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第39回 ブラスト撃破作戦

翌朝――、ついに迎えた決戦の朝。

「いよいよですわね……」

 ブラストが本拠地としている城を見下ろし、涼夏は呟いた。昨晩、龍星によるハッパのおかげで気持ちがスッキリしたのだ。多少の緊張感はあっても迷いはないと実感していた。

「ああ……」

 龍星も同じく城を見下ろし、一言そう呟く。

 武者震いというのだろうか? 龍星の拳が先程から小刻みに震えていた。しかし、その気持ちは涼夏にも分からなくはない。歴代の武将達も、自分の命運がかかった戦に出陣する直前はこのような心境になるのだろう。それを考えると、少々誇らしげに思えてきた。

「やっと涼夏らしい顔つきになってきたじゃないか」

「え?」

 唐突に自分らしいと言われ、涼夏は虚をつかれたような顔をする。

「今の涼夏は武道部に殴り込んだ時や、街中で不届きな連中を捕まえた時みたいに活き活きしてるよ。四月から今まで色んな表情を見てきたけど、俺は今の涼夏の顔が一番好きだな」

 好き、とストレートに言われ涼夏は一瞬たじろいでしまった。

「そ、そうですか……」

「ああ、そうしている方が涼夏らしいし、他の連中もいつもの涼夏であることに、きっと安心するんじゃないか? 変に着飾らない方がいいと思うよ」

「は、はあ……、そういうものなのですか?」

 あからさまな誉め言葉であるが、龍星がウソを言うとは思えない。

「まあ、形はどうあれ、ずっと目標と思い続けてきたブラスト様とこうして剣を交えることに、高揚感を覚えてはいますわ」

「目標?」

「ええ、わたくしはガンファ様に武術を教わり、自分で言うのもナンですがかなりの腕になったという自信があります。ですが、ブラスト様にはいつも敗北を喫しており、その度に砂を噛む思いをして来ました。いつかこの雪辱を晴らすと……。もうすぐその長年の目標を達成できるかと思うと……、何だかこう……、胸の奥から込み上げてくるものがありますわ」

 闘争本能に溢れ強敵を見るとワクワクし、闘わずにはいられない涼夏の本心が滲み出て来た瞬間だった。そして――、


「このバンダナがあれば龍星様といつも一緒ですし、ちっとも不安じゃないですわ……」


 龍星の眼をまっすぐに見つめ、そう言った。迷いも恐れも何もない、雲一つない澄み切った夏の青空のような心で――。




「今の兵力はどれほどですか?」

 翌日、直前の軍議の席において、龍星は軍備担当の家臣に聞いた。

「農夫達が加わってくれたおかげで、大体一万に届くか届かないかといったところだな」

 その話を聞き、床机を取り囲む家臣達が思わず感嘆の声を漏らす。

「飛躍的に上がりましたわね。もうブラスト様にも引けをとらないのではないですか?」

「詳細は分かりませんが、こちらの兵が一気に増加したのは事実です。現状ならば兵力に置いて、引け目を感じることはないと思います」

 非常にありがたい報告だ。龍星には家臣達の目に、気合いが入りつつあるように見える。

「兵力はほぼ五分五分と見ていいでしょう。厳密に言えばブラスト側の方がいくらか多いと思いますが、大差というほどではありません。今回の舞台は平野ですから、純粋に兵力同士のぶつかり合いとなるでしょう。今のインフェリス軍ならば、ヒケを取ることはありません」

 龍星が地図を見下ろす。

広々としており、大軍同士が単純明快にぶつかり合うには、最適の場所であるように思える。

「まずは様子見といきましょう。涼夏、二千のマグロ兵で正面から突っ込んでくれ」

「分かりましたわ」

 軍議はほぼ一段落。

「あのブラスト様と雌雄を決する時が来たのか……」

「何か畏れ多い気がしないでもないな」

 外見に十分な貫禄を備えた年配の家臣達が口々に呟く。この方達はブラストの元で働いたことがあるのだろう。仮にもかつての主人と戦うことになれば、後ろめたくなるのも当然である。龍星だって十年後にガンファの軍勢と戦うことになれば、今の家臣と同じ心境になるだろう。

「皆様方、色々とお辛いでしょうけれど、インフェリスの未来のためにどうかご辛抱願います」

 涼夏が椅子を立ち、深々と頭を下げた。

「メルフィ様、勘違いしないで下さい。俺達の今の主人は貴女です」

「そうそう、ブラスト様と戦うことにためらいがないといえば嘘になりますが、王女は我々の国のために体を張って頑張ってくれております。その方について行くのは至極当然のこと!」

「俺達がメルフィ様の手足となります。共にインフェリスの未来を築きましょう!」

 家臣達は次々と自らの気概を言い放った。一人一人の表情がキラキラと輝き、眼光にも一切の濁りはない。単なる口先だけの言葉ではないことを万言以上に証明していた。

「皆様方……」

 自分を信じてついて来てくれている家臣一同。涼夏は思わず目頭が熱くなった。

「君を信じてくれているんだ。この戦、必ず勝とう。いや、必ず生きて帰ろう!」

 龍星がポンと肩を叩いた。


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