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第3回 歴女

「何度読んでも半兵衛の知略はすごいなあ……」

 と感慨にふけっていると、部室のドアが小気味良くノックされた。龍星は一瞬、首を傾げる。顧問ならば堂々とドアを開けるだろう。取り合えず返事をする。

「こちらは歴史研究会の部室でいらっしゃいますでしょうか? わたくしは一年C組の皇 涼夏と申します。この部活に入部したく、尋ねて参りました」

 ドアが半開きになり、一人の少女が顔を出した。高校生にしては随分と清楚な言葉遣いである。しかし、龍星にはその顔に見覚えがあった。

「あれ? 君、ウチのクラスの皇さんじゃ……」

「汐崎様ではありませんか。ここの部員は貴方一人ですか?」

突然「様」付けされたことに違和感があるが、あえてツッコまない方が良いだろうと悟る。

「うん、そうだけど……。入部したいならどうぞ」

「分かりました、失礼致しますわ」

 涼夏を室内へ促す。彼女が傍らを通った時、自己紹介の際に印象的だった腰まで届く柔らかな髪が風に揺られて、龍星の目元を横切った。言語体系に加え、身なり一つ一つにしても、自分とは格式の違いを感じさせる。

「こちら、よろしいでしょうか?」

 涼夏は自分が腰掛けていた長テーブルの反対側に座った。ちょうど向かい合う形になる。

「突然お邪魔して申し訳ありません。入部届けは必要でしょうか?」

「ああ……、取り合えずこれに書いてくれる?」

 メモ用紙を少し大きくした紙切れを渡した。涼夏はすばやくクラスと氏名を記入する。受け取り、見ると品格を表すように一文字一文字が、書道の有段者のように達筆であった。書道に関しては素人の龍星であるが、素人目にも明らかということは、涼夏の腕がそれ相応の域に達しているということの裏返しであろう。

「随分と静かなのですね」

「今日は先生が出張でいないから……ね」

 言いながら言葉に詰まる。涼夏の容貌に思わず言葉を失いそうになったのだ。整った目鼻立ちに、何もかも見通しそうな黒の両眼。見た目から柔らかそうな桜色の唇。また、制服のブレザーの上からとはいえ、突き出ている所は突き出ており、男子の注目を浴びる要素は十分に持ち合わせているように思えた。

「わたくし、歴史が趣味でございまして、特に戦国時代に深い関心を寄せております。命のやり取りが日常的に行われていた時代に生まれた方々の偉業を知りたく、入部を希望致しますわ」

 涼夏は真っ直ぐに自分の眼を見つめて言う。穏やかな視線であるが確固たる眼光を秘めており、その眼差しで見つめられたら大半の男子はのぼせてしまうだろう。

「そんなに堅苦しく考えなくていいよ。運動部みたいに上下関係もないし、気楽にいこうよ」

 龍星はその視線から逃れるように窓の方を向く。まだ見慣れない風景が飛び込んできた。

「分かりましたわ、汐崎様」

 涼夏は両手を組み、両肘を突いてニコリと微笑む。その穏やかながらも綺麗な笑顔に、龍星は思わず赤面してしまった。元々、異性とあまり口を利いたことがないので、一対一で話すとなるとどうにも緊張してしまう。それがこのように清楚で美しさを醸し出す存在ならばなおさらであった。「さて、ちょっと飲み物でも買ってくるか」

「はい、わたくしもご一緒させて頂きます」

 二人は部室を出た。龍星はできれば一人で行きたかったのだが、ここで涼夏を突き放す理由もないので、渋々同行することに。


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