをしていた。ガンファが城内に入り敵を蹴散らし、勝ち鬨のような声を上げる。それを合図に涼夏が突っ込むという段取りだった。
涼夏は城からは死角になる所に軍を潜めていた。あくまで敵の注意を自分の本陣に引きつけておくことが、この作戦の条件である。
未だ城内は静かなままである。涼夏は武者震いしている自分がいることに気づいた。いつかは来るであろう、ブラストと戦う日。それがもう間近に迫っているのだ。
涼夏はガンファからの合図を今か今かと待ち望んでいた。一秒一秒がひどく長く感じる。そして、そろそろ頃合かと思ったその時、城内からけたたましい声が次々と響き渡った。
「……ん?」
しかし、涼夏はその声に異様なものを感じた。確かに耳をつんざくほどの声ではあったが、勝ち鬨というにはどうも妙な感じがする。涼夏はマグロ兵に待機するよう命じ、城内の様子を知るべく、目立たぬようにそっと上昇した。
「っ!」
こちらの作戦が読まれていたのか、アナゴ軍がブラスト兵に次々と斬り倒されているのだ。予想だにしなかった光景に、涼夏は愛刀の太刀を思わず落としそうになってしまった。が、すぐに降り、マグロ兵達に戦況を伝える。
「すぐに救出に向かいます。皆様方、行きますわよ! それから、貴方はすぐ本陣に戻って、龍星様に援軍の要請をなさって下さい!」
一人のマグロ兵にそう告げる。
「お仲間を助け出すのです、突撃ぃ!」
涼夏はマグロ軍に線を率いて、猛スピードで城に向かっていく。事は一刻を争う状況だった。モタモタしていればガンファの命も危うい!




